占える煙

「ラビ・リンディスは賞金稼ぎをしていない。――さあ、真贋は」


 虚空にたゆたう白い煙はゆっくりと淡い藍色に変わった。


 その煙にはラビが見たことのない不思議の魔術がかけられていた。

 探偵のくわえ煙草には小さい紋章が浮かんでいる。それは奇妙にさまよい歪んでねじれていたが、そこに満ちる魔力は晴れ渡る空のように曇りなく澄んでいた。


 呪われた力、占える煙はその色を変えた。青い色は真実を引き当てた証だった。


「やっぱり!」


 にやりと口を歪め、探偵は諸手を上げた。


「そうだと思った。連中の逆恨みじゃないか。――裏社会と聞いて口をぽかんと開ける子がそういう手荒のシノギをするわけがない。それなのに素性まで念入りに調べ上げようとは堅気(かたぎ)の娘さんに対してやりすぎだよ」


 ぞっとして、ラビは立ち上がった。


 この探偵さんは、ラビの出身地が北部高原のヒースだと知っている口ぶりだった。それなら自分の手配書が出回る暗黒街の連中とやらもそれを承知のはずだ。本来なら自分に向かう怨恨がヒースの実家に降りかかったらと思うと、ラビはいてもたってもいられなくなった。故郷にはまだ幼い妹もいるのだ。


「だいじょうぶだよ。きみの地元にはさっき、アルルが報せを飛ばしたから」


 探偵が隣を親指で示すと、アルルはうなずいた。


「お節介かとも思ったんだけどさ、家族もきみのことを心配しているだろうしね。きみの無事と野盗への注意だけを伝えておいた。明くる朝には届くでしょう。ふふふ、あたしの魔術は速達なのだよ」

「けれども筆は不調法なんだよな。なんて送ったのさ」

「娘さんの身柄は預かった。返してほしけりゃエルフの財宝をたんまりと……」

「冗談だろう」

「じゃあ、こういうのはどう。――ミナミの街にビラをばらまくの。ラビ・リンディスに手を出したら、あたしが燃やす。覚悟しとけ」

「連中は震え上がるだろうね」

「でも、それ悪くないんじゃないかな。このままだと本当に危ないよ」


 ユアンがつぶやいた。


「なめられっぱなしだとワルの沽券に関わるとかなんとかで、あいつら、気位だけは妙に高いんだから。根に持たれるとめんどうだよ。このおねえさん、都会に出てまだ間もないみたいだし、ふらっと裏通りにでも迷い込んだら……」


 ラビが不安そうにかしこまると、ユアンが笑ってアルルの両肩に手を置いた。


「だから後ろ盾がいれば安心。虎の威を借るなんとやら。真夜中の貧民窟でも闇市でも大手を振って歩ける」

「――かどうかはわからないけど、確かにアルルがついていれば、連中もリンディスさんにそう簡単には茶々を入れられないだろう。なんといってもこの女はね、こと相手を攻め立てる魔術に関していえば、このミナミの街で右に出る者はいない……」

「おうとも」


 アルルは腕に力こぶを作り、にやりと笑ってみせた。


「元よりこの子をうちに紹介するつもりで連れてきたんだ。問題はサ、あたしのほうじゃなくて、その子の意志だと思うけどね」


 真向かいにいる三人の目顔がラビに注がれる。


「きみがこの街にやってきた理由を聞いても?」


 ラビは指をもじもじと絡めて、やがて意を決したように小さく答えた。


「けったいな理由なんてねえ。……おら、都会の女になりたかっただけじゃ。なんも世の中んこと知らねえまんま生きたくねえ……死ぬまでずっと、田舎のしきたりに縛られんのは嫌だったんじゃ」


 ぽつりぽつりとラビは身の上を語った。


 これまで親の指示どおり生きてきた。鄙びた学舎でひたすら魔術のことを学んできた。それが約二百四十年。やっと学校を卒業して地元に帰ったとたん、家のしきたりに従え、見合いをして隣村に嫁げと怒鳴る父親と大喧嘩をした。――それだけの話だ。そのあとの旅路について語りたいとは思わなかった。


 ラビの言葉に訛りが出ていても誰も笑わなかった。

 探偵はくわえ煙草のままうなずくと、どこか懐かしむように腕を組んだ。

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