第23話 「傭兵の少女」
さてどうする……。
敵の数は2。平静を失っているヨルクと長刀を持った少女だ。
ヨルクの興奮状態からして薬か魔法で冷静さを失っている状態にあると言える。だが見たところ身体的に変化は見られない。
筋力などは上がっているかもしれないが、ベースが人間のままなら前回相対した時より危険度は現状低いとも言える。
問題はあの少女だ。
ある程度の経験者ならば敵の強さを肌で感じられることが多い。醸し出している雰囲気や殺気、立ち姿などから予想できるからだ。
しかし、今目の前に居る少女は立ち姿こそ武芸者らしいものがあるが、こちらへの興味がなさ過ぎる。殺気どころか敵意すら皆無だ。故に予想が立てづらい。
あれは余裕の現れなのか? それとも単純に他人への興味がないのか?
どちらにせよ……もし俺よりも腕が立つならば家に居るふたりを避難させなければならない。
そう思った直後だった。
「ちょっとあんた! いったい何者。いったいヨルクに何をしたの!」
正義感を押さえられなかった騎士様が飛び出してきてしまった。
何故この騎士様は目上の言葉を聞かないのだろう。俺に威厳が足りないからか。それとも俺の言うことなんて守らなくてもいいと思っているのか。
もしも今日という日を無事に乗り越えたら注意しておくことにしよう。この猪騎士様だけでなく直属の上司にも。ちゃんと緊急時の躾けはしておけと。
「おぉ~すげぇデカい……じゃなくて。ねぇおっぱいの大きいお姉さん、人に名前を聞く時はまず自分からって教わらなかった?」
「そこに胸の話は必要かな! 普通にいらないんじゃないかな。というか、異性も居る場所で平気でおっぱいとか言うな! ちなみにあたしの名前はアシュリー・フレイヤ。この国の騎士よ!」
流れるような返答に無表情の少女にも少しばかり感情が現れる。
ただそれは「こいつ素直だなぁ……」のような呆れと感心が混じったようなものだ。
このご時世に敵対している状態で、これほど素直な反応を示す者は滅多にいないと思われるので仕方がないことではあるが。
「おい……何で出てきた?」
「え……い、いや~その……やっぱりその騎士としてこの状況は放っておけないといいますか。気が付いたらここに居まして……」
「このバカ騎士」
「バ、バカッ!? そ、そこまでストレートに言わなくても……」
シュンとするな。
大体今回の場合、どこからどう見ても対人戦だぞ。人とまともに斬り合えないお前が居ても足手まといにしかならないだろ。
まったく……こいつの頭はいったいどうなってるんだ。昔のシルフィにも似たようなところはあったが、あっちはまだ腕が立つ分だけマシだったぞ。
こいつ、頭に回る分の栄養も身体のある一部に回ってるんじゃないのか。
そう思いたくなるほど後先考えず行動するから困る。
「なになに? おふたりさんはそういう関係なの? まあ別にウチとしてはどうでもいいけど。でも普通こういうときに痴話げんかするぅ?」
「そそそそういうんじゃないし! というか、こっちは答えたんだからそっちも答えなさいよ!」
「いやいや、お姉さん真っ直ぐ過ぎ。正義か悪かで言えばこっちは悪だよ? 何でもかんでも答えるわけないじゃん」
悪党に正論を解かれる騎士が今まで居ただろうか?
俺もそう思うだけに心底呆れた顔を浮かべている長刀を持った少女には少しばかり共感する。
しかし、それも束の間……長刀を持った少女の顔に急に笑みが浮かぶ。アシュリーのような存在が珍しかったのか、好奇心の見える顔で再度口を開いた。
「まぁ何も答えないのも何だか悪いし、多少なら答えてあげてもいいよぉ」
「え……じゃ、じゃああなたは何者なの? 目的は何? ヨルクにどうするつもり?」
「いいと言ったのはこっちだけど遠慮ないねぇ……まぁいいけど。ウチはただの傭兵。目的はこのお兄さんの護衛だよ。このお兄さんに対しては特に何もするつもりはないかな。ここまで連れて行けって頼まれただけだしぃ」
「誰に頼まれたの?」
「それは言えないよぉ」
「何でよ!」
「何でって……あのねお姉さん、傭兵って職業はお金をもらえば何でもする仕事だけどさ。一応客商売なんだよ? お客さんの情報を話せるわけないじゃん。お姉さんみたいにお堅い仕事じゃないんだから信頼を失うと次の仕事なくなるんだし」
俺は立場上アシュリー側に居るべきなのだろうが……。
どうにもこのふたりの会話を聞いていると傭兵の少女側に立ちたくなってくる。アシュリーがバカというか素直過ぎるのは問題なのだろうが、単純に傭兵の少女の方が社会というものを知っているのも理由だろう。
「お金をもらえば……客商売だって……じゃああなたはお金をもらえば誰かを殺すの? そんなことしたいの!」
「う~ん……したいかどうか聞かれたら面倒だからしたくはないよぉ。でもまあ報酬次第ではやるかなぁ。仕事として頼まれたらそれも仕事になるのが傭兵だし」
営業スマイルのような作られた笑みを浮かべる少女に、アシュリーは理解できないものを見るような目を向ける。
だがそれも無理もない。
アシュリーとあの少女。ある意味真逆の存在だ。
アシュリーは人の命を大切にし、悪人でさえ剣を振ることも躊躇してしまう優しい心を持っている。だがあの少女にはそれがない。
いや、正確には他人への感情がないに等しいのだろう。
だから会話をしても少女が内に秘めるものは伝わってこない。
別に誰かを斬りたいとは思ってはいないのだろう。だが斬る理由が出来れば実行できてしまう。
人としての感情が欠如している。まるで……ただ生きるために生きている人形だ。
「何で……何でそんなことが言えるの? 傭兵なんてしたって誰も幸せにならないのに」
「む……あのさぁ、別に考えなんて人それぞれだよ。だからウチもとやかく言いたくはないんだけど……お姉さんさ、見たところウチとあんま年変わらないよね? なのに何でそんなこと言えるわけ? 少し前の戦争は知ってるはずだよね?」
「それは……」
「あぁ~あれか。辛い思いはしたけど差し伸べてくれる手があった口なんだよね。しかもとびっきり良い人に巡り合ったんだ。じゃないとそんな甘々な考えに育つはずないもんね」
「甘々って……!」
「甘々だよ」
冷たい声だった。
やる気のないどこ吹く風のような声ではなく、苛立ちの籠った感情的な声。殺意にも等しい明確な目の輝きにアシュリーは口を閉ざし1歩後退る。
「お前は本当の地獄なんて知らないんだ。傭兵をしたって幸せになれない? 確かに傭兵なんて仕事はない方がいいんだろうね。でも必要とされているから傭兵なんてものがあるんだ。この国で育ったお前には分からないだろうけどね」
この国には騎士が居る。騎士は民を守ってくれる。
だが他の国では自分の身は自分で守れという場所も多い。
それだけに少女の言葉は正しく、アシュリーには理解できないところでもあるだろう。
そして……そういう現実がある限り、俺より年下であろう少女が俺よりも過酷な地獄を経験していてもおかしくない。
「……な~んてね。傭兵なんてものはどこ行っても嫌われるもんだし、そういう扱いには慣れてるよ。でもお姉さんは知っておくべきだね。世の中単純じゃないの。時としてウチみたいな存在も必要になるんだよ。だから必要悪なんて言葉があるんだし」
再び声から感情の色が消えた。
自身の心を操るのが上手いのか、アシュリーという存在に興味をなくしたのか。
だが今はどちらでもいい。問題なのはヨルクだ。
ここまでは大人しくしていたが、徐々に興奮度合いが増してきている。その証拠に額や首、右腕といった場所には血管が浮き出している。
「さっきから……僕の……僕のアシュリーを…………しかもルーク・シュナイダーの家から出てきた。何だ……何なんだよ……アシュリーは僕のものだ。僕だけのものなんだ。なのに何でいつも……いつもいつもいつもいつもルーク・シュナイダーと一緒に居るんだァァァァッ!」
「ヨ……ヨルク?」
「このクソビッチが! どうせ今日もその男に股を開いたんだろ? その胸でその男を楽しませたんだろ? だからいつも一緒に居るんだ。……えぇいうるさい! そんな目で僕を見るな。大体お前が……お前が居たからこんなことになってるんだ! ルーク・シュナイダー、お前だけは殺す。絶対に殺す殺す殺す! もうアシュリーの唇を味わったのか? 彼女の豊満な胸を弄んだのか? 彼女の秘部に己が欲望をぶちまけたんだろ! 死ね死ね死ね死ねえぇぇェェェェェェッ!」
完全に理性を失っている。まるで本能を剥き出しにした獣だ。
それに連動するかのように右腕が不規則に流動しつつ膨張し変化を始める。増殖した体毛はまるで鎧のように変わり、筋肉量も増加したのか丸太のように太くなっていく。
その変化する過程は魔物というより、まるで獣人が己が身体に眠る獣の力を呼び覚ます能力《獣化》だ。
だがヨルクは人間。獣人の血は混じっていないはず。魔物の細胞が影響している可能性もあるが、前回見た魔人の腕とは系統が違い過ぎる。
俺の知っている魔人とは違うと思っていたが、今回のケースは魔人とも違うように思える。
この騒動を引き起こした黒幕は何を考えている? 何のためにこんな非人道的な行いをしているんだ。今の時代に人の道を外れるような力は必要ないはず。必要となるとすれば……
「……まさか」
どこかで戦争でも……魔竜のような存在を人為的に復活させ再び戦乱の時代でも来させるつもりなのか。
いや、そんなのは馬鹿げてる。死の商人とも呼べる存在が居るにしてもだ。そんな大規模なものを起こせば自分の身どころか世界そのものが危ない。
だが今はそれよりも先に目の前のことを片付けなければ。
傭兵の少女の実力は分からない。しかし、このままヨルクの変異を静観していてはアシュリーにも危害は及ぶ可能性もある。
今後を考えれば前回のように生け捕りがいいんだろうが……そんな悠長なことを考えている場合じゃない。もうあいつは俺の知っている魔人とも違う存在だ。何が起こるか分からない以上、殺すつもりで行くべきだ。
「ルゥゥゥゥゥゥクゥゥシュナイダァァァァァァァ! 殺す……コロス…コロスコロスコロ……!」
「さっきから……うるさいんだよ!」
魔法で身体能力を向上させて一瞬にして懐に飛び込む。
狙うは首。
現状変化しているのは右腕だけ。ならまずは首を落とす。変化している右腕そのものに意思がないのならば、身体に指令を出している脳との繋がりが切れれば終わるはずだ。
鯉口を切り、すかさず抜刀。
高速の居合いは一切のブレなくヨルクの首筋へ吸い込まれていく――はずだった。
「なっ……」
思わず声が漏れる。
確実にヨルクを仕留める間合いに飛び込んだ。反撃をもらう隙もない速度で踏み込んだ。傭兵の少女も動きを見せていなかった。
それなのに……どうしてお前がそこに立っている?
こちらの放った刃を寸前のところで阻止したのは傭兵の少女だ。斬撃の重みに負けないようにしっかりと地面を踏みしめ、少しだけ長刀の刃を覗かせる形で受け止めている。
「お兄さんやるねぇ~、あんまり速いもんだから一瞬出遅れちゃった」
交わる視線。
目の前にある無関心だった瞳に興味の火が灯ったような気がした。
少女は押し返すように半ば強引にこちらの刀を弾き飛ばし、その勢いのまま回転して居合いのように抜刀してくる。
飛んでくる刃の軌道を読んだ俺は屈むようにして回避。
その瞬間、頭の上を通った刃にある違和感を覚える。振り抜かれた速度が予想外の速さだったからだ。
だがその理由はすぐに判明した。よく見れば少女の持つ刀の刀身が、持っている鞘の長さと合っていない。少女の得物は長刀ではなくただの刀。予想よりも剣閃が速くなるのは当然だ。
騙し討ち用のものなのか、それとも他に何かあるのか。
そんなことをじっくり考える暇などは与えられず、回避させることを織り込み済みだったかのように少女は左手に持っている鞘を突き出してきた。
それを紙一重のところで首を傾けて避ける。
少女の瞳に驚きが浮かぶが、それはすぐに嬉々としたものへと変わった。
「――フ……」
少女の口角が上がった直後、彼女は鞘の先端を握り締め後方へ引き抜く。
姿を現したのはもうひとつの刃。仕込み小太刀。
横薙ぎに襲い掛かってくるそれを、先ほど弾かれた刀を身体の周りを回すようにして持ってきて受け止める。
少女とのやりとりは数手だが理解した。
こいつは強い。他のことを気にしていては殺られるのはこちらだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます