【書籍収録作品】余命宣告。

夏至肉

第1話

 …カラカラカラカラカラ


 老人の耳に心地いい音が鳴り響く。


 老人は余命宣告を受けていた。

「残り1年だ。」

それが彼に言い渡された期限だった。

 余命宣告を受けて以降、彼はタガが外れた様な毎日を送っていた。


 今日も暗い部屋のある一室で、老人は自らのこめかみに、を突き付け右手の人差し指に力を込める。


 カチャ。


 その音を聞いて周りからは歓声が上がった。


 「すげぇ!」だとか、「あの老人頭イかれてるんじゃないか?」意見は様々だがそのどれもが褒め言葉だった。


「……降参だ。ほらよ。」

 そう言って老人の向かいに座る男は札束を投げた。


「どんなイカサマかしらねぇが、次はねぇからな。」

 そう言って男は席を立つ。男の背には「腰抜けー」と野次が飛んだ。


 老人はそんな彼の後ろ姿を見ながら、

「イカサマなんてまさか、私は神に愛されているだけです。」と呟いた。


 老人も席を立とうとしたが、次の挑戦者が前に座る。


 …またか。


 今度でもう8人目だ。

「爺さん今度は俺とやろうぜ。」

 なんとも生きのいい男だ。ガタイが良く、見るからに自信がある。「死とは無縁だ。」と言いたげなその男は老人の前に大量の札束を出して見せた。


 周りのギャラリーは、「やるな」だとか、「やめとけ、そのジジイには勝てないよ」と口々に言った。


 老人は札束を見て、一言だけ「乗った。」と呟き自前のリボルバーを出す。


「ちょっと待ってくれ。」

 男は老人がリボルバーを出したのを見て、手を前に出して止めた。


「なんですか?」

 老人はキョトンとしながら答える。


「これまでのアンタのゲームを見ていたが、どうにもアンタ、自分の銃を使っていたな。」

 そう言って男は老人からリボルバーを受け取りまじまじと見る。

「パッと見は、イカサマはねぇみたいだが、どうにも気にくわねぇ。よければ俺のでこのゲーム始めてもいいか?」


 その男の問いかけは、最早「YES」以外答えようのないものだった。まぁ、老人にとって自らの銃だろうが、相手の銃だろうが関係ない。


「いいですよ。」

 老人は余裕の表情で答えた。


 そして、ゲームが始まった。


 ロシアンルーレット。


 ルールは簡単。リボルバー式拳銃に弾を一つだけ込め、シリンダーを回す。交互に、こめかみにソレを突き付け引き金を引く。弾が入っていると予想すれば天井や何も無い壁に発砲することができるが、不発なら負けとなる。要は命を賭けたチキンレースの一種だ。


 男は、ポケットから実弾を取り出すとそれをシリンダーに入れ回転させ、老人に手渡した。そして老人もシリンダーを回転させて迷うことなく、自らのこめかみに銃を突き付け引き金を引いた。


 カチャ。


 不発だ。


 確率は弾倉分の実弾数だが、それは6分の1である。6回に1度鉄の塊が高速で射出される。それは、簡単に頭蓋骨を割り脳に達するもの。


 すなわちだ。


 男は目の前の光景を呆然と見ていた。

 6分の1の確率であろうと、引き金を引くのには躊躇ちゅうちょするものだ。失敗=死 なのだからあんな簡単に引き金を引ける者はまず居ない。

 相当修羅場を潜り抜けてきた猛者か、本物の馬鹿にしかできない芸当だ。


「おい、ジイさん聞いてもいいか?」


「えぇ、どうぞ。」

 男は老人から銃を受け取りながら会話を続ける。


「アンタ、どうしてそんなに迷いなく引き金を引けるんだ?」


 老人はその問いに「神に愛されているだけです。」と答えた。


 男はそれを聞いてチッと舌を鳴らしシリンダーを回転させ、少し汗ばんだこめかみに銃を突き付け深く息を吸った。確率は5分の1。


 カチャ。


 その音を聞いて男はガッツポーズをしてみせた。


 周りからは例のごとく歓声が上がる。


 男は机の上に銃をスライドさせて老人の元へ届けた。


 それを受け取った老人はまたしてもすぐに自らのこめかみに銃口を突き付けトリガーを引いた。


 …また空砲だった。


 実弾の出る確率は4分の1だ。この確率を多いと見るか、少ないと見るかは人それぞれだが、自らの命がかかっていることを踏まえれば老人の行動は目を疑うだろう。


「やっぱ、アンタ頭イかれてるよ。」

 男はそう言って銃を受け取り、「もう少し話してもいいか?」と付け加えた。


 老人は「えぇ、もちろん」と答える。


「アンタ何者だ?」


「余命1年のしがない老人ですよ。」


「余命…体でも悪いのか?」


「体は至って、健康です。医者の診断も悪くありませんでしたから。」


 それを聞いて男は、「じゃあなんで?」と問いかけたが、観客からは「早くやれー!」「怖気付いたか!」と罵声が飛んだ。


 男は「うるせー」と一言発し、周りを鎮める。


 ゲームも終盤戦だ。観客が騒ぎ立てるのもよく分かる。


 男はうるせーと発してから、声を出すことも動くこともなかった。それもそうだ。今、自らが持つ銃から実弾が出る確率は3分の1。3回に1回弾が出る。もしかしたら、その一発が、これから引き金を引いた瞬間に射出されてもなんらおかしくない。


 そう考えていると、老人から「降参しますか?」と柔らかい表情で尋ねられた。


 それを見て男は決心する。

 余命1年の老人に哀れまれる程、俺は落ちぶれちゃいねぇ。それにここで俺が引き金を引いて空砲なら、老人が生き残る確率は2分の1になるんだ。俺はツイてる。


 ……大丈夫、大丈夫……大丈夫。


 男は心の中で何度も祈る様に「大丈夫」を繰り返し、銃を自らのこめかみに当てた。


 フーーーフー。


 男は無意識の内に鼻息が荒くなる。

 彼の血は煮えたぎったマグマの様に熱く、目を瞑りながら、歯を食いしばり顔を赤くさせた。あまりの力の入れように身体全身が震えている。


 肝心の人差し指がやっと、トリガーに掛かる。それを見た観客は誰一人、男をはやし立てることは無かった。皆、一様に男をまじろぎもせずに見る。この男の勇気を見届ける。ただそれだけだった。


 そして遂に……


 カチャ。


「…ブッハァァア!!」

 男は大きく呼吸をした。これ程美味い空気は味わったことがあっただろうか。観客から今日一番の歓声が上がった。


「どうだ、ジイさん…生き残ったぜ。」

 男は、ハァハァと肩で息をしながら老人に勝ち誇った様に言い、2分の1になった銃を老人へと手渡した。


「えぇ、素晴らしかったです。私には出来ない芸当だ。」

 老人はそう言った。


 それを聞いて男は勝ちを確信して、「降参か?」と聞いた。


 すると、老人は「まさか。」と一言残し2分の1で実弾が射出される銃を自らのこめかみにいとも簡単に当てた。


「おいおい、冗談だろ。ジイさん。」

 男はさっきまで勝ち誇った顔をしていたのだが、今では驚きの表情へと変わる。


「ちょっっと、待て。な、な、」

 男は引き金を引こうとする老人を慌てて止めた。


「何ですか?」

 男とは対照的に老人はケロッとしている。


「お、俺が言うのもなんだがよ、確率は2分の1だぜ。……普通はな、普通はここまできたら自分の命欲しさに壁に向けて打つもんだ。それにアンタさっき俺を見て私には出来ないって…」

 老人は最初の1回目と変わらぬ感覚で銃口をこめかみに当てていた。最早、常人のそれではない。


「も、もしここでアンタが死んじまったら、そのアンタのズブテェ神経の理由が分からずじまいになっちまう。……良ければどうしてそんな簡単に引き金を引けるのか教えてくれねぇか?」


 それを聞いて老人は一旦、銃を置いた。


 そして自らの席を立ち男の耳元へ近づく。


「ゴニョゴニョゴニョゴニョ。」


 何かを話し終え、老人は自らの席に戻り

すぐ様引き金を引いた。


 カチャ。


 空砲だった。


 それは老人の話を聞いた男からすればだと言わざるをえなかった。


 老人は「婆さんが待っているので、そろそろ帰ります」と、一言残し大金を握りしめ、あっさりと外へ出た。


 老人から耳打ちをされて、男はこれまで自分が命を張っていたことが馬鹿らしく思えていた。いや、散々あの老人のことを頭がイかれているやら考えてきたが、むしろ頭がおかしかったのは自分の方だとしみじみ思っていた。こんなゲームで命張るなんて。

「神に愛されてる。……なんて嘘パッチじゃねーか。」

 男はそう言って声高らかに笑った。これまでの緊張の糸が切れ、笑い壊れるほどに。

笑い疲れて呼吸が苦しい。けれどこんなにも生きていると感じたことはなかった。そう思うと呼吸の乱れも快感へと変わる。



 笑いながら老人の耳打ちを思い出す。


「私の余命。あれは、死神に告げられたんです。奴は、私が狼狽えるのを見て楽しむつもりだったんでしょうが、……私はそれを聞いて丸1年はと考えた。婆さんに少しでも貯金を残したくてこうして稼いでいるんです。いやー、こんな馬鹿げたゲームに命を賭けるなんて私には出来ませんよ。」























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【書籍収録作品】余命宣告。 夏至肉 @hiirgi07

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ