第6話 最後の魔法
短命と言っても、魔法使いだからやはり人間とは違うらしい。
入院して1年が経った。大晦日を開けて、まだ雪が残っている。しかし、初詣も行ったりできた。ぬいぐるみだったけど。
最近になって、僕がレイラさんとあかりの父親に肉体を作ってもらえた。そして、その体に移されてから、なぜかあかりは、痩せたままだったが、不思議とそれ以上痩せることはなくなった。太りもしないが。
魔法については僕はよくわからない。ただ、かなりエネルギーを使うようだ。あかりは、食事をバクバク食べる。お米3合はいつものことだ。ほんとに死ぬのかこの人。
夜の食事が終わり、僕は帰ろうと席を立った。すると、あかりが言った。
「みちる」
「ん?」
ちなみに、僕の名前はみちるのままだ。彼女が僕を「みちるはみちる。」と教えてきてくれたから。
「みちるには、言っておくね。」
ざわっとした。
そんなはずはない。あんなにご飯食べてたし、他に悪いとかろなんてないから。大晦日も僕と恋人ごっこをしてプリクラというものを撮ってはしゃいだりもした。それに、痩せることも無くなったし。だから大丈夫だと僕は自分に言い聞かせて、答える
。
「なに?あかり」
「私ね」
「たぶん、明日死ぬ。」
ドサッと屋根から落ちる雪の音が遠くで聞こえた。雪が落ちると、結構大きな音がする。だから、聞き間違えてしまったんだと思った。だから笑い飛ばす。
「ははは、何言ってんの?よく聞こえなかったよ。今日はもう、帰るな。」
僕は椅子から立ち上がる。きっといつもみたいに話を聞かないから、あかりは怒って「引っ張る」をして、椅子に座らせて、怒るんだ。冗談にマジレスっぽい顔するなって。そのはずだ。
「みちる。」
僕は、その震える声とともに「引っ張る」をされるはずだと思った。ほら、はやく僕を椅子に運んでくれ。いつも叩きつけるからおしりが痛いけど、今後は許してやるから。
僕は、涙が目の奥から溢れてきた。
鼻の奥がつんとして、堪えようとしても涙が溢れてきた。
僕は立ったままだった。
彼女は、「引っ張る」をした。右手が手招きしていた。
ただし、それは僕の左手の小指をつんと摘むだけで終わったのだった。
涙が止まらない。涙でぼやける中であかりに駆け寄る。
抱きしめた。
腕の中で、背骨や肋骨が僕の体にくい込んできた。薄い身体で、肩もひとまりくらい小さく感じた。いつから、あかりはこんなに小さくなったのだろう。
「みちる」
名前を呼ばれて、少し身体を離して、あかりの顔を見る。大きなまんまるの茶色い瞳が、涙でいっぱいに溢れていた。
あかりの、死ぬことに対しての涙を初めて見た。
ああ、嘘じゃないんだなと、本当なのだと僕は感じた。
「そうだよ。嘘じゃない、よ。」
「うん。」
僕には何が出来る、と言葉にならない想いをあかりとともにまた、強く抱きしめた。
「何もしなくていいよ。」
「私、みちるがいてくれたら、それでいい。」
ふたりぼっちの僕ら。
生まれる時が、あと少し違ったら彼女は生きられた。僕も、死ぬまで彼女と寄り添えたはずだ。
僕は、みちるだ。そんな彼女に拾われて、名前をもらった。「家族」がなんなのかよくわからない。でも、僕はあかりにとって「家族」だろうが「恋人」だろうが、「ぬいぐるみ」だろうが、いつだって僕を愛してくれていたことに代わりがないのだ。彼女は何回も伝えてくれたのに。僕があかりにとって必要な存在であると。
僕には、自信がなかった。同じだけを返せる何かがわからなかった。一人ぼっちの僕を見てけてくれて、助けてくれたこと。川に落ちないように助けてくれたこと。あんなに綺麗な花火をつくることができて、辛い勉強も一緒にやってくれた。病室でも笑顔でいてくれたあかり。そんな彼女に僕ができることがわからなかったから。
でも、失うときにになって、わかったんだ。
「そばにいて。」
僕はついに言った。
「そばにいて、あかり。」
僕自身が、彼女を必要として、僕にとっていなくてはいけない存在だと認めて、失うことを恐れてはいけない、と。
「うん。」
彼女は泣いた。大粒の涙を流した。
あかりは、最初から知っていたと言った。だから大丈夫だと。それでも、知っていたからこそ流した涙はきっとあったはずだ。僕が感じたように、自分は必要とされていないような、なんのために生まれてきたんだ、という気待ち。
その意味に僕がなりたい。
どうか伝わってくれ。
あかりなら、僕の気持ちがわかるだろう。
「うん、うん。」
彼女の涙をふこうと、僕の指を彼女の涙に添わせる。すると、その涙は星屑のようにキラキラと崩れていった。次々に、涙が星屑になっていった。そして、ふわりと、僕らの周りを星空が包み込んだ。
これも魔法なのだろうか。
星が僕らに降り注いだ。
僕らは目を合わせ、小さく笑い合ってキスをした。
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