星の器と真実の呪い
明け六つの鐘が鳴る
明け六つ(あけむつ)の鐘が鳴る前からラビは目が覚めていた。暁鐘の余韻は遠ざかるように、いつしか小鳥たちのさえずりに溶けていく。
ラビは鏡台に腰かけ、アルルから間借りした櫛で丁寧に髪をくしけずった。鏡の向こうには肌艶のよい健康そのものの若いエルフの娘が座っている。
にっこり微笑む。鏡のラビも笑顔になった。
昨晩に久しぶりの湯浴みをしたおかげで身も心もさっぱりとしている。アルルの寝間着はラビとの体格の差でぶかぶかだったがそれも御愛嬌、見慣れない自分の姿は心機一転の決意も新たに湧こうというものだ。
朝方に日当たりのよい東の自室を出ると、ラビは廊下をうろうろ迷いながらも洗面所での身づくろいを済ますことができた。手拭いで顔をふきふき歩いていると、
「おはよう」
学生服姿のユアンがあくびを隠しながら廊下を歩いてきた。
「おはようございます。ユアンさんはこれから学校ですか」
「うん。部活の朝練」
ラビは長い髪をうなじにくるりとまとめて結い上げている。これは昨日、昼日向の街角を行き交う女たちの髪形をまじまじと観察して、それを真似たものだ。さっそく学びたがりを発揮するラビを物珍しそうにユアンは眺めた。
「なんだか昨日とは別人みたいだね」
「昨日のわたしは忘れてください。昨日までは田舎の娘、今日からは都会の女なんです」
「そういうもの?」
「そういうものです」
ふうんと相槌を打つと、ユアンはラビに抱きついてきた。
故郷にも抱擁する挨拶の習わしがあったので、これは行ってきますの仕草だろうとラビは合点した。――年の離れた弟がいるとこういう感じなのだろうか。はるかの故郷に残す妹のことを思いながら、甘えたがりの肩をゆっくり押し返して身を離した。ラビよりも頭ひとつ低い学生はまだ少年の体つきをしている。
「では気をつけて。行ってらっしゃい」
ラビがにこりと笑いかける。
ユアンはつまらなさそうにくちびるを尖らせ、廊下をぱたぱたと駆けていってしまった。
(年頃の少年はむつかしい……)
これから世話になる下宿先の住人とはそつなく友好関係を結ばないと。
ラビはとりわけ早起きの自覚はなかったのだけど、誰かに会うつもりで書庫に向かってみても同居人たちの姿はなかった。
本の虫がうずき、どういう書物が置いてあるのか広い書庫をぐるりと確かめていると、隣の部屋からなにか小気味よく叩きつける物音がわずかに聞こえてきた。
扉がちょっと開いている。
覗いてみると、ひどい煙草の匂い、蝋燭の明かりのみを灯す暗い部屋で、リドルが机に向かい硬筆で荒々しく字を刻んでいるのだった。
ずいぶんと気難しい顔つきだ。ラビが声をかけるのを憚っていると、リドルはいきなり万年筆を放り投げた。
頭を抱えて呻くと、なげやりに大きく背伸びをする。くわえ煙草のリドルが手を広げているさなかに目が合ったので、ラビは挨拶に代えて頭を下げた。
「ああ、もう朝なのか……どうりで読めない」
リドルは閉め切っていた鎧戸を開けると、朝日を浴びてまぶしそうに目を細めた。思案に耽るように煙草を吹かすと吸殻がすでに山積みの灰皿にそれを押し潰して、それから蝋燭の火を消した。
リドルは眼鏡をはずして充満する煙を払いながら、
「本当はここが応接間なんだけど、煙たいから向こうで話そう」
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