異世界に勇者として召喚された一人の男。新たに降り立った地で、彼は自分を召喚した王族を拷問にかけて皆殺しにしてしまう。なぜか? それは空が晴れていたから……。
本作の主人公であるカゲイ・ソウジには生まれつき自分の意志というものがない。行動の指針は常に出会った相手の願いを叶えるか、それとも願いと正反対の行いをするかの二択。そしてどちらを選ぶかを常に偶然に任せて決めていた。相手の年齢が奇数か偶数か、コインの向きが表か裏か、空が晴れているか曇っているか……。
そんな危険な人間が勇者として強大な力を持ってしまったから、さあ大変。早速国を護ってほしいと頼まれたソウジは、偶然に従ってその願いの反対である国一つを滅ぼす大虐殺を行ってしまう。この出会った人間の願いと偶然の結果によって、命を懸けて人を守ることもあれば、親しくなった者を平然と殺すこともあるというソウジの独自のキャラクターが最大の魅力。偶然によって行動が左右されるために、彼が次にどのように動くのか全くわからないのだ。
またファンタジーのようでありながら、第二話では麻薬が蔓延る街で、彼と彼を追う者、そして街に暗躍する殺人鬼の戦いという、ミステリー要素を含んだ三つ巴の戦いが展開され、非常に読み応えあり!
(「悪い人たちの物語」4選/文=柿崎 憲)
のっけから凄まじい展開が繰り広げられる本作は『異世界転生』のジャンルに含まれつつも、テンプレートからは大きく逸脱した描かれ方がされています。
生まれつき心が壊れ、虚無を抱き、さながら「バットマン・シリーズ」の「トゥー・フェイス」がごとく、コインの裏表で自らの行動を規定していく主人公カゲイ・ソウジの生き様は、転生先の世界で大きな波乱を爆撃のごとく生んでいきます。魔王を倒す勇者としての使命を背負って歩むその姿は、ある人から見れば狂気の殺戮者にしか見えない一方、ある人からはとらえどころのない人物として、またある人には頼れる人物という印象を与える。
とにかくキャラクター一人一人によってカゲイ・ソウジという人物の捉え方が大きく違うから、非常に魅力ある主人公として仕上がっているのが、本作の白眉なところでしょう。
ヘヴィメタル・バンドの名前を魔術名にもってくるあたりのセンスは抜群で、ここからも分かる通り、とにかく「言葉」に対する嗅覚がものすごい作者様です。どういう場面でどういう言葉を配置すれば読者の心を刺激できるかを熟知しているとしかいいようのない重厚且つ精緻な描き方は、商業作品でも滅多にお目にかかれません。
特に圧巻すべきはバトル描写です。もうバトル描写をするのに特化した独創的な文体が画面の中で乱舞するたび、こっちのテンションは常にエンジンフルスロットルで爆上がり状態。次はどんな魔術が?次はどんな強敵が出てくるんだろうとワクワクさせられる一方、一切のご都合主義を排したシビアなストーリー展開をつきつけられ、そこに物語内のリアリティを実感させてくれます。
とにかく面白すぎて(ある意味では)罪深い作品です。読んで損はありません。