虚神闘界ラストガンズ

上屋/パイルバンカー串山

虚神闘界ラストガンズ


 巨刃が、熱砂を断った。


 巨大な異音が、虚空を打つ。

 圧倒的な、余りに圧倒的な衝撃波が荒野を吹き荒れた。

 巻き上がる砂塵。ギラつく太陽の熱気を孕んだ風。そのただ中で、エリオ・レッドは衝撃波を生み出す原因を直視し続ける。

 年齢は十四。標準よりやや細い体には大きすぎる耐塵コートを纏う。頭には鉱山抗夫の付ける黄色いヘルメット、口元にはぼろ布を巻きつけ眼はゴーグルで砂をガード。ヘルメットは捨てられたものを再利用したためひびが入っており、時折パチパチとゴーグルに当たった砂の音が聞こえる。

 切り立った岩山の上、風を避けるために這いつくばった体勢のエリオは、遠目からはただのぼろ切れに見えた。

 それでも、ゴーグルの奥の両目は憧れに焦がれる感情に輝いていた。


――スッゲ、スッゲエエエッッ!!


 デカい、ツヨい、そんなシンプルかつ単純な強い感情を込めた感想がエリオの脳を埋め尽くす。単純にエリオの語量が少ないのも理由の一つだが。


 不意に突風が止む。砂嵐に滲む不鮮明な視界が晴れた。

 その視線の先には、鋼の神がいた。

 刃を持つ、人が操りし鋼の神が。




「ヴ オ オ オ ア ア オ ア ッ ッ ! ! 」


 歪な咆哮を上げる、紅き巨人。

 身長は約二十五メートル後半。赤く光る生体金属の全身は、発生する膨大な熱で歪んで見えた。マッシヴな人体を模したフォルム。しかしその腕は涙適状に不自然な太さを持つ二対、合計四本の四腕。興奮を隠さず、振り回している。

 のっぺりとした印象の頭部。時折点滅する六個の光学観測器官。そして以前叫びを上げる亀裂のような顎。

 この巨人は鋼人フレーム。エリオ達の世界にとっての脅威であり、資源であり、隣人でもある。

 その実態はグラスファイバー状の神経組織と重金属体組織を併せ持つ超巨大珪素生命体だ。

 だが、エリオが憧れる存在は鋼人ではない。憧れはその先にいる。

 それは漆黒だった。

 太陽の光さえも反射しない。無限の黒を纏った巨人がいる。光を反射するのはただ一点。

 右手に握った、片刃の長刀。東方刀剣イーストシュミター

 緩やかに反る刃渡りは約十メートル。黒鋼の巨人の半分程の長さだ。その刀身には不規則な金属紋様、ダマスカス紋が彩る。刀の製造方法を無言で語っていた。

 黒鋼の巨人は鋼神ガンズ。鋼人の体をパーツごとに分解、微細な結合技術の元に人が乗る操縦倉マガジンを取り付け再生した戦闘機械だ。

 人類に置ける鋼の神。そして鋼神を操る特殊手術を受けた操者は鋼騎士ブリットと呼ばれる。

 人の本質たる闘争本能。その担い手にして求道者。強く、ただひたすらに強くあろうとする者達。


「ガ、ア、ア、ア、ッッ!」


 唸りながら紅鋼の鋼人が拳を振るう。右フック、左ジャブ、右アッパー、左ストレート。

 四種四方向の拳撃。しかし黒鋼の鋼神にはかすりもしない。紙一重でよけながら、常に一定の距離を保つ。


――凄い、あの黒鋼。至近距離で紅鋼グロックの拳をすべて避けてる……乗ってるヤツはただ者じゃない!


 先ほどの衝撃波はこの巨人達の戦闘動作によって巻き起こったものだ。鋼神と鋼人の戦闘速度は亞音速に達する。最大駆動でぶつかり合えば周囲に相当な被害を叩き出す。ゆえに全力を出せるのは街の外であるこの荒野ぐらいだ。

 先ほども何度か攻防があったが、紅鋼が黒鋼に踊らされているように見える。

 時折、黒鋼や紅鋼の肩や背中から爆炎が吹き上がる。発生した推力を利用し、攻撃や回避の速度を上昇させていた。体内中枢の熱量発生器官から熱量を移動、周囲から吸気した大気を超圧縮し、混合放出。体の各部分から噴出させる瞬間爆速ヴァーストと呼ばれる起動補助機能である。鋼騎士ならばこの機能を使い空中戦闘をこなす程度は基本的技能の一つである。

 迫る拳を掲げた刀身で反らす。甲高いの鉄の擦れる音、閃光の如き火花が舞い散る。

 伸びきった腕を黒鋼が掴む。紅鋼がその腕を引き戻そうとした刹那、瞬く間に巨体が空中を一回転。


「ゴ、オ、オ、オ、オ、!、?」


 恐らく疑問系で叫んでいるであろうグロック。背中から地面に落ちる。巨人の超重量により一気に舞い上がる砂、石、そして砂の中に眠っていた鋼神の残骸。かつてグロックを討伐しようとして失敗した挑戦者達のなれの果て。


「うわあああっ!」


 叫びながらエリオは上げかけた姿勢を慌てて伏せる。頭の上を砂や岩と共に砕けた鋼神の頭が掠めた。安全と見極めた距離は、安全とはほど遠かったらしい。


――な、んだ、今の……は? まるで魔法みたいにグロックを投げ飛ばした!


 手首から最小限の捻る動きを加えジンバルロックを発生、体勢が崩れた隙を狙い一瞬の脚払いをかける。黒鋼が使った技は「アイキ」と呼ばれる古流近接格闘技術の一種なのだが、今それをエリオに教える存在はもちろんいない。

 唸りを上げながら紅鋼が地面をバウンド、砂煙を巻き上げ、近場の岩山を足場にして止まる。更に起こる衝撃波と金属音。グロックが体勢を立て直す。点滅する光学観測器官が、黒鋼を再び睨みつけた。

 幾度目かの錯綜を経ても尚、黒鋼を仕留められない。立ちふさがる全てをその巨拳で砕いてきた紅鋼にとって、それは耐え難き苛立ちだった。

 だから砕く。叩き潰し殴り砕く。それ以外の選択肢は無い。有るわけがない。

 上背がたわむ。力を溜めた両足、四腕が地面を掴む。

 力を解放、全ては、全てを砕くために。

 弾かれるように紅鋼が舞い上がる。紅き体がまるで弓矢のように遥かな青空へ打ち上がった。強力な全身の金属駆動筋肉をもってすれば、ここまで常識外れな跳躍が可能となる。


「ル、オ、オ、ア、ア、エ、ア、エ、ェ、ェ、ェ……」


 巨大な咆哮が小さくなることに比例して、紅鋼の体が見えなくなる。やがて、その軌道が太陽と一致。

 膨大な光にその姿が隠れる。

 

「――……ォ、ォ、ォ、オ、オ、オオ、ッッッ!!」


 再び咆哮が上がる。落下軌道に乗った巨体が拳を向けて一直線に黒鋼に堕ちる。超質量と重力を利用した一撃必殺の打撃。幾度も敵を打ち砕いてきた最強の一撃。

 黒鋼の体が動く。ゆっくりとした動作で、刀を鞘に収めた。

 ガチリと高密度金属特有の重い音が鳴る。


――な、なんだ……?


 エリオは首を傾げる。通常、戦闘中に剣を収めることなど有り得ない。それは戦闘の放棄に等しい。

 だが、黒鋼には戦闘を止める気配はない。

 体勢は中腰。左手は鞘を持ち固定。右手は柄を掴むか掴まないかのギリギリの位置に浮く。

 両眼は、落下するグロックを捉える。

 そして、全身を包むは殺意。それは吹き荒れる暴威ではなく、限界まで研ぎ澄まされた刃のみが持つソリッドな威圧感。

 鋼神が一振りの剣そのものと化した錯覚に襲われる。


――な、なにをする気なんだ?


 イ イ イ イ イ ィ ィ ィ ッ ッ !


 黒鋼の背から鳴り響く吸気と圧縮音。次の瞬間、盛大な爆音を上げ最大稼動の瞬間爆速ヴァーストが発動。黒鋼の全身を空へ押し上げる。吹き上がる爆炎と煙は、天空へ伸びる柱に見えた。

 超急加速により巨体が見る間に小さくなる。行く先は、赤鋼の落下予測軌道。


――真正面から、ヤる気なのか!


 エリオの遥か上空で、巨人達がぶつかる。恐らくはこれが最後の攻防になる。その予感が、有る。

 黒鋼の鞘に紫電が疾駆。絡みつく雷光が輝きを増す。解放の瞬間を待ちわびるように、唸りを上げた。

 それぞれの死線が交わり、絡み合う。永久にして刹那のような瞬間。


 そして、刃は解き放たれる。


「―――――――――ッ ッ ! 」


 顔面装甲が割れ、黒鋼が初めて咆哮を上げた。それは、まるで透き通ったガラスのような、美しき声だった。

 振り切った刀、その後ろで赤鋼が二方向・・・に飛ぶ。頭頂部から左右に体を両断されていた。盛大に内部循環液体金属である「銀血」が飛び散る。

 切断劇から一拍遅れ、超・超級の衝撃波が空を吹き荒れ、地上を蹂躙する。


「う、おおおおおっっ!?」


 巨大な衝撃波にゴミの振り回されながら、恐怖の声を上げるエリオ。しかしその表情は、やはり嬉しそうだった。



 ▲ ▲ ▲


 ゴボ


 ゴボ ゴボ ゴボ ゴボ ゴボ ゴボ



「……あー、ヤりすぎちまった、かな……?」


 全身から慣性制御液体リキッドを滴らせ、男は解放された操縦倉入口からグロックの残骸を見つめる。

 慣性制御液体とは一定の電圧を加えることにより粘度を変えることの出来る緩衝剤である。通常亜音速で動く鋼神の操縦倉には、衝撃を緩和するためにこの緩衝剤が充填されている。鋼騎士は操縦鎧という酸素吸入や生命維持機能を持つスーツを纏い、特殊手術により付加された神経接合により鋼神を操る。

 その必要により、重度の改造が施された鋼騎士の寿命は短い。解き放たれた弾丸のように、戦いの火花を上げて散っていく。


「ヤりすぎると値段下がるんだよな……」


 先ほどの一撃は亜音速の移動速度から放たれた超音速の「居合い抜刀」。

 鞘内部の電磁加速により刀身を加速。音速を越えた斬撃を撃ち出す黒鋼の鋼騎士=「刀使い」キイロウの流派の奥義の一技。

 拘束帯を解きながら、ヘルメットを外す。表れるは白髪、日に焼けた肌に生える無精髭。眼光が鋭い、というか目つきが悪い三十男。機体と同じ黒を基調とした操縦鎧に包まれた体は、絞り込まれた筋肉を内包している。

 腰には、大小二本の人間用東方刀剣イーストシュミター

 鋼人の残骸は鋼神の修理や調整を担っている再生屋に高く売れる。キイロウのような特にスポンサーを持たない「流剣ルケン」と呼ばれるフリーの鋼騎士には貴重な収入となる。

 吹き抜ける、無情の荒野の風が汗に濡れた頬を冷やす。戦闘の後のこの瞬間が、彼は好きだった。


「まあ、仕留められたからいいか、ナンヴ」


 自らの勝利と、生存の結果を確かめるように愛機=黒の鋼神、ナンヴへと呼びかける。


 荒野の遥か、遥か彼方に、塔が見えた。

 太陽光を鈍く反射し、蒼穹の空と霞の雲を突き割り大地へと直立する巨大な塔。

 幅は直径約十五キロメートル。長さは雲を超え成層圏へと達する天の柱。

 巨大と形容することさえ的外れな超巨大建造物。その表面金属壁は計ることさえ馬鹿らしいほどの経年劣化を迎え、なおその上からナノマシンにより自動修復を重ねた結果、無秩序な紋様を描いている。

 中央王都ボックスの中央に位置するこの超巨大建造構造体を、この時代の人々は「トツカノツルギ」と呼んだ。遥かな過去に、空の果てと人々を繋いだ神器だと伝えられている。

 剣士として一流の極みに達した鋼騎士は、塔へと招かれ更に超級の剣士との戦いへ挑むという。

 全ては、最強となるために。


――まあ、俺には興味の無い話だがな。

 

 塔より視線を外す。今は夢物語より明日の食い扶持だ。


「……ンん?」


 目を凝らす。離れた場所にある岩柱。

 高さは黒鋼とほぼ同じ大きさ。やや歪んだラインを描く荒い岩肌に打ち込まれたアンカー。そこから伸びるザイルロープ。

 その先にある風に揺れるボロ布。


「――っっんん!?」


 否、ボロ布を纏った子供が垂れ下がっている。


――やべ、巻き込んじまったか!?


 恐らくは鋼拾い屋。地元の子供だろう。流石に子供を巻き込むのはいくら何でも目覚めが悪い。


「おい! 生きてるか、返事しろ小僧!」


 声を上げる。無事を確認しようとした刹那。

 バタバタと手足をふりながら、子供がこちらへ生存をアピール。さらになにやら叫び始める。


「なんだ、生きてるやが……あ?」


 子供が何を叫んでいるか、キイロウにも徐々にわかり始める。


「……ボクをおお、弟子にして下さいいいいっっ!」


「――はああああああっっ!?」




 全てが遥かな過去となる、潮流の果ての時代。

 最後のサムライと呼ばれた男は、自らの最初で最後の弟子となる存在と出会った。

 熱砂の荒野、剣はまだ目覚める時を待っている。

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