第21話 「天才にして変態」

 突風で散らかった部屋の片づけが終わり、俺達は向かい合う形で席に着く。

 目の前に座る金髪エルフは、テーブルに両肘を着いて手を組み、そこに口元を近づいて神妙な顔つきを浮かべる。


「さて……商談を始めようか。我々の今後を決める商談を」


 先ほどまでのアゲアゲボイスと比べると落ち着きのある低音だ。

 しかし、どう頑張っても威厳や風格のようなものは出ていない。

 きっと組織のボスや幹部のようなことをやりたかったのだろうが、人には向き不向きがある。このエルフの声質ではどう頑張ってもカッコいい声が関の山だ。


「ヴィルベル、お前その調子で最後まで持つのか?」

「ふ、愚問だな……持つわけない!」


 分かっていた。分かっていたがあえてこちらも言おう。

 断じて力強く言うことではないし、その無性に腹が立つドヤ顔は今すぐやめろ。俺の隣に居る騎士と獣人はお前に耐性がないから何をやるか分からんぞ。


「ねぇねぇルーくん」

「ん?」

「この人……本当にルーくんが言ってた魔石とかに詳しい人なの? どう見ても怪しいというかおかしい人にしか見えないんだけど」


 どこからどう見ても普通のエルフだろ、なんて口が裂けても言えない。

 常識的に考えて、空から飛来して着地と同時に突風を巻き上げ登場するエルフが普通のはずない。それに種族間の違いはあれど、絶対に人様の家に被害を及ぼす来訪はしないはず。

 故にこのエルフは、エルフの中でも超絶変わった思考を持っていると言わざるを得ない。


「少年、ヴィルベルさんのどこがおかしいと言うんだい?」

「いちいちポージングを取って話すところとか……って、あたしは少女なんですけど! うら若き乙女なんですけど!」

「乙女? ぷっ……くすくすくすくす」


 わざとらしい人を小ばかにした笑い方にアシュリーは激怒した。

 あの適当で不真面目なエルフを懲らしめてやろうと拳を握り、その剛腕を持って撃ち込んでいく。しかし、エルフはそれも笑いの種にするかのように挑発じみた顔を作りながら華麗に避ける。


「1発くらい当たりなさいよ!」

「いやいや、それは無理な相談でしょ? だってお姉さんのパンチ、見るからにさっきの獣人さんよりも威力あるじゃないっすか。そんなのもらったらさすがのヴィルベルさんも泣いちゃいますって。というか、似たようなやりとりはさっきやったんでやめてもらっていいかな?」


 ユウの一撃がなかったら了承したのかよ。

 部屋の中であんな人間砲弾みたいな動きされたら散らかるどころか、下手をすればどこかしら破損するのだが。

 砲弾になった奴が怪我をしようと自業自得なので知ったことではないが、さすがに家にある物を壊されたら俺も怒る。アシュリーには悪いがここは引き下がってもらおう。


「アシュリー落ち着け」

「ルーくんはあたしよりもこの人の味方をするの! あたしよりもこの人が大切なわけ!」


 お前は何でこういうとき俺の彼女っぽいテンションで話しかけてくる?

 いつもならそう切り返すところだが、そうなっては本題に進まない。今回はいつもより冷静に対処するとしよう。


「これでも客人だ」

「はっはっはっ! 思い知ったか、これが我と魔剣鍛冶グラムスミスとの絆よ」

「きぃぃぃぃぃぃッ!」

「うるさい。黙れ。何かするなら話が終わってからにしろ」

「ここでまさかのどんでん返しッ!? さすがのヴィルベルさんも予想外だぜ!」


 予想外なら嬉しそうにするな。

 お前はこういうことを美味しいと思う芸人か。いやノリと勢いだけでしゃべるあたり体当たりしかしない芸人なんだろうけど。


「ところで魔剣鍛冶、今更だけどそっち子達は誰? そっちの彼女は奥さん?」

「――っ、だだだだ誰がルーくんの奥さんよ! ル、ルーくんとか興味ないんだから。無愛想で意地悪だし。だから勘違いしないでよね。あくまであたしとルーくんは……その、友人ってだけなんだから!」


 友人という言葉も怪しいところではあるが。

 これまでに友人らしい交流があったかというと怪しいところではあるし。疑いようがないのは店主と客という関係だけだろう。


「ふ~ん……で名前は?」

「興味なさげ!? ……アシュリー・フレイヤだけど」

「なるほど。ボインちゃんね。そんでそっちの子は魔剣鍛冶の娘さんで名前はワンちゃんと」

「誰が娘だ! オレは誇り高き灰狼族だぞ。ルークとはどう見ても種族が違うだろうが。というか、誰がワンちゃんだコラッ! オレは犬じゃなくて狼だ!」

「ユウに割り込まれたけど、何がなるほどなのよ! 人が気にしてるところだけ切り取ったような名前で呼ばないで!」


 アシュリー、気持ちは分かるがお前も男の前でそういう発言をするな。

 まあ胸が小さい者がその小ささ故に悩むように大きい者は大きい故に悩む。だからアシュリーが自身の胸にコンプレックスを持っていたとしても驚きはしない。多分まだまだ成長するだろうし。


「大体そっちだって十分に大きいでしょ! そもそも覚える気がないなら人の名前を聞くな!」

「まあヴィルベルさんは才色兼備で男にモテモテですから♪ あと覚える気がないのではなく覚えるのが苦手なので~す」


 ヴィルベルは見せつけるように胸とお尻を強調するポーズを取る。

 彼女の着ている服は民族衣装を改造したようなもので胸の谷間や腹部、太ももあたりの露出が激しい。

 正直に言って、男性の理想を体現したかのようなスタイルをしているだけに非常に似合っている。それを恥ずかしげもなくアピールできるあたり自分の自信があるのだろう。だが……


「まあ単純に興味がないとも言いますが」

「このクソエルフ!」

「アシュリー、まあ落ち着け」

「これが落ち着いていられるわけないでしょ!」

「いいからとりあえず聞けって。ヴィルベルはああいう風に振る舞っているが、男に言い寄られてもすぐにさよならされる寂しい奴なんだ」


 名刀はその先に停まった虫を両断すると言う。

 俺の放った言葉もそれほどの切れ味があったらしく、ヴィルベルの胸を押さえ悶え苦しむと盛大にテーブルに突っ伏した。


「グ……魔剣鍛冶。ヴィ、ヴィルベルさんのトップシークレットをさらりとばらしおって。き……貴様はヴィルベルさんに恨むでもあるのか!」

「ないと思ってるのか?」

「ひでぇ! ひでぇよ魔剣鍛冶! 公私ともに過ごしたパートナーに向かってそれはいくら何でもひでぇよ~!」


 ひどいのはお前のキャラぶれだ。

 お前はその場の空気やノリで口調を変えないと死ぬ病気なのか。俺の知る限り、お前の安定しているのなんて一人称だけだぞ。

 あと誰が公私を共にしたパートナーだ。


「勝手に過去を捏造するな。仕事上の付き合いしかないだろ」

「いやいや。魔剣鍛冶とヴィルベルさん、しばらく一緒に旅をしたじゃん」

「俺の記憶が正しければ、お前が勝手に付いて来てただけだと思うんだが?」

「……いいじゃん、いいじゃん! 別にそういうことにしてもいいじゃ~ん。基本的にひとりでも問題ないヴィルベルさんも、たまには人肌が恋しくなるのです。誰かの隣に居たくなるものなんです。だってヴィルベルさんも人の子だもの!」


 うぜぇ……アシュリーの数倍はうぜぇ。

 何度相対してもこのウザさにはやっぱり慣れそうにない。さっさと用件を終わらせて帰ってもらおう。

 そう思った俺は、ガーディスから預かっていた核を取り出す。


「ヴィルベル、お前これが何か分かるか?」

「人の話聞けよ~慰めろよ~。ま、いいんだけど。どれどれ? む……むむむ……こ、これは!?」

「何か分かったの!」

「さっぱり分から~ん」


 気の抜けた顔と声にアシュリーは思いっきりこけた。ヴィルベルのノリに芸人根性が刺激されでもしたのだろうか。


「分からんのかい!」

「いくら天才のヴィルベルさんでも分からないことくらいありますよ。というか、ちゃんと調べてもないのに分かれとか理不尽過ぎ~」

「そ、それは……そうかもしれないけど」

「そうだろうそうだろう。なのでヴィルベルさんが言えることは、定流石あたりを魔法でこねくり回して作ったんじゃね? くらいっす」


 定流石。

 それは大気中を魔力を吸収し安定した状態で吐き出す。魔力の流れを安定させる性質を持つ魔石だ。主に魔力濃度などに異常が出た地域の改善で使われている。


「ヴィルベル、他には何か分からないか? 魔人の腕の中から出てきたものなんだが」

「え、魔人ってあの魔人? へぇ~今時の魔人はこんな結晶を作り出すんすね。まあ人工的に作ったこれを移植した方が正しいでしょうけど。う~ん……無理っすね。他にも色んな魔石が使われていそうってことくらいしか分かんないっす。生成する際に使われた魔法も割と複雑そうなんで」


 むしろパッと見でそれだけ分かれば称賛に値することだろう。

 まあ自身を天才と称するヴィルベルからすれば大したことではないのかもしれないが。


「でもまあ、魔人から出てきたのなら大方魔物の細胞の侵食を防ぐため。魔人の活動限界を伸ばすためのものではなかろうか。と、ヴィルベルさんは推測してみる……ってなわけで、それヴィルベルさんにちょうだい」

「どういうわけかは分からんが、俺のじゃないから無理な話だ」

「えぇ~タダ働きとか商人のこと舐めてんすか。ヴィルベルさんのこと甘く見ると痛い目遭うっすよ」

「次来るまでに持ち主に聞いておいてやるから今日は引き下がれ」

「むぅ~……まあそういうことならいいでしょう。あとそろそろ商談の方に入っていいっすか? ヴィルベルさん、そろそろ我慢の限界なんで」

「ああ」

「ひゃっほ~い!」


 ヴィルベルは歓喜した様子で自分の影から次々ときちんと保管された魔石を取り出す。

 影などに物を収納する魔法は一流の魔法師しか使うことが出来ない。まあヴィルベルは大好きな魔石を安全に持ち運ぶためだけに覚えたと言っていたが。


「こ……こんな量の魔石初めて見たかも」

「ちっちっちっ。ボインちゃん、これらはヴィルベルさん自ら現地に赴いて発掘や交渉の末に手に入れた魔石。つまり厳選した良質な魔石達なのだよ! そんじゃそこらのものと一緒にされても困る!」

「な、何かすみません!」

「あとそこのワンコ! 勝手に触ろうとするな。中には衝撃で爆発するものもある。下手したらこの家もろとも吹っ飛ぶぞ!」

「わぅ!?」


 先ほどまで好き勝手反論されていたヴィルベルだが、今の彼女には有無を言わせない迫力がある。

 まあこちらとしては魔剣に使う魔石は市販されていないものも多いだけに素人が触るのは危険だ。なので興味本位で触ろうとする者を止めてくれるのはありがたい。


「魔剣鍛冶……今回の物はどこにある?」

「いつものように工房の片隅にまとめてる」

「よし。では魔剣鍛冶は魔石達を見ていろ。ヴィルベルさんは物を確認してくる」


 こちらの返事を待たずヴィルベルは工房へと入って行く。

 それを完全に見送った後、固まっていたアシュリー達が再行動を始めた。


「ル、ルーク、あいつ何なんだよ? というか、あいつは工房に入れるのかよ」

「空から降りてきたとき盛大に叫んでただろ。それとむくれるな。魔剣を見る時のあいつを俺は見たくないんだ」

「それってどういう意味?」

「そのうち分かる」


 俺の言葉に小首を傾げるふたりだったが、俺が魔石を見定め始めてすぐ工房から声が漏れ始めた。

 声の主は現状ひとりしかおらず、アシュリーとユウは先ほどの疑問を晴らすために聞き耳を立てる。


『おっ!? ここここれは風刃石で作られたナイフ。これまで見た中でも一級品だ。あ~この子の風で切り刻まれてみたい♪』

『こ、こいつは裂炎石の剣か!? 長時間の使用に向かないと言われる魔剣だけど、この子ならかなり長く使えるのでは。この子の発熱した刃で肌を焼かれてみたい♡』

『この槍は氷生石か! これまた一級品の出来栄え。ぐへ……ぐへへへ……堪らない。溜んないよこの空間。興奮しすぎで鼻血出そう……下の方も……我慢我慢。ここで発散してぶちまけるわけには……』


 俺は適当に聞き流していたが、がっつりと聞いていたふたりの顔色は実に平時とは変わっている。

 ユウは頬を引き攣らせてドン引きしており、アシュリーは何を想像したのか耳まで真っ赤になっている。大方発情したエルフが自慰行為でもするとか口にしたのだろう。

 前に一度やろうとしたところを刀を突きつけて止めたからさすがに我慢はするだろうが。もしもやったら二度をうちの敷居は股がせん。


「ルルルルルル、ルーくん……あああああの人な、何なの?」

「魔石と魔剣が大好きなエルフだ。正確には魔石が大好きで、それで出来た魔剣の力でなぶられることを妄想して発情する変態だが」

「そんな人と付き合っちゃダメ! 今日限り関係を切りなさい!」


 まあ確かにそうなんだが……。

 あの変態が持ってくる魔石より良質な魔石ってあまりないんだよな。それに試しで作った魔剣と魔石を物々交換してくれるし。

 故に一般的に武器の販売やらをしてない俺からするとありがたい存在なんだ。たとえ変態だと分かっていても。


「アシュリー……仕事には割り切らないといけない部分もあるんだ」

「そうだろうけど、そうなんだろうけど……あんな変態で教えられたくなかった!」



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