第12話 「帰れる場所」

「な……何でこんなことに」


 と、頭を抱えているのはアシュリー・フレイヤ。皆さんご存知の駆け出し騎士様である。

 現状の説明をするならば、騎士団長でもあるシルフィからお使いを頼まれたのだ。内容は彼女が昔から支援している隣町にある孤児院へ物資を届けること。そのため絶賛馬車で移動中である。

 いやはや、駆け出し騎士であるアシュリーでも出来る簡単な仕事だ。

 それだけでもアシュリーが選ばれた十分な理由になるが、本命はそうではない。

 聞いたところによると、アシュリーは騎士になるまでこの孤児院で生活していたそうだ。

 いつもはシルフィが非番の日や他の騎士団長に頼んで作った空いた時間で届けているそうだが、最近は魔人といった輩が現れたばかり。また一部の地域では魔物の出現数が増えているだけに、今回は自分で届けるのは不可能だったのだろう。

 故に孤児院と馴染みのあるアシュリーが選ばれたというわけだ。

 もしかするとアシュリーに里帰りさせるために仕組んだのかもしれない。


「何をブツブツ言ってる。もしかして拾い食いでもしたのか?」

「そ、そんなこと今はしてないし!」

「……今は?」


 おい、目を背けるな。そんなことをされると今でもやっているのかと疑いたくなるだろ。

 別に拾い食いくらいでどうこう言うつもりなんてない。ほんの少し前まで日々の食事に困る者なんて数多く居たのだ。

 それを考えれば、食べられるものを食べようとする行為は咎められるものではない。無論、他人から奪ったとなれば話は別だが。

 ただ少なくとも、この素直さが売りな騎士様が人様のものに手を出すとは思えない。

 まあ俺が知っているのは騎士になってからであって、その前のことは大して知らないのだが。人の過去を根掘り葉掘り聞く趣味もないし。


「と、というか何でルーくんも居るわけ?」

「どこぞの誰かさんが馬を扱えないからですが?」

「うぐ……!? だ、だってあたしこれまでに馬に乗ったこともないし。空いた時間で練習はしてるけど股が痛くなるし……」


 年頃の女が平然と股とか言うんじゃありません。もう少し慎みを持ちなさい。


「あたしが馬を扱えないのも悪いけど……シルフィ団長も何でルーくんなんかに」

「なんかで悪かったな」

「え、いやそのそういう意味じゃなくて!? 何気なく出ちゃったと言いますか、何で他にも馬を使えそうな人はいるのにルーくんを選ぶのかなぁ~て」


 何ともぎこちない笑みである。

 お前、もう少し嘘の吐き方を勉強した方がいいぞ。素直さは美徳だが、この世にはそういう奴をターゲットにする悪い輩もいるんだからな。


「そんなのは俺じゃなくシルフィに聞け」

「そ、それは恥ずかしいというか……ルーくんほど気兼ねなく話せる仲でもないし」

「嫉妬じみた目でこっちを見るな。大体お前、シルフィとは騎士団に入る前からの知り合いだろ? 何でそれで気兼ねなく話せないんだ」

「シルフィ団長は……あたしの恩人で憧れの人だし。騎士団に入ってからも優しく色々と教えてくれて、暇な時には稽古も付き合ってくれて。前以上に頭が上がらないというか……と、とにかく恥ずかしいの!」


 反応だけ見れば恋する乙女だ。

 人の価値観は異なるだけに同性が恋愛対象だろうと俺はどうこう言うつもりはない。だがおそらくシルフィの方はノーマルなのでその恋を実らせるのは茨の道だろう。

 ちなみに俺の恋愛対象は普通に異性だ。なので同性愛者の人達は、俺の対象のするのだけはやめて欲しい。そこを除いて気が合うなら友人になってもいいとは思うが。


「分かった、分かったから落ち着け。さっきの質問の答えだが、今回のことは任務ではなくあいつの私用だ。それに騎士達を使うより俺に頼む方が気が楽だったんだろう」

「まあシルフィ団長って自分のことは自分でというか人に甘えるの苦手そうだもんね……あの~ルーくん、あたしも騎士なんだけど? というか、何か今の言い方だとシルフィ団長がルーくんにだけは甘えてるようで何かムカつく!」


 急に恋敵を見るような目で見るな。情緒不安定か。


「勘違いするな。こっちは孤児院の包丁とかを研いでくれ。使えなくなりそうなものがあれば今度持って行くからそれまでに作っておいてくれって依頼を受けてるんだ。つまり仕事だ仕事」

「ならいいけど……って、良くないよ! それなら最初からそう言えばいいじゃん。何でこうルーくんはあたしに対して意地悪するのかな。あたしのことが嫌いなのかこんちくしょう!」


 ああ嫌いだよ。そういう必要以上に騒ぐところが大嫌いだよ。それがなければそこまで嫌いじゃないが。


「お前、俺のこと内心では怖がってる割には絡んでくるよな」

「べ、べべべ別に普段のルーくんは怖がってないし。戦ってる時のルーくんが怖いだけなんだから!」


 言い回しはツンデレだが、素直に内心を語るこれをツンデレと呼んでいいのだろうか。

 というか、動揺してた時点で強がりにしか聞こえない。

 こいつなりにこれまでのように接してくれようとしているのかもしれないが、こっちとしては無理をしてまで距離を保たなくていい。生きていれば離れてもまた縮めることは出来るわけだし。

 右腕をアシュリーの方へ伸ばすと、アシュリーは硬く目を瞑って身体を強張らせる。怒られると思っているのか、これが俺に対する本心なのか。

 何にせよ……本当こいつって反応が素直だよな。


「大人しく座ってろ。石でも踏んだ時に舌でも嚙まれたら面倒だ」


 子供をあやすようにアシュリーの軽く頭を叩く。

 最初は何をされているのか分かっていない顔をしていたが、子供扱いされたことが恥ずかしかったのか、アシュリーの頬に赤みが差していく。


「こ……子供扱いしないでよね。あたしはもう――ッ!?」


 運悪く馬車が石を踏んでしまったらしく車体が揺れた。

 俺には何もなかったが、感情のままにしゃべっていたアシュリーは思いっきり舌を噛んだらしく悶絶している。

 だから大人しくしてろと言ったのに。

 まあこれでしばらくは騒いだりしないだろう。口を押さえて声にならない声を漏らしまくっているが、さっきまでと比べたら静かだ。


「……りゅーきゅんのびゃきゃ」

「わざとじゃないし、目的地に着くまで黙っとけ」


 こちらとしては善意もあって言っているのだが、アシュリーはどこか拗ねたように顔を背ける。

 そういう行動がまだまだ子供なのだと思わせる理由なのだが本人は分かっているのだろうか。まあ指摘するとまた騒ぐので今は胸の内に秘めておくが。




 拗ねたように沈黙を貫いていたアシュリーであったが、結局無言の時間に耐えられず何度も話しかけてきた。

 騎士ならば無言で職務に当たることも多々ありそうだが、この娘は大丈夫なのか。

 そんなことを考えながら適当に相手をしている内に隣町に到着。実にのどかな印象を受ける町並みだ。

 俺は王城のある首都に暮らしてはいるものの、住んでいる地域は都市部から離れた田舎。故に建物が密集していない街並みにはどこか落ち着くものがある。

 アシュリーに案内で馬車を進めると、街の中心部からやや離れた一軒家に辿り着いた。

 規模としては家族4人ほどで暮らすのがちょうどいい。孤児院と聞いていたのでもう少し大きいのかとも思っていたが、国ではなく個人で経営していると考えれば妥当なのかもしれない。


「あ~……何かそわそわしてきた」

「…………」

「何でって聞いてよ!」


 それこそ何でだよ。

 話したいならこっちの都合考えずに口に出さばいいだろ。返事をするかは気分次第だが。


「……何で?」

「うわぁ……心底面倒臭そう。でも気にしない! 騎士になってから顔見せてなかったし、久しぶりにみんなに会うと思うと緊張もするよ。ルーくんもそうでしょ?」

「さあな」

「さあなって……」

「誰かが待ってくれてる家なんて俺にはない」


 家族とは7年前に離れ離れになった。世界そのものが異なるだけに会うことも叶わない。

 ある日突然消えたようなものだが家族はどう思っているのだろうか。普通7年も行方不明なら死んでいると思われてそうだが。

 ……考えたところで仕方がないか。

 仮にあの世界に帰れる方法があったとしても俺は帰るつもりはない。

 これまでに数えきれない命を手に掛けた。あの世界の常識は持っていても決定的に異なる部分がある。それに……俺には目的がある。

 今後再び異世界から英雄という名の犠牲者が召喚されるかもしれない。その中には神剣を使う者が出てくるだろう。そうなれば命を削りながら戦うことになる。

 大のために小を犠牲にする。だがその小が犠牲にならない方が良いに決まっている。そのためには神剣に代わるものが必要だ。

 そのための魔剣を作り上げる。

 それが俺が俺に対して定めた贖罪であり、未来のために出来る行いでもある。願いや夢とも言えるかもしれないが。


「ご……ごめん」

「変に気を遣うな。俺は自分の意思であそこで暮らしている。大体魔竜戦役で帰る場所がなくなった奴なんて山ほどいるんだ。今普通に暮らせてる俺は幸せな方だ」

「そうかもしれないけど……寂しくないの?」

「ああ、寂しくはない」


 人の生き死になんて飽きるほど見てきた。

 昨日笑っていた奴は今日はいない。そんなことが毎日起きる日々を過ごした経験がある。

 悲しいだとか寂しいと感じはした。だがそれも長くは続かなかった。日に日に見知った顔が減った。そのことにいちいち精神を擦り減らしていたら心が持たなかった。

 冷静に思い返してみると、戦時中は感情が希薄だった。そうして自分を守っていたのだろうが。

 正直……普通の人間と比べたら、今でも希薄な部分はあるのだろう。ただあの頃に比べれば遥かにマシだ。

 それもこれもシルフィやガーディスといった仲間が居てくれたからだろう。あまり認めたくはないが、隣に居る騒がしい騎士も一役買ってくれている気はする。

 なんだかんだでこいつが1番俺の感情を引っ掻き回してるしな。


「どこぞの騒がしい騎士が暇さえあれば殴り込んでくるしな」

「え……そそそそそれはつまりあたしが居ればってこと!? い、いきなりそういうこと言われてもあたしにはシルフィ団長が。で、でも別にそこまで嫌とも思っていない自分が居るような……」

「ひとりで盛り上がってるところ悪いが、さっさとやること済ませるぞ。それと……別にお前を口説くつもりで言ったわけじゃない」

「言われなくても嫌味だって分かってるし! でも少しくらい妄想してもいいじゃん。一応あたしだって女の子なんだから!」


 少し前に子供扱いするなと聞いた覚えがあるのですが。

 まあツッコミはしないけど。その方が絡んでくるって分かってるし。


「あぁそうですか。ただこれだけは言っとくぞ。妄想を口に出す奴は気持ち悪い」

「きぃぃぃぃいッ! 決めた、絶対ルーくんみたいな人とあたし結婚しない!」

「元々シルフィ一筋の奴が何を言ってるんだか」

「そういう余計な一言がいらないの!」

「はいはい」

「投げやりな返事も禁止!」



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