第20話 「颯爽登場!」

「……なあルーク」

「……ん?」

「オレ……ずっと疑問に思ってたことがあるんだけどさ」

「何となく分かるが……まあ言ってみろ」

「そいつ、何でここで飯食ってんだ?」


 ユウの問いに共にテーブルに着いていた1名が盛大にむせる。

 正直俺達を知っている人間なら誰か言わなくても分かりそうだが、ちゃんと名前は出しておこう。

 むせたのはアシュリー・フレイヤ。騎士になったばかりだが二度も魔人を目撃し、現在はうちの家の護衛を行っている少女である。

 ちなみに護衛といっても形式上そうなっているだけで、任されているのはただの報告係。

 城や国境の警備と比べたら新人向けの任務ではあるが、果たして真実は……考えるのはやめておこう。下手なことを口にするとキレられる。最悪泣かれそうなのでメリットが全くない。


「そ……その質問は今更過ぎない?」

「いや……一応仕事として居るわけだし、オレたちで食うのもあれだから用意してたけどさ。でも本来は自分の飯くらい自分で用意するんじゃねぇの? というか、お前さも当然のように食べてたけどさ。普通こっちが食べるかって聞いても一度は遠慮するもんじゃね?」

「うぐ……し、仕方ないじゃん! 給料日まだだし、ルーくんに剣の代金とか渡したから今手元にあんまないんだから」


 確かに剣の代金はもらったが全てではない。

 このペースで毎度食事を出していると今回もらった金額よりも高くなるのではないだろうか。それ以上に何が仕方がないのだろう。金銭的に困っているのは自分のやりくりがお粗末だからだろうに。


「いいかユウ、こういう金遣いが荒い女にはなるなよ。嫁の貰い手がなくなるからな」

「わぅ! オレはこう見えても現実的な女だから心配すんなよな。家事だって大分出来るようになったし」

「あ……あたしだって家事とか出来るし。騎士っていう安定した給料のある仕事してるし」

「でも金遣い荒いじゃん」

「荒くない! 少し前までよく剣が壊れてたから、修理代やら買い替えで余裕がなくなっただけ!」


 騎士団からタダでもらえばいいところをシルフィとの話題欲しさのためにわざわざ注文するのは、正直に言って無駄遣いではなかろうか。

 まあ金の使い方なんて人それぞれだし、自分の金をどう使おうとそいつの勝手だ。

 しかし、緊急時以外で人の金にまで手を出すような相手なら縁を切りたい。そんな奴と関わってもろくなことにならないだろうしな。

 幸いアシュリーはそこまで落ちぶれていないのでセーフではあるが……剣の代金のこと含めて俺が甘やかしているだけかもしれん。


「と、というか掃除とか洗濯手伝ってるじゃん。人を何もしてない給料泥棒みたいに言わないでよね!」

「それ別に騎士としての仕事じゃねぇじゃん。そもそも掃除とか洗濯とかオレだけで出来ることだし。つうかオレの仕事取るなよな」

「だって……だって暇なんだもん。護衛だからあんまりここから離れるわけにもいかないし。でもルーくんの知り合いが来るまでやることもないし」

「何でお前が泣きそうになってんだよ!? オレより大人だって言うならそれくらいで泣くなよな。大体暇ならそのへんで素振りでもしてろよ。お前弱いんだから」


 自分で現実的だと言うだけあって正論だ。

 だが泣きそうな相手に対して最後の一言は余計だったと思うぞ。今回はどうにか持ちこたえてくれたが、おバカ騎士様の涙腺が崩壊すると超絶うるさいからな。

 故に聴力が人間よりも優れているユウは卒倒するかもしれない。そう考えると……アシュリーは剣よりも声の方が武器になるのではなかろうか。


「あんたにだけは弱いって言われたくないんだけど。こう見えてもそこそこ強いんだから」

「それ腕っ節の話だろ? 聞いた話じゃお前って人斬れないらしいし。よく騎士なんて仕事やってんな」

「ぐっ……」


 子供に言い負けるとは……何やらこちらを睨んでいるぞ。

 睨んだところで何も解決しないだろうに。俺がユウに吹き込んだわけではないのだから。

 どう考えても以前どうやったら人が斬れる? なんて話をユウの居るところでした騎士様が悪い。

 現状そのことを忘れていそうに見えるので実におバカさんだ。もう少し頭を使って話せばユウからも馬鹿にされないだろうに。


「……うん? ううん?」


 怪訝そうな声を出したのはユウだ。何か聞こえるのか狼のような耳がピクピク動いている。

 俺やアシュリーはその様子に疑問を抱くが、ユウは俺達とは違って獣人。視力や聴力といった五感は人間よりも優れている。それだけに俺達には聞こえないものが聞こえてもおかしくはない。

 誰か近くに居るのか?

 などと思いつつ食事を口を運んでいると、不意に窓から風が流れ込んだ。


「颯爽ぉぉぉぉぉぉぉ登ぉぉぉ場ッ!」


 騒音に等しい声と共に何かが庭に落ちる。

 その衝撃で砂塵が舞い、巻き起こった強烈な風が周辺を薙ぎ払う。その余波は窓を通って室内にも及び、盛大にテーブルの上にあった食事を吹き飛ばした。


「世界を旅して幾星霜、魔石のためならどこまでも! 天才魔法師にして魔石と魔剣をこよなく愛する才色兼備な金髪エルフ! ヴィルベルさん、ここに見・参!」


 爆発演出のように一際大きな突風が舞って弾ける。

 まるでヒーローのような登場だが、ここには怪人もいなければ何か困っている状況でもない。むしろ過剰な演出の余波で被害が出ているだけに迷惑なだけだ。

 庭に現れた人物を知っている俺は深いため息を漏らすだけだが、料理を頭から被ったアシュリーは状況を飲み込めず立ち呆けている。

 一方先に警戒心の強まっていたユウといえば……


「おひさ~魔剣鍛冶グラムスミス、今回も良いお宝を仕入――」

「てめぇぇぇ何してくれとんじゃあぁぁぁぁッ!」

「――れて……ぐへぇッ!?」


 優れた身体能力を活かして窓から跳躍すると、綺麗に回転しながらエルフの顔に蹴りを入れた。これまた昔テレビで見たことがあるヒーロー顔負けのキックである。

 全力全開の一撃をもらった怪人もとい金髪エルフは、吹き飛んだ勢いで何度も地面に身体を打ち付け、その度に奇声を上げる。

 ざっと見て停止するまでに10メートルは転がっただろうか。

 エルフは寿命こそ長いが身体が丈夫というわけではないので下手をすると死んでいそうだが……


「……少年、良いもの持ってるじゃねぇか。良い蹴りだったぜ!」

「何でそんなに平然と立って来れんの!? つうか誰が少年だ! オレはどこからどう見ても女だろうが!」


 まあ口調はともかく髪は長いし、年の割には胸も育ってるもんな。


「そうカッカするなよお嬢さん。こっちは顔面を蹴られたんだぜ。少年少女の間違いなんて些細なものじゃないか?」

「些細じゃねぇし! 大体キレてるのは、てめぇが人がせっかく綺麗にして干してた洗濯物をぶっ飛ばしたからだよ!」

「さっき蹴りなんてこのヴィルベルさんだからボケに出来たものの、普通の奴なら最悪首の骨を折っててもおかしくないよ」

「人の話聞けッ!」


 髪の毛を逆立ててユウは威嚇するが、何を考えているか分からないエルフはどこ吹く風状態だ。噛みついてくるユウを適当にあしらいながら窓の方に近づいてくる。


「改めておっひさ~。うわぁ……今日の魔剣鍛冶の家散らかってんね」

「お前の派手な登場のせいだ」

「なるほどなるほど……ごめ~んちゃい♪」


 何とも誠意の全く感じない謝罪である。

 だがこれまでに何度も顔を合わせている俺はその程度では動じない。この程度で心を乱していては持たないことを知っているからだ。

 しかし、未だに怒りの収まっていないユウは一度距離を取って走り出す。

 ヴィルベル目掛けて跳躍し、身体を捻って螺旋状に回転させると、その状態を維持したまま突撃していく。ドリルキックとも呼べそうな芸当に身体能力の高さを実感させられる。


「あっそうそう、今回の目玉なんだけど……」


 ヴィルベルはユウの攻撃を知ってか知らずか、突如屈んだことでそれを見事に回避する。

 標的に直撃しなかったユウは流れ的にこちらに迫ってくる。避けることも出来たが、後ろに居るアシュリーに当たって別の騒動が起きるのも面倒だったので俺が受け止めることにした。

 ユウの足を掴んで回転を止めると、俺もその場で回転してユウに付いていた勢いを殺す。

 その結果、ユウは宙ぶらりんの状態になった。

 ユウが短パンを履いていたから良かったものの、スカートだったなら確実下着が露わになっていたことだろう。

 

「この野郎……ルーク、放せ、放せよ! あいつぶっ飛ばす!」

「気持ちは分かるが落ち着け。一応これでも俺の客人だ」

「ぐるるるるる……」

「あの……ルーくん」

「ん?」

「いつまでそうしてるつもり?」


 いつまでとはユウのことだろう。

 確かにユウを持ったままでいることにメリットはない。むしろ散らかった部屋の片づけを手伝ってもらわなければ。

 それにしても……


「復活してからの第一声がそれか?」

「え……」

「いや別に何でもない。とりあえずお前は身体拭いた方がいいぞ」

「か、身体!?」


 そこだけピックアップするなこの発情騎士が。


「タオル貸してやるからさっさと拭いて来い」

「は、はい! 迅速かつ適切に拭いてまいります!」


 ……一時的なものだろうが、こういうときのあいつの動きはある意味獣人以上に俊敏だな。


「ねぇねぇ魔剣鍛冶、ちょっとこれ見て欲しいだけど」

「ヴィルベル、商談はもう少し待て。先に片付けが先だ」

「じゃあヴィルベルさんも手伝ってあげるよ」

「クソエルフ、てめぇはそこから動くな! 片付け中に入ってきたら噛むからな!」

「わ~お、これまた嫌われちまったもんだ。でもヴィルベルさんはめげない! だってヴィルベルさんはヴィルベルさんだから!」

「やっぱ今すぐ噛む!」


 飛び掛かろうとするユウの首根っこを捕まえる。

 必死に振り解こうとしてくるが、あとでお菓子を買ってやると言うと渋々だが大人しくなった。このへんはまだまだ子供だ。

 とはいえ、ヴィルベルが帰るまでに何が起こるか分からない。

 さっきの登場じみた周囲に被害で出るようなことがなければいいが……。



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