美少年と埋もれた探偵

 いつのまにやら自分は長椅子の上にいて、隣には見知らない美少年が座っている。ヒトの年齢ならば十四、五歳くらい、それにしてはやけに艶っぽい目つきをする。


「すごい集中力だね。鼻をつまれても気づきそうになかったよ。――はいこれ、うんと甘い蜂蜜が入ってるから落ち着くよ」


 きょとんとするラビに、少年は気つけの牛乳を手渡した。

 心がほっとする温かい牛乳の香りにつられて湯呑に口をつけていると、アルルが床に散らばる書物を片づけながら声をかけてきた。


「そいつはユアン、あたしの弟分だよ。――ちょっときみ、人助けと思ってさ、こっちを手伝ってくれないかな。兄さまを掘り起こさないといけないんだ」


 兄の発掘。

 はてなと意味がわからず近づいてみると、どうやらヒトが書物に生き埋めになっているようで、すわ大変じゃあ、とラビも嵩張る書物をどけにかかった。


 かわいそうに、どうしてこのような不慮の事故が起きてしまったのか。はてと見上げてみれば書架の上のほう、棚木の底が裂けている箇所がある。あれがきっかけで崩落が起きたのだろうか。


「魔術が使えればチョチョイのチョイなのに、ご丁寧にも魔封石(まふうせき)ごと巻き込まれやがって」


 いわれてみれば、うんともすんとも魔力に紋が応じない。



 ――魔封石(まふうせき)とは字義のとおり、ありとあらゆる魔術を封じる鉱石のことである。この鉱石を中心点として、ある一定の範囲においてのみだが、半永久に魔術を封じる効力を発揮する。

 基本その領域の形は元となる鉱石の形をかたどる。また、その鉱石の体積によって範囲の大小が変わるが、すべてが体積に比例するわけではない。体積が等しくてもその質量、つまり含有する成分によっては効果範囲に差が出てくる。


 ただし、この範囲のほどは魔封石が単数においてのみの話だ。


 複数個におよぶ場合、それぞれの範囲が重なると魔封石の力がたがいに共鳴して、その領域と形を複雑に歪ませることがあるので注意がいる。

 大きくなることもあれば、小さくなることもある。こればかりは実地に調べてみなければ把握は難しいだろう。


 なお魔封石の効果範囲を感知する結晶もあり、それを知晶(ちしょう)という。知晶を用いればあまねく魔術を使用できるところ、使用できないところを目視で判別することができる。知晶は錬金術によって生み出された人工の技術である。


 この魔封石はあくまで魔力による紋の展開を妨げるだけで、各個に有する魔力を封じるものではない。そのモノから魔力が失われるわけでは決してない――。



「あった。これが魔封石じゃないですか」


 ラビは装丁に赤い小ぶりの鉱石がはまる大判の稀覯書を見つけた。これを事故現場から遠ざければ魔術が使えるようになる。ユアンが気を利かして、それを胸に抱いて離れた。


 いざアルルが指先にふっと息を吹きかけると、床に散らばる書物がすべて浮かび上がった。ひとまずはそれを書架の手前に山積みにしていく。


「あの棚は直さなきゃね」

「このあいだ虫干しをしたとき、ぼくが昇っちゃったからな。重みで板が痛んだのかも」

「――もしもし、だいじょうぶですか」


 アルルとユアンは見上げて棚の心配、ラビは本の下敷きになった被害者の介抱だ。

 男は仰向けに伸びていたが、ラビが頬を叩くとまぶたが動いた。――息はあるようだ。顔色が悪い。たくさんの鼻血、それと後頭部に少し出血がある。


 ラビは懐から手巾を出して、それを握りしめると水系の紋章を描いた。右手のひらから冷たい水が現れて手巾に滲みていく。左手では回復系の紋章を描き、生きものの自然治癒力を高める魔術を被害者の頭にかける。


「へえ、ふたつ同時に紋を描けるのかい。大したもんだ」

「異なる系統をいっぺんに使い分けるのって難しいんだよね。魔力の練りかたなんて丸きり別物だし。ものすごーく酸っぱい梅干しを味わいながら女の子とベロチューする感じがしてさ、なんかもう、どっちも楽しめないんだよね」

「ユアンくんの比喩はさすがだね」


 術が発動できる下限値を見極めて紋に流す魔力を振り分けなければいけないので、どうしても一点集中に魔術を操るほどには速度確度ともに及ばないが、調整するコツをその身に覚えてしまえば便利である。それに慣れるまで時間がかかるのだが、そこは長命種たるエルフの特性が活きる。


 濡れた手巾で鼻血を拭い、水気に冷えたそれを男の額に置くとラビは一息ついた。このまま安静にしていれば、そのうち目を覚ますだろう。


「一気にガツンと治してやればいいのに」

「そんなことしたら、ぶり返しの痛みがひどくなりますよ」

「蘇生痛よりはましだね。あのときは頭が割れるかと思った」


 よっこらせ、とアルルは大の男を肩に担ぎ上げると、長椅子に横たえた。どっかと隣に座り、その男の膝枕を担うと、アルルは肩をぐるりと回した。


「しかし本ってのはあれで意外と重たいもんだよね。嵩になってかかりゃ、大の男をポンとのしてしまえるくらいだ。十分に凶器になりうるよな」

「――誰がダンジョン探偵を殺したか」


 ぽつりとユアンがうそぶくと、横たわる探偵が呻いた。

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