第24話 「斬り合いの中で」
迫り来る剣閃は重さこそないが鋭く速い。また全てにおいて人体の急所と呼べる箇所を確実に狙ってくる。
俺は元々可能な限り紙一重のところでかわす戦い方をするだけに、飛来する死線が強大なればなるほど神経への摩擦も増す。
ここまでひとつのミスが死に繋がるような戦いは久しぶりだ。
とはいえ、戦えないわけではない。大小の刀による連撃によって現状は防戦を強いられているが、徐々に太刀筋は見えてきている。
その証拠に敵の剣閃の合間を縫うように反撃の一太刀を撃ち込むことも可能になってきた。
だがそうそう決まるものではない。たった今放った一撃も敵は体格や筋力の差で押し負けないよう全身を使って防いでくる。
「っと……危ない危ない。今のは首が飛ぶかと思ったよぉ。いやはやお兄さん強いねぇ、ここまで斬り合えたのは久しぶりだよ」
そんな緊張感のない声で言われても癪に障るだけだ。せめてもう少し感情を乗せて話せと言いたい。
ただ瞳や表情には嬉しさのようなものが見て取れる。感情の欠如が見られていたが単純に長い傭兵生活で表に出にくくなっているだけかもしれない。
ただ……もしも戦いの中でしか生の実感を得られないようになっていると非常に面倒だ。俺の経験上、その手の輩は一度火が灯ると勝敗が決するまで殺し合う傾向が強いのだ。
「お前はあいつをここまで連れてくるまでの護衛だろ。騒ぎが大きくなる前にこの場を離れた方が良いんじゃないのか?」
「まぁそれは一理あるけど……でもウチがいなくなったらお兄さんにあの人殺されそうだし。護衛としては逃げずに戦うのも仕事かなって思うんだよねぇ」
「適当な口ぶりのくせに真面目なことだな」
「そりゃあ仕事だもん」
最もな解答だ。
だが一個人としては人斬りを仕事にしてもらいたくない。アシュリーのように傭兵という在り方を否定するつもりはないが、斬られる対象となれば話は別だ。
俺に死ぬ理由はないし、この少女から殺される理由もない。
「ルゥゥゥクシュナイダァァァァァ……!」
獣のような雄叫びと共に振り下ろされる巨腕。その一撃は大地を砕くほど強大だ。
少女と競り合うのをやめて寸前で避けなければ今頃身体中の骨が砕けて死んでいたに違いない。
動きこそ単純だが当たれば即死。それに時間が経つにつれて右腕以外も変化が始まっている。それに比例して身体能力の向上も見られるだけに今の状況は非常に不味い。
ひとりだけに専念できれば勝ち筋も見い出せるがふたりを相手にはそれも難しい。あの少女の剣の腕がもう少し下ならそれも出来ただろうが……。
ただ幸いなことに少女は基本的に自分からは攻めてこない。
こちらがヨルクに対して行動を見せた時、護衛として襲い掛かってくる。仕事への真面目さ故か武士道精神のようなものなのか。その答えは分からないが今も俺が生きている理由の大半はそこが占めている。
「ルーくん……!」
「来るな!」
「でも……」
確かに状況は不利だ。
しかし、まともに剣を振れないであろうアシュリーに参加されても足手まといになるだけ。
ヨルクの注意を引いておいてくれるだけでも助かりはするが、今の奴に理性というものはない。怒りや憎悪、破壊衝動といったものがあるだけだ。アシュリーが委縮して動けなくなれば死に直結する。
かといってこのままではジリ貧だ。どうする……。
シルフィやガーディスといった騎士団長を呼びに行ってもらうか?
いや、騎士団はヨルクを追ってあちこちを捜索している。場所が分からなければ呼びに行かせても時間が掛かるだけだ。それに騎士団長クラスならともかく迂闊な応援は被害を増やすだけ。
派手な魔法でも使えたならば空にでも撃って異変を知らせることも可能だったのだろうが、今ないものねだりをしても仕方がない。
どうにかして活路を見い出さなければ……。
そう考えた次の瞬間――
「どりゃらっしゃぁぁぁぁぁぁッ!」
――気合の声と共に現れたユウがヨルクの顔面に蹴りを入れた。
それによってヨルクは数メートル吹き飛ぶが巨大な右腕で地面を掴んで制止を掛けた。
ユウは家の中に居たはず。
そう思って一瞬視線を変えると窓の部分が壊れているのが見えた。おそらくユウの強烈な踏み切りに堪え切れなかったのだろう。
たったの1歩でここまでの距離を跳んできたかと思うと、改めて獣人の身体能力の高さを実感する。だが……
「何でお前まで」
「うっせぇな! オレだって大人しくしとこうと思ってたよ。でもルーク押されてたじゃねぇか。そっちの馬鹿女は何もしねぇし!」
それでも騎士かよ!
と言いたげにユウはアシュリーを睨みつけた。それに対してアシュリーは何か言い返そうとしたが、結果的に言えば口を閉ざしてしまう。
「ちっ……いつもの威勢はどこ行ったんだよ。まあいいや、とりあえずこっちの化け物はオレに任せな」
「だが……」
「心配すんなって。身体はもう大丈夫だし、旅してる時は魔物やらぶっ倒してたんだから。剣での斬り合いは無理だけど殴り合いならオレでも出来るぜ」
そう言ってユウは両手の拳を鳴らすと軽くその場で跳んで身体をほぐす。それが終わると大きく息を吸って身体に力を入れた。
それと同時に両手が体毛に覆われ始め爪が鋭利なものに変わる。一部分ではあるが獣化を行ったのだろう。
獣人は年を重ねるにつれて獣化できる範囲が広がり、大人になることで完全獣化が出来ると言われている。完全獣化出来て初めて一人前と認められるのだとか。
ただ平静ではない時や身体が未成熟な時期に完全獣化を行おうとすると、理性が獣の本能に負けてしまい暴走すると聞いた覚えがある。
ユウが完全獣化を行うとは思わないが相手は魔人とも獣人とも言えないような存在。何が起こるか分からないだけに心配は尽きない。
とはいえ、獣化したユウの身体能力なら逃げに徹すれば時間を稼ぐのは難しくないだろう。
どちらにせよひとりでは限界があったのだ。ここはユウに頼ることにしよう。過保護・過干渉なのは煙たがれるだけだしな。
「無茶はするなよ」
「おうよ。婆ちゃんになってもねぇのに死にたくねぇからな。おいクソ野郎、オレ様が相手してやるから掛かってこい!」
子供じみた安い挑発ではあるが、先ほどの蹴りが癪に触っていたのかヨルクは俺ではなくユウに向かって襲い掛かる。
「死ねしねシネェェッ!」
「へっ、そんな大振り誰が当たるかってんだ!」
身軽な動きでユウは次々とヨルクの攻撃を避ける。
ヨルクの一撃は威力だけ見れば必殺だ。それだけに心配にもなるが、ユウに任せると決めたからにはまずは傭兵の少女をどうにかするべきだろう。
あっちを即行で倒してヨルクを仕留める。
それが現状において最善の道筋だ。迷うな、覚悟を決めろ。
「お兄さん、あっちは任せちゃっていいの? もしかしたらあの子死んじゃうかもよ?」
「そういう心配が出来るのなら今すぐ仕事を切り上げて欲しいんだが」
「それもいいかなって最初は思ってたんだけど……もう少しお兄さんと斬り合いたいんだよね♪」
無邪気にとんでもないことを言うガキだ。
斬り合えば斬り合うほど……命に死神の鎌が振りかかるほど生を実感してるのだろう。それがおそらくこいつにとっては快感でもあり喜びなのだ。
魔竜戦役によって生まれた被害者。
そうとも呼べるだろう。だが現状だけ見れば質の悪い変態でしかない。下手に同情なんかして剣筋が鈍れば地獄に落ちるのはこちらだ。
「あの子には感謝しないと。これでようやく純粋にお兄さんと斬り合える……簡単には死なないでよお兄さん!」
「――ッ」
気が付けば嬉々とした顔はすぐ目の前にあった。
余力を残しているとは思っていたが、予想していたよりも速い。
だがこちらも先ほどまでと違って全神経を注ぎ込める。太刀筋や体捌きがより鋭くなろうと追いきれない道理はない。
唐竹、突き、袈裟斬り、逆袈裟、左右の薙ぎ……。
絶え間ない斬撃が的確に急遽目掛けて飛んでくる。一瞬でも気を抜けばあの世行き間違いなしだ。
だが真面目過ぎるほど殺すことに重点を置いた少女の太刀筋は読みやすくもある。薄皮や衣服は斬られているが致命傷を負っていないのがその良い証拠だ。
少女の動きを先読みしてかわし、無理なものは受け流したり弾き、時として受け止める。
攻めているのは少女だろうが、彼女としてはこれだけの連撃を放ちながら一度も直撃がないことに苛立ちを覚えたのだろう。
流れるような動きで回転したかと思うと、両方の刀を使って薙ぎを放ってきた。回避は無理だと判断した俺は、左手を添えるようにして刀の刀身と柄を利用してそれを受け止める。
「ありゃりゃりゃ~これもダメかぁ。お兄さん、ほんと強いね。ちょっと惚れちゃいそう」
「殺そうとする相手に言う言葉じゃないな」
「だってお兄さんくらい腕の立つ人ってあんましいないしぃ。こういう時代だもん。女は強い男には惹かれちゃうよ~」
生き物の本能としては正しいのだろうが、あいにく俺は斬り合っている相手から求愛されても嬉しくはない。
何故こうも俺の周りは一般とズレた奴ばかり現れるのだろう。何かの呪いにでも掛かっているのだろうか。
……なんて考えてる場合でもないか。
チラリとユウの様子を窺うと跳ね回るようにヨルクの攻撃を避け、隙あらば変異していない箇所へ打撃を入れていた。
ダメージはそれほど通ってはいないように思えるが、戦いの主導権を握っているのはユウのようだ。
「む……お兄さん、お兄さんの相手はウチだよね? 他の女に目移りしてほしくないんだけどぉ!」
傭兵の少女は一度距離を取るとすかさず踏み込んでくる。
まるで風が舞うかのような動きではあるが、戦闘による興奮なのか最初に比べてずいぶんと感情的になってきた。こちらとしてはありがたい限りである。
再び繰り出される連撃を的確に捌き続ける。
運動量で考えれば少女の方が先にバテるだろうが、神経の擦り減りはこちらが上だろう。
正直このままでは先に集中力が切れて一太刀もらう可能性は十分にある。少しでも均衡が崩れれば、なし崩し的に神速の連撃によって致命傷を負うだろう。そうなればこちらの負けだ。
故に何かしら突破口を見つけなければ。
迫り来る凶器を迎撃しながら必死にこれまでの斬り合いを思い出す。何か少しでも癖のようなものがあればそこが突破口になるかもしれないからだ。
「ほらほらどうしたの? お兄さんも攻めないとウチには勝てないよ!」
興奮が高まるにつれて剣閃の鋭さが増す。
それに比例してこちらの神経は擦り減り、掠り傷や刀での防御も増える。
傷は致命傷をもらわない限り問題ないが、刀の方は別だ。防御が増えれば必然的に刃こぼれし斬れ味が鈍る。最悪折れてしまうだろう。
戦場で得物を失うのは死に等しい。特にこの少女相手に素手で戦うなどご免被りたい。
――いや待て……
俺は多少なりとも体術の心得があるし、魔法も使うことができる。やり方次第では素手だろうと有効打を与えることは可能のはずだ。
問題なのはそれを撃ち込むタイミングがあるか。
この動きをすればこういう動きをする。それが前もって分かっていればタイミングも掴めるのだが……
「もっと……もっと楽しませてよお兄さん!」
「ごちゃごちゃうるさい、この変態が」
わずかばかり大振りになったところを見逃さず肩口目掛けて斬撃を放つ。
が、それは寸前のところで大小の刀に防がれてしまった。体格差あるもののここまで全身に力を入れて踏ん張られては強引に押し込むことも不可能だ。
――全身に……そうか!
見つかった。これが突破口だ。
癖と呼べるようなものではない。むしろ体格差のある相手にも負けないために身に付けた技術だろう。が、今回においてはそれを逆手に取れる。
「せあ……ッ!」
手首を返すようにして先ほどとは反対側から刀を撃ち込む。
それに少女は素早く反応し身を捻ってかわすが、こうなることは織り込み済みだ。彼女の余裕をなくすように今度はこちらが連続で斬撃を放つ。
「わ~お、どんどん速くなるねぇ。やっぱりお兄さん素敵かも」
「攻められるばかりなのも芸がないんでな」
「うんうん、いいねぇ~……でも!」
最上段からの一撃を少女は両手の刀を交差させて受け止めた。
体重をきちんと乗せた一太刀だったが、大地をしっかりと踏みしめた少女の身体はわずかばかり沈むだけ。致命傷どころか掠り傷さえ与えることは出来なかった。
「残念だったねぇお兄さん」
「いや、狙い通りだ」
少女の目に疑問の色が浮かぶが、刀を振り下ろした直後から動き出していたこちらの方が速かった。
魔法によって強化された身体から繰り出す打撃は時として人を殺める凶器にもなりえる。さすがに俺の拳には少女の命を刈り取る威力はないが、それでも怯ませるには十分だ。
刀の間合いよりも踏み込みながら握り締めた左拳を遠慮なく少女の腹部へ叩きつける。
少女は胃から何かこみ上げるような反応を見せるが、こちらの動きから予測していたのは耐えてみせた。しかし、こちらの攻撃はこれで終わりではない。
魔を断つ刀を扱うため使ってはこなかったが、俺も多少なりとも身体強化以外にも魔法が使える。純粋な魔法師に比べれば大したものではないが、それでも最大出力で撃ち込めば……!
「終わりだ……!」
左拳に集約させていた魔力を雷に変えて放つ。《ライトニング》と呼ばれる雷属性の初級魔法ではあるが、魔法に対する防御を持たない相手には十分な威力を発揮する。
その証拠に雷撃を浴びた傭兵の少女は悲鳴を上げた後、その場に倒れ込んだ。息も意識もあるようだがしばらくは身体が痺れて動くことは出来ないだろう。
「……あとはあいつだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます