第19話 「手がかり」

 あれから数日。

 一命を取り留めたヨルクは逮捕され、騎士団の方で尋問を受けている。一度死ぬ思いをしたからか質問には素直に答えているらしい。

 ただ彼に殺された自警団の男は、予想していたようにリーシャの父親だったらしく、残された家族は今も悲しみに暮れ、怒りを抱いている。

 だがそれは仕方がないことだ。父親が亡くなったのに犯人であるヨルクは生きているのだから。

 ヨルクも死んでいたなら悲しみだけで終わったかもしれない。

 しかし、次の被害者を出さないためにも奴から情報を手に入れることは必要なのだ。生きるべき人が死に、死ぬべき人が生き残るのは間違っている。だがそうもいかないのが現実の面倒で辛い部分だ。

 ……まあそれは置いておくとして。


「……何でこんなに人が居る?」


 我が家の居間には俺と居候のユウだけでなく、ちょくちょく顔を出すアシュリー。それに加えて騎士団長として多忙のはずのシルフィとガーディスまで居る。

 騎士団長が同時にふたりも足を運ぶあたり良い話をすると思えない。

 またそのせいでアシュリーも完全に委縮してしまっている。

 一方ユウはそれほど警戒心は見せていない。

 ガーディスには最初その大きさに驚いてはいたが、見た目や雰囲気から直感的に怖い人物ではないと感じたのだろう。シルフィに関しては先日一緒に食事をしたこともあってか、警戒するどころか懐いているように見えた。


「言わなくても分かっていそうな顔をしておるが?」

「まあ……お前まで来てれば大体な」

「そう嫌そうな顔をするな。こちらも仕事だ。……ふむ、しかし」


 ……このジジィ、絶対俺が困る発言するつもりだろ。顔が最高にニヤけてやがる。


「今の言い方からしてシルフィとの関係は進んでおるのだな」

「ガ……ガーディス殿!? 突然何を言っているんですか!」

「ルークの先ほどの言い方からしてお前さんは度々ここに来ておるのだろう?」

「そそそれはひ、否定しませんが。そ、その頂き物があった時にお裾分けしようと思って来ているだけで。他意はありませんから!」


 俺ひとりならきっぱりと否定し、即行で終わらせられたのだろう。

 このクソジジィ……俺じゃなくシルフィをターゲットにしやがったな。

 かといって俺まで頑なになると否定すると、それはそれで余計に面倒になるのが世の中の常。しかし、この手のことに打たれ弱いシルフィだけに任せておいては事態が収拾する気がしない。

 それに……嫉妬を隠そうともしない騎士の視線も鬱陶しい。俺とシルフィが作った空気ではないのだからそういうのはガーディスに向けろと言いたい。


「いやいや、あるじゃろ?」

「ありません!」

「ぬぅ……ワシとしてはお似合いと思うのだがな」

「そ、そうですか?」


 おい、その微妙に照れや喜びの入った顔は何だ。必死に否定した意味がなくなってるぞ。


「その顔からして……本当は満更でもないのだろ?」

「う……うぅ」

「がはは、良かったなルーク」


 良いわけあるかクソジジィ。

 変に意識されるとこっちも意識するから話しにくくなるだろ。それにシルフィLOVEの騎士が人を殺しそうな剣幕で睨んでいるし。


「何が良いんだ? 適当なことばかり言うなこのジジィ」

「ちょっとルーくん、それはシルフィ団長がダメって意味?」


 お前は俺とシルフィがどうのって話に面白くない顔してただろ。何でここで絡んでくるんだ。


「シルフィ団長はね、綺麗で優しくてカッコ良くて料理も出来る最高の女性なんだから!」

「ア、アシュリー、そこまで持ち上げられるとさすがに恥ずかしいのですが」

「そんなことお前に言われなくても知ってる。誰もシルフィがダメとは言ってない」

「ルーク殿ッ!? ななな何故そこで肯定の言葉が。い、いえそう言われて嬉しくないわけではないですが……でででもルーク殿はその、あの」


 シルフィ、お前はもう黙ってろ。言おうとしてることは分かってるから。


「そもそもだ……ガーディス、お前は何で事あるごとに俺や誰かの恋愛ばかり話題にする? 別にお前には関係のない話だろ」

「関係ないとは失礼な。かつては共に戦った仲間ではないか。その仲間に恋人や子供が出来る。そんな素晴らしいこと他になかろう。故にさっさとワシにお前らの孫の顔を見せろ」


 今の括りの『ら』はどういう括りだ。

 俺とシルフィの子供が生んだ子供って意味か?

 それとも俺とシルフィがそれぞれ別の相手と結ばれて出来た子供の子供って意味か?

 正直括り方によって大分意味合いが変わるぞ。どっちにしても余計な発言に違いはないが。


「なんだなんだ、何か美味いもんの話でもしてんのか?」


 会話に入ってきたのはお茶を汲みに行っていたユウだ。

 ユウが居候を始めてそこまで時間が経ったわけではないが、家事は大抵のこなせるようになってきた。料理はまだまだだが、率先して手伝いをしてくるあたり興味を持っているのだろう。

 言動には男勝りな部分が多いが、将来は家庭的な女性になるのではなかろうか。

 まあ……仮にそういう未来が来るにしても数年後の話だ。

 それまでここに居るとも限らない。そのうち街の方に働きに出て一人暮らしを始めるかもしれないし、かつてしていたように旅に出るかもしれない。今はただ見守るだけだな。


「今しておったのはこやつらの将来の話よ」

「え、もしかしてルークとシルフィ結婚すんのか!」

「落ち着け、そしてまずお茶を配れ。……お前、ずいぶんと食いつきいいな」

「そりゃあルークには世話になってるし、シルフィは飯作るの上手だからな。それにルークは一度仕事始めるとたまに時間を忘れるし、シルフィみたいな相手が居た方が安心じゃん」


 確かにキリの良いところまでと思ってたら完成までやって飯の準備やらを忘れたりもするが……。

 しかし、鍛冶屋は鍛冶をするのが仕事であってだな。別にこれまではひとりで暮らしていたから食事の自分の好きな時に作っていたし。そりゃあ誰かしら居た方が体調を崩した時などは安心だが……


「がはは、ユウ坊は見かけによらずしっかり見とるようだ。淹れてくれた茶もなかなかの味だ」

「粗茶だけどな……って、オレを子供扱いすんなよな!」

「ワシから見ればユウ坊も含めてここに居る全員子供よ」


 その言葉にユウも子供扱いされるのは仕方がないと思ったのか、少しムスッとしながらも残っていたお茶を置いていく。


「ユウさん、ありがとうございます」

「わぅ。シルフィはお客様だからな」

「あ……あたしにも出てくれるんだ」

「あぁん? 要らねぇなら飲むなよな」

「要らないとか言ってないよね!? 飲む、飲みますよ! ……何かルーくんに似てきてる気がする」


 俺がユウに悪影響を与えてるみたいな目を向けるな。

 そいつは気に入らない奴には割と噛みつく。だから単純にお前が気に入らないだけだ。この前もケンカしてこの部屋を散らかしていたし。まずは自分の態度を見直せ。


「はぁ……いい加減本題に入って欲しいんだが?」

「うむ。実はお前に見合いの話があってだな」

「え……」

「嘘……」

「マジで!?」


 女性騎士達は信じがたい顔を浮かべているが、ユウだけは興味深々といった感じだ。

 本当はこいつらのように多少なりとも動揺をするべきなのだろう。それくらい今のガーディスは真面目なをしている。

 だが付き合いが長いせいか、それとも年齢を重ねたからか。いかにガーディスが真面目な顔をしていてもその裏を読んでしまう。その結果、ふざけているようにしか思えない。


「本題に入れと言ったんだ。クソ真面目な顔でボケるな。大体俺みたいな田舎の鍛冶屋に見合いの話があるわけだろ」

「ルークよ、確かに非はこちらにあるしお前の言うことは最もだ。しかし、可能性はゼロではあるまい。あとお前はもう少し可愛げを身に付けるべきだ」

「そっちが真摯さを身に付けるなら考えてやる」


 こちらの言葉にガーディスはわざとらしく咳払いする。

 真摯になるのはそんなに嫌か。個人的には可愛げを身に付けるよりもよっぽど楽だと思うんだが。


「ルークよ、お前は先日対峙した魔人……ヨルクという男をどう見る?」

「他人よりも自己肯定が出来ない男だな。元々根っこが腐っていそうだが、魔人になり力を得たことで精神的な枷が外れたように思える」

「魔人としてはどうだ?」

「……これまでの魔人とは何か違ったな」


 魔人はそれぞれ能力が異なる。そのため具体的にどう違うのかは言えない。

 だが魔竜戦役時代の魔人よりヨルクの方が力を制御している節があったし、なおかつ魔物めいた箇所にも意思のようなもの感じられた。


「感覚的な話にはなるから俺の気のせいかもしれんが」

「いや、気のせいではない。魔人になった者は暴走するのがこれまでの常だ。手傷を負えば魔物の細胞が活性化し、その可能性は高くはずだが……今のところその気配もない。それにこれを見よ……」


 ガーディスがテーブルに置いたのは、何やら紋章のようなものが刻まれている核の破片。真っ二つになっていることから元は球体だったと思われる。


「……異形の腕の中にあったのか?」

「む、これに気づいておったのか?」

「いや。ただ奴の腕を斬った時に一瞬違った感触があったんでな……で、それは何だ?」

「分からん」


 ……分からないことについてはこの際置いておくとしよう。

 だがこれだけは言わせてもらう。分からないってことを堂々と言うな。


「そんな目で見るな。ワシも長いこと生きておるがこのようなものを見るのは初めてなのだ。故に魔石の専門家でもあるお前に話を聞きたい」


 魔剣グラムを作れるので一般よりも魔石に詳しいのは認めよう。

 しかし、俺は鍛冶職人であって魔石の専門家ではない。武器に使ったことがあるものや世間で認知されているものについては知っているが、魔石全てに精通しているわけではないのだ。


「悪いが俺も見たことがない。それが出てきた腕の持ち主は何か知らないのか?」

「奴も何も知らんようだ。力をくれてやると声を掛けてきた怪しい人物に会ったとは言っておったが、その者の顔を見てはおらん。故に手掛かりはないようなものよ」


 つまり具体的に捜査が進められるのはこの核だけってことか。

 見たところ魔石を加工したようにも見えるが、魔法を用いて生成したようにも思える。仮定の話でも有力なものを出すとなれば、その両方に精通していないと厳しそうだ。

 俺以上に魔石に詳しく魔法にも精通している人物。そんな奴が居るわけ……


「……ガーディス、それ少し預かってもいいか?」

「無論だ。と言いたいところだが……お前は騎士団でも宮廷魔法師でもないからな。正当な理由がないと厳しいぞ」

「理由ならあるさ。お前も知ってのとおり俺は魔石も扱う鍛冶屋だ。だが魔石は生活に役立つもの以外はあまり市場には出回らない。魔剣に用いるような純度の高いものなら尚更な。だからうちには定期的に魔石専門の商人が来ている」


 少し……いやかなり変わった部分のある奴だが、魔石と魔法に関しての知識は確かだ。

 この核のことを聞くとなるといつもより長話になる可能性が高い。個人的にあまり長居してほしいと思わない奴だが、事が事だけにそこは我慢するとしよう。


「そいつに聞けば何か分かるかもしれない」

「ふむ……そういうことならまあ良かろう。だがくれぐれも紛失などさせぬようにな」

「分かっている」

「それとアシュリー」

「え……は、はい!」

「君はしばらくここの護衛に就け」

「承知しました! ……え?」


 え?

 と言いたいのはこちらの方だ。何で大して役に立ちそうにもない奴を護衛にしなくてはいけない。


「不服そうだなルーク」

「当然だ。護衛にするメリットがない」

「か、家事とか出来るし!」


 それは護衛としてのメリットなのか?

 というか、家事ならユウがやってくれるから必要ない。むしろふたりでされたら相性的に逆に効率が落ちそうだ。


「まあそう言うな。ワシやシルフィは騎士団長としての仕事もある。頻繁にここに来ることも出来ん。お前にも仕事があるのだから伝令役が居た方が良いだろう?」

「……まあ」

「それに……アシュリーは戦闘こそしてはおらんが何度も魔人を見ておる。他の騎士より緊急時に動ける可能性が高い。そういう意味での任命だ。別にお前に嫌がらせするつもりで選んでいるわけではない」


 何度も遭遇している俺達をエサにして新しい魔人をおびき寄せる。

 真っ当なことを言っているが、考え方によってはそうとも取れるのは俺の考え過ぎだろうか。


「……どうせ俺が何か言ったところで覆す気はないんだろ?」

「当然だ」

「はぁ……まあ知らない奴を傍に置かれるよりマシか」

「よし、決まりだ! ではルーク、あとのことは頼んだぞ。がははは!」


 高らかに笑いながらガーディスは出て行った。来るのも突然なら帰るのも突然である。


「ルーク殿、ユウさん、私も仕事がありますので失礼します」

「ああ」

「また来いよな」

「はい。ではアシュリー、後のことは頼みましたよ」

「は、はい!」


 うわぁ……凄く気合が空回りしそうで怖い。

 具体的に言えば、俺が工房に籠っている間にユウとケンカして部屋を散らかそう。それが理由で預かった核が紛失したら最悪だ。

 今日からしばらくはより気を配って生活しないといけないな。



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