15 手紙を運ぶ青い鳥

 ◆ ◆ ◆


 人の送迎、荷物の運搬、手紙の配達など運送関係を担う複数の個人事業をまとめる総合流通窓口の前。眼鏡をかけたふくよかな女性とやり取りをするロゼルの声をセスはぼんやり聞いていた。

 どうやら彼はラストシュガーローズをふたつに分けて運んでいたようだ。青鞄に入っていたのは予備。万が一、運搬のほうでなにかがあった際にも対応できるよう、少数は手元で管理していたらしい。

 慎重と言うべきか、神経質と言うべきか、何にせよロゼルは用心深い性格のようだ。

 だからこそセスは余計に彼が昨晩見せた無謀な態度が気になった。

 ロゼルはカニバルブーケに対して酷く感情的になる。

 汽車内で《血の魔女》について聞いてきた時も、少し様子が変だった。セスが疑問を向けた時、彼は答えずうまくはぐらかされてしまったといまになって思う。

 隣の窓口に置かれた鈴蘭を模した止まり木にいる巨大な鳥が大声で番号を叫んだ。


「……ッ!」


 甲高いだけで抑揚のない声に、遠退いていたセスの意識はびくりと現実に戻される。

 大きなツバ付き帽子を被った夫人が隣の窓口にやってきて、番号を叫んだ鳥にアルバ硝子製の薄い板を差し出す。鳥はそれを黒い嘴で受け取った。

 流通組合の窓口とは思えない静謐な漆喰の装飾を浮き立たせたカウンターに寄りかかっていたセスは、そっと身体の位置を変える。


「待たせてごめんなさい」


 身動ぎしたセスの気配を感じたらしいロゼルが言う。


「ここの景色は、見ていて飽きませんから……気にしないでください」

「もうすぐ終わるから、あとちょっと待っててくれる?」


 言いながらロゼルは左手に持つ硝子ペンを動かし続ける。彼が文字を綴る度に硝子ペンは頭上からの光を受けて美しく瞬いた。

 ロゼルと対話をしていた眼鏡の女性は、いつの間にかいなくなっている。セスが辺りを軽く見渡すと女性は奥で紙の束を漁り、なにかを確認している様子だ。


「受付番号八番。チルチルミチルに配達を頼んでいます。確認記号は、鳩の思い出、夜帳の城、贅沢な未来」


 御伽噺を読み上げるようなロゼルの声音につられてセスは顔を戻す。

 ロゼルは小さな羊皮紙を筒状に巻くと空色のアルバ硝子でできた小さなメッセージケースに入れた。真鍮の蓋には細緻な鳥の装飾が彫られている。


「手紙も一緒に。お急ぎ便でお願いします」


 彼はそれを自分のいる窓口に置かれた鈴蘭形の止まり木に佇む青い鳥へと差し出す。

 この大型の鳥達は手紙の配達や情報交換など流通業界ではとても重宝されている存在だ。

 鮮やかな青羽根を持つ鳥は筒型のメッセージボトルを受け取ると、軽やかにどこかへと飛び立っていく。硝子天井から降り注ぐ極彩色の光の海を、地上の喧騒を無視して泳ぐ優雅な青い姿はとても幻想的だった。

 丁度良く眼鏡の女性が受付に戻ってくる。

 ロゼルの言う通り、女性との会話はすぐに終わった。


「行きましょう」


 ヒールが鳴る。

 セスは左手に持つ杖を軽く握り変え、手の中にある鞄の持ち手を整えると真紅の背に続いた。


「重くない?」

「平気です。ロゼルこそ……荷物の件は? 手紙も出していたみたいですけど……」

「荷物は大丈夫。手紙は妹に」

「ああ、例の……髪を弄らせてくれなくなった……」

「そう。例の髪を弄らせてくれない妹に。汽車が遅れた知らせと、寄るところができたって一報をね。野外通話機から掛けても良かったんだけど……怒られたくないから」


 ロゼルは一笑を零す。


「これでボクは終わり。この後は」

「ベアトリーチェのところに……」

「ですよね。どちらから出る?」

「ど、ちら……?」

「アルバ中央駅はいくつかの出入り口があるのですよ。どこから……あー、その顔は分かってない感じね」

「手紙をもらってます……多分、それに、書いてありました……」


 窓口から離れると、二人は人の流れに巻き込まれなさそうな支柱の側で一旦足を止めた。

 セスは右手にまとめて持っていたふたつの荷物を床に置く。ロゼルに手を伸ばされ、左手の杖だけは彼に預けた。


「置き引きに気を付けて」


 言いながら、ロゼルが身体の位置を変える。セスの杖と自分の足でさり気なく足元の鞄を庇う。

 ロゼルが鞄を見張ってくれているのを感じながらセスは薄汚れたズボンのポケットを漁った。カサリ、とすぐさま指先に触れたそれを取り出す。

 四つ折りの手紙を広げれば、随分と薄れたが懐かしい柑橘系の香りが駅の空気へと溶け出してきた。

 手紙は道中何度も確認していたためしわくちゃになってしまっている。だが綴られた文字はそんな紙面の上でも薄れずに上品に佇み、この手紙をくれた人物の人柄の良さを物語っていた。

 事細かに、しかし分かりやすく旅路の案内がしたためられた手紙。

 これのお陰でセスは一人でも山奥から王都までやってこられた。ある意味、大切な旅の相棒である。

 セスは相棒の内容を改めて上から下まで探った。


「……西の三番口、と書いてあります」

「西口……ベアトリーチェはアルバ職人と関わりがある方?」

「分かりませんが……なぜです?」

「西側はアルバ硝子専門店が多く並ぶ区画なのですよ。五つの大通りがあって、アルバの有名な観光地のひとつ。市街地とはま逆だから、何かアルバ職人と関わりがある方なのかと思って」

「確かに彼女の性質は職人には有り難いものでしょうが……彼女も、自分と同じですよ?」


 セスは自分と同じを強調して言う。

 ベアトリーチェもセスと同じ、魔女。


「人間と、そこまで関わるとは……思えません……」


 破天荒なブージャムとは異なり、ベアトリーチェは常識的だ。

 人間の中にうまく紛れ、当たり障りなく暮らせるほどにしっかりしている。だからこそ人間との距離感は弁えているはずだ。

 セスも今後この巨大な街で過ごす以上、距離感をきちんと学ばなければいけない。


「…………」


 セスはロゼルを長い前髪の隙間から覗き見る。

 早速、距離感を間違えてしまったと後悔した。ベアトリーチェにどう言われるか。考えただけで足が重くなる。けれども、これ以上遅れて迷惑をかけるわけにもいかない。


「……行きましょう」


 セスは手紙を左手に持つと荷物を右手にまとめる。持ち手が大きいロゼルの鞄を腕に引っ掛け、それから自分のあってないような軽すぎる鞄を掴んだ。


「杖はボクが持っていましょうか?」

「自分が持ちます」

「両手が塞がると大変じゃない?」

「ご心配なく……」


 セスは素っ気ない態度を見せつけるようにしてロゼルの手から杖を奪った。左手に手紙と一緒に持つ。無理矢理に片手でまとめたため、手紙がグシャリと悲鳴をあげた。


「ついてきてください……」


 平坦に言い放ち、セスは一足先に歩き出す。


「そっちは逆。市街地に出ますよ」


 すぐさまロゼルの声が背中に投げつけられた。


「…………」


 振り返ると、柔らかく持ち上がった赤い唇がセスを見ている。それは意気がる子供を見守る母親の微笑みに似ていた。


「案内しますね」


 セスは大人しくロゼルの元に戻った。


「ちなみに、ベアトリーチェはなにがお好き?」

「…………はい?」

「突然押し掛けるのですよ? 手土産くらい持って行かないと……」


 ロゼルの声音はいたって真剣だった。

 豪奢なフリルから覗く骨張った右手を探偵のように顎下にそえ、彼は真剣にベアトリーチェへの手土産を考え出す。


「なに、言ってるんです……あんた」


 セスの頬が引き攣った。

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