ダンジョン探偵ヘルメス・リドル 一番ノ魔女と謎解き呪い

いずみにかえる

迷宮に臨む都ミナミ

田舎娘の上京

 ラビ・リンディスが「ヘルメス探偵事務所」に助手として雇われたのは、本当なら金のためだったはずだ。


 片田舎のエルフの里で育ったラビは都会の女に憧れていた。豊かな森林と湖水しかない美しい故郷、その自然とともに生きるエルフの堅苦しい教義にうんざりしていた。


 それでも厳しい両親のいいつけどおりに、いにしえのエルフ歴史に鄙びて残る学問の村に下宿しておよそ二百四十年におよぶ勉強漬け、ノール大学校を首席で卒業したほどの苦学生ぶりだった。


 実家に帰るなり隣村の男との見合い話が舞い込んだ。この良縁を手放してなるものかと両親は躍起になった。実はラビを高学歴の女学生に仕立てたのも地元の名士に嫁がせるための一策だったのだ。


 ラビの堪忍袋はついに破裂した。


「こんなしきたりばかりの羊臭せえ村、もう嫌だべ。おらあ坊ちゃんの嫁さんになるために勉強してきたんじゃねえ、都会に生きるかっこええ女になるためじゃあ!」


 自室の長持ちからわざわざ紙の卒業証書を取り出して、それを当てつけに父親の顔めがけ投げつけ、ラビは生家を飛び出した。


 すべては憧れの都会の女になるためだ。


 駅馬車をいくつも乗り継ぎ、時折の夜盗どもを魔術でこらしめながら諸所で日銭を稼いで雨露をしのぎ、ようやく三国一の商業都市ミナミに辿り着いた。地下迷宮をあまたにその基底に隠す、北大陸の名にし負う南都である。


 北口の駅馬車から街の広場に出て、開口一番ラビは溜息をついた。


(都会の娘さんは身なりのええ別嬪さんばかりじゃな)


 それに引き換え……自分はほとんど着の身着のまま家出をしてきたから、旅の埃にまみれた垢抜けない着物のままだ。手ぶら同然で荷物もない。いまさらながら自分が場違いのように思えてきた。


 ラビは着物を扱う大店を見つけ、軒先からおずおずと覗いてみた。

 山奥の鄙とは市場の規模が違う。洗練されたずらりの着物には目ン玉の飛び出る価格がついていた。


 ――都会の女になるためには金がいるのか! 


 手っ取り早く金をたんまり稼がねば。とかく世間を知らない小娘の目はあっというまに金貨の色に魅せられた。都会の毒に侵されたのである。


 若い女を輝かせること、それは衣食住を整えることだ。これに恋が加わればなおのことよし。


 農村に生まれて育ち、さらに長旅に慣れたせいか、ひもじいことには耐性がある。住み込みで働けるところがあればよいのだが。ラビには魔術の才くらいしかないから得手を活かせるところがいいけれど、あまり高望みはするまい。


 見慣れない都のあちこちに視界を移ろわせながら駅馬車まで戻り、問屋場の番頭に役場が集まる地区を教えてもらった。そこで職を紹介してもらうためだ。

 おのぼりさんでも道にそれほど迷わずにすんだのは、歩むほどに邪悪の気配に近づいているとわかったから。



 そこはありとあらゆる魔力が混然一体となって歪みながら満ちるところ。


 この街の中央広場には地下にもぐる大きい竪坑があり、底の見果てない闇を抱いてぐるりと連なる螺旋の下り回廊には、あまたの横穴が穿たれる。

 それぞれが空間のねじれる迷宮につながり、あるときは入り挑むモノに理不尽の不可思議を強い、またあるときは虫が巣食う穴のように相たがいに結びつく、それこそがミナミの迷宮――この先には北大陸に名立たる有史最古の謎がある。


 この魔物たちの巣窟はこれまで歴代の冒険者たちをいざない、かつて余人が見たことのない世にも稀なる別珍を夢見ての一攫千金か、あるいは二度と日の目を拝むこと叶わない旅路へと駆り立ててきた。ミナミの街はその夢と商機にはりついて巨大化した慾望(よくぼう)の都ともいえよう。



 ラビには目的地に近づくほど堅気の人柄が減っていくように見えた。

 いかに田舎娘でもラビとてエルフ最高学府の門をくぐった魔術師のひとりである。強者の気配に聡くなくてはだてに優等生ではとおらない。


 迷宮に臨むその縦穴はラビが学生のころに指導教官から聞いた智識のとおり、禍々しい異様の雰囲気を肌にねばつくほどに湛えている、にも関わらず、それはいにしえの集落に住まう古老のように静かに悠然と構えてもいた。


 ――わしはなんでもお見通し、あんたはこの謎が解けるかね? 


 あたかも今生の好奇心を誘っているかのよう、有志のモノどもの抗える挑戦を待っているかのようでもある。


 迷宮の誘いは目抜き通りから遠目でちらと見やるだけ、ラビは脇目も振らず故郷の紋に近しい役場の看板を探した。

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