魔力を秘める求人票

 元来エルフが有する曇りなき〈まなこ〉はすでに目先の金にくらんでいたが、ああいう命ぼったくりの迷宮もぐりなど金目の当てにならない、あれは一か八かの博打を好む輩の冒険心を食らうものだ、とラビはわきまえていた。


 時すでに茜さす夕まぐれ、目当ての建物を見つけて木の扉に手をかけると、吹き抜けの大広間には獣脂の灯火が匂い立つ頃合いだった。それでも贅沢にきらびやかなのは気のない見栄と権威を示すためだろうか。


 奥の窓口にヒトの受付嬢がにこやかに待っていたので、ラビは訛りが出ないよう気をつけながら慎ましやかに身上を語った。うんうんと親身になって聴いてくれる、この華やかの着物を召す受付嬢は客あしらいがうまかった。


「あなたの身分を証明できるものはありますか」


 人定尋問である。

 素性の知れない牢人の多いミナミの街において、働き口を紹介するにあたって、おまえは信用するに足るかどうか。

 論より証拠は当然だろう。


 ラビはのどをさすって認証を解き、そのまま指をひらりと閃かせると、ラビの魔力が虚空に流れて速やかに紋章を描く。ノール大学校の首席卒業証が提示されて、にわかに窓口がざわついた。


 身なりを別にすれば、ラビは正真正銘の才媛である。


 エルフ種族の中肉中背、顔立ちだって取り立てて美醜に傾くというわけでもない。自慢できるのは一度たりとも病に罹ったことのない健康体であること、幼いときから長い髪に憧れて伸ばしてきたこの金色の髪くらいのものだ。


「もういいですか」


 ラビは虚空に浮かぶ紋章を手のひらで打ち消した。

 優等生ならではの処世術というべきか、やたらと学歴をひけらかすと望まない敵を作ってしまうことがある。……こういう八方美人でありたがるところ、うんとある己の欠点だと思っているけれども、やはり学生時代のように誰かといがみ合うことはもう嫌だった。ラビだって、好きで優等生をやっているわけでなかった。


 窓口の奥から年長らしきヒゲ面のエルフが身を乗り出して尋ねてきた。


「嬢ちゃんはノールの出身かい」

「いえ、もっと奥まったところの……鄙びた農村の出です。羊がいっぱいの」

「わしもノール大学校の出でな、嬢ちゃんとはほとんど同郷だろう」

「親方もそうなんけ?」


 はっとなって大慌てで口を押えたが、もうお国言葉を聞かれてしまった。

 恥ずかしい。エルフ耳の先まで赤らめるラビを見て、ヒゲの親方は拳を口に当てながら笑う。


「最初はな、誰もがそれで苦労するんだ。じきに慣れるさ」


 窓口の隣に座り、親方は急かすように指をくるくる回す。差し向かいの受付嬢は咳払いをすると改めて台帳を開き、こちらに見合う求人を紹介してくれた。ラビの経歴なら引く手あまたというのが受付嬢の見立てであるらしい。


 ラビは胸をほっと撫でおろす気持ちだった。初めての都会はなんだか肩身が狭くて、無意識のうちに緊張をしていたのかもしれない。


(とりあえずは生きていけそう……)


 どういう職があるのか自分でも見てみたくて、厚い台帳を貸してもらったところでラビは違和感に気がついた。一枚だけ魔力を秘める紙が綴られている。台帳の最後のほうに残る一葉である。どうやら長らく売れ残りの求人らしいが。



  事業所名:ヘルメス探偵事務所

  職種:探偵業務の助手

  賃金:不定

  休日:不定(十日のうち七日ほど休み)



「これは?」

「……あー」


 ラビが求人票を指で叩いて示すと、受付嬢は声を上げながら隣の親方に助けを求めた。はたして親方は腕組みをして断ずる。


「嬢ちゃん、悪いことはいわねえ、ここだけは絶対にやめときな」


 言葉こそ荒っぽいが親方は迫真そのものである。どうやらワケアリのところらしいが、ラビが問いたいのは職のよしあしではなかった。


「ええと、この求人票にだけ魔力が……」


 ふたりともぽかんと口を開けたところ、これに気がついていなかったのか。

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