第13話 「子供は大人を見て育つ」

「アシュリーだ、アシュリーだ!」

「アシュ姉だ、アシュ姉だ!」


 騎士様の名前を連呼しながら彼女の周りを回っているのは、孤児院で暮らしている双子の姉妹。名前はイズナとナズナと言うらしい。

 姉であるイズナは、濃いめの茶髪を短めに切り揃えていて活発な印象を受ける。対して妹であるナズナは、姉であるイズナよりも髪色は薄く、前髪を始め全体的に長い。久しぶりにアシュリーに会えてテンションが上がっていそうだが、普段は大人しそうだ。


「イズナにナズナ、久しぶりだね。ふたりとも背伸びた?」

「伸びた!」

「伸びました!」


 凄いでしょ! と言いたげに双子は胸を張る。

 あの双子の名前の響きや髪色から考えるにおそらく東方の血が混じっているのだろう。

 東方とは俺達の居る大陸の近くにある小さな島国を指す。そこにはあちらの世界で言うところの日本人に近い姿の者が多い。

 その理由としては、この世界には昔から異世界の人間が何度も召喚されている。

 東方の島国でも過去に大きな戦いがあったようで、そのとき多くの日本人が召喚されたようだ。

 何故召喚される人間に日本人が多いのか。それは未だに分かっていない。異世界に順応する者が多いのか遺伝子的なものなのか。

 まあ俺は学者でもないので答えは出ないし、正直そこまで興味もない。

 そもそも、こっちの世界からすればあちらの世界の人間なんてどの国から来ても変わりはしないだろう。召喚されると同時に言語は通じるようになるのだから。

 召喚魔法に通訳や翻訳の細工があるのかは知らないが、会話が成立すること問題はないのでとやかく言うこともないだろう。事前に意思確認をせずに呼び出されることは問題だが……。


「騒がしくてすみません。これ粗茶ですが」


 謝りながらお茶を出してくれたのは、この孤児院の家主でもあるナタリアさんだ。年齢はシルフィの少し上らしいので20代後半といったところだろう。

 優しい笑みが人目を惹く美しい人ではあるが、手先にはこれまでの苦労が見て取れる。

 今はイズナとナズナしかいないようだが、少し前までアシュリーを含めて数倍の孤児達がここに居たようだ。

 この孤児院は魔竜戦役終盤頃から経営しているらしく、逆算して考えると当時イズナやナズナは物心ついたばかり。シルフィ達は10歳前後だったのだろうが、シルフィの協力があったとはいえ女手ひとつで子供達を育てたとなればその苦労は計り知れない。


「ありがとうございます。それと別に気にしてませんよ。騒がしいのは得意ではないですが、明るい笑顔があるのは良いことですから」

「ふふ」

「何かおかしなこと言いましたか?」

「いえ。ただシルフィから聞いてたとおりの方だなと」


 あの騎士団長はいったい何を吹き込んだんだ。

 単純にナタリアさんが意味ありげに言っているだけかもしれないが、シルフィは俺の交友関係の中でも付き合いが長い。それだけに色々知られている。

 あいつが適当なことを言う性格ではないと知っているが、それだけに逆に怖い。


「どうせ無愛想だとか言ってたんでしょう」

「いえいえ、そのようなことは。簡潔に申し上げれば、素敵な殿方と聞いておりますよ」


 嘘偽りのない笑顔だが、意地悪な輝きを放っているように見える。

 この感覚が間違っていなければ、真面目なシルフィとはある意味抜群に相性が良いと言える。

 たまにシルフィがげっそりしている時があったが、もしかしてこの人に散々おもちゃにされたのではなかろうか。

 頭の片隅でそんなことを考えていると、誰かに袖を引っ張られた。意識を向けると……そこには好奇心に満ちた目がまっすぐこちらを見据えていた。


「ねぇねぇルゥくん!」

「…………」

「べべ別にあたしがそう呼べって言ったわけじゃないし!? 話の中でそう呼んでたらそう呼んだだけで。あ、あたしは悪くないんだから!」


 悪くないと言い張るなら動揺するな。

 こっちも別に責めるつもりで見たわけじゃない。大体お前にその呼び方を許してる時点で、子供からそう呼ばれようが気にするわけがない。


「えっと……イズナだったか?」

「うん、イズナはイズナ! ねぇねぇルゥくん、イズナねルゥくんに聞きたいことがあるの」

「何だ?」

「あのね、ルゥくんはアシュリーの彼氏なの?」


 この世界の結婚年齢はあちらよりも低いし、女は男より精神の成熟が早いと言う。それだけに10歳くらいの子供がそういう話題に興味を持つのはおかしいことではない。

 しかし、どうして俺が見た目だけ大人になったような子供とそういう関係にならなければならないのだろう。正直あいつをそういう目で見たことは一度もないのだが。


「イイイズナ、きゅ、急に何を……!?」

「違う」

「即答!? す、少しくらい考えてくれても……それじゃあたしに魅力がないみたいじゃない」


 ないから即答しているんだ。

 見た目は気品さこそないが整ってはいるし、発育だって同年代どころかそのへんの大人よりしている。それだけ見れば男からは好かれそうだ。

 しかし、お前はその性格のせいか色気というものが全くない。

 俺にそういう目で見るつもりがないので感じていないだけかもしれないが、今までにアシュリーの色恋の話は聞いたことがない。故に他の男も同じ感想なのではなかろうか。


「お姉ちゃん、だからわたし言ったじゃないですか。ルゥさんはアシュ姉の彼氏さんじゃないんです。ルゥさんはフィー姉の彼氏さんなんです」


 おい待てリトルガール。さも当然みたいに言っているがそれも断じて事実とは異なるからな。

 だから「は? そんな話聞いてないんだけど……」みたいな目で見てるおバカ騎士。腰にある凶器に手を伸ばすのはやめろ。

 お前用に作ったそれは俺を成敗するために作ったわけじゃないぞ。そもそも俺達の身近に居るお前は今のが真実じゃないと知っているだろ。


「それも違う」

「え、違うんですか?」

「違うのですか?」


 ナズナは分かるのですが何故大人のあなたまでそういう反応をするんですかね?


「それはやっぱり私も気になりますので」

「……まだ何も言っていませんが?」

「目を見れば何となく分かります。伊達に長生きしてませんから」


 子供達とはともかく、俺とはそんなに年齢変わらないでしょ。

 あと胸を張るのやめてもらっていいですか。子供達はいいですがあなたがやると男は目のやり場に困ります。


「もっと……じっくり見てくれてもいいんですよ?」

「ちょっナタ姉!? そそそそそういうのはよ、良くないと思います!」

「いいじゃない。アシュリーやシルフィとは付き合ってないみたいだし。ここに若い男の人が来ることは少ないんだから唾つけとかないと。私もまだ結婚は諦めてないしね!」

「あたしとしてもナタ姉には幸せになってほしいけどそうじゃなくて! そ、そういうのは段階というか少し時間を掛けて……!」

「アシュリー、そんなんじゃいつまで経っても男が出来ないわよ!」

「で、出来るし! いいいつかきっと多分絶対出来るし!」


 それは出来ないフラグにしか聞こえないのだが。

 というか……ここまでのやりとりを見ててアシュリーの騒がしい理由が分かった気がする。こんな家で育ったのなら騒がしくもなるのもある意味道理だ。


「ねぇナズナ、アシュリーのおっぱい前見た時より大きくなってない?」

「なってます。あれは間違いなく大きくなってます。アシュ姉のおっぱいは実にパインパインです」

「同じものを食べてたはずなのに何でイズナ達は大きくならないんだろうね……アシュリーはパインパインなのに」

「何でならないんですかね……アシュ姉はパインパインなのに」

「そこ! パインパイン言い過ぎ! あんた達もそのうち大きくなるから。あんた達はこれからだから!」


 子供達からもああいう扱いとは。

 まあナタリアっていう人間が保護者なら当然だと思える自分も居るのだが。というか、ここに居るメンツは俺が男だって分かってるのかね。別におっぱいって言葉だけで興奮とかしないけどさ。

 あと個人的にそのうち大きくなるとか言わない方が良いと思う。身体の成長って育つ環境にもよるけど遺伝子的なものもあるし。

 アシュリーと双子に血の繋がりがあるならともかく、血筋的には赤の他人なんだから断言は良くないと思う。将来的に文句言われても知らないぞ。

 ま、俺には関係のない話だが。そう結論を出した俺は、出されていたお茶を飲んで気持ちを切り替える。


「ナタリアさん」

「はい、何でしょう? お茶のおかわりですか?」

「いえ。そろそろ仕事の方に入りたいと思いまして」

「ルーク様は仕事熱心なのですね。素敵です。でも仕事ばかりに打つ込むのはダメですよ。女という生き物は時として構って欲しいものですから」

「さっさと案内してもらっていいですか?」


 つれない……でもたまにはこういう反応もあり。

 頬に手を当てながらうっとりしてるナタリアという人物は、もしかすると一種の変態なのではなかろうか。

 はたから見れば明るく場を和ませるパワフルな保護者なのかもしれないが、子供は親の背中を見て育つと言う。この人を見て育つ子供は大丈夫なのか少し不安だ。双子の姉妹にもすでに影響が窺えるだけに。


「なになに? 何かするの? イズナもする~!」

「何するんですか? わたしもお手伝いします」

「ダメ、ダメダメダメ! ルーくんが今からするお仕事は危ないからふたりは近づいたらダメ!」


 別に大人しく見てるなら構わないんだが……まあ研ぐだけとはいえ、刃物の近くに子供はいない方が良いのは確かか。


「アシュリーのケチ」

「アシュ姉のケチ」

「ケチ言うな!」


 確かにケチではないな。アシュリーは俺の代わりに注意しただけだし。

 まあ……何で出しゃばってきたのかは分からんが。俺がダメだと言えば双子も大人しく従っていたような気もするし。


「そうよ。ふたりともそういうこと言ったらダメ」

「ナタ姉……」

「アシュリーはふたりにルーク様を取られないか不安なのよ」

「ちっが~うッ!」

「だからふたりは私と一緒にアシュリーが持ってきた荷物の片づけをしましょう」

「「は~い!」」

「人の話を聞けぇぇぇ!」



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