第11話 「斬るための理由」
土産を持って家に帰ると、そこには毛並みを逆立てて威嚇し合っている犬と猫が居た。
すまない。正確には居候の獣人とここ最近顔を見せてなかった騎士様だ。背景にそのようなイメージが見えただけで実際に犬や猫はいない。
「お前、いつになったら帰るんだよ!」
「だ~か~ら~何度も言ってるでしょ! ルーくんに話があんの。話が終わったら帰るってば!」
「もう日も落ちてんだぞ。子供は家に帰る時間だろうが!」
「こ、子供!? 確かにまだ成人はしてないけど、そっちより子供じゃないし。これでも立派に仕事してる大人だし!」
経緯は分からんが……実に不毛なケンカだ。
良い点なんて頭を悩ませていそうな騎士が思ったよりも元気そうな点だけ。しかし、それを帳消しにするくらいのバッドニュースがある。
ケンカをしているふたりはムキになっているので気づいていないようだが、俺が帰宅するまでに散々似たようなやりとりをしていたのだろう。部屋の中に凄まじく散乱している。
「立派な大人なら普通こういう時は日を改めるんじゃねぇの!」
「そ、それはその……最近忙しくてあんまり時間がないというか。大体最近転がり込んできたような子供にとやかく言われたくない!」
聞く者によっては実に彼女面していると思われそうな言い回しである。
俺の記憶が正しければ、俺が騎士様に愛を囁いたことも逆に囁かれたこともなかった。だがそんなことは今はどうでもいい。今何より優先すべきことは……
「おいガキども」
低く声を掛けると、ふたりは一瞬身体を震わせ壊れた人形のように首を回す。
我に返って部屋の惨状にも気が付いたのか、冷や汗がダラダラと流れ始めている。何か言いたそうに口を開いているが、パニックを起こしているのか出てくるのは空気だけだ。
「え、え……っと。その……」
「ここここ……こ、これ、これは」
「言い訳はいい。さっさと片付けろ」
「「は、はいッ!」」
そこからの行動は実に迅速かつ協力的だった。
ケンカどころか文句ひとつ言うこともなく見事な連携で部屋の中を整えていく。
腰に差していた刀を壁に掛け、コートを自室に仕舞って戻ってくる頃には普段通りの状態に片付いていた。それだけ波長が合うならそもそもケンカなんてするなと言いたい。
「……で、何の用だ?」
「あの、その……えーと」
「さっさと話せよな。オレは腹減ってんだ!」
「ユウ、これやるから大人しくしてろ」
土産に買ってきておいた焼き菓子を渡すと、目を輝かせながら食べ始めた。
それを見てアシュリーが物欲しそうな顔をしていたが、俺と視線が合うと背筋を直して座り直す。
これからアシュリーの話を聞くはずだが、何故俺が説教をするような雰囲気になっているのだろう。説教するべきことがないわけでもないが、したらしたで余計に委縮されるだけ。今は話を聞くべきだ。
「それで?」
「えっと、その、あの……」
「…………」
「何というか……あのね、その~……えっとですね」
「何だ?」
「ひぃぃぃぃぃごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ちゃんと話します。だから睨まないで!」
そこまで睨んでいるつもりはないし、こいつは本当に俺のことを怖がっているのだろうか。
涙が出そうな顔はしているが、心から怖がっているなら嗚咽くらいしか出ないと思う。これまで見てきたような過剰な反応が出ているあたり、いつもどおりなのかそうでないのか。
「そそそそその、あの……あれから毎日来ようと思えば来れたのに一度も顔を出さなくてごめんなさい!」
「……深々と頭下げてるとこ悪いが、仕事をしている奴が隣でもない家に毎日顔を出す方が間違いだぞ」
思わず言ってしまったが間違ったことは言っていない。
しかし、今のアシュリーはいっぱいいっぱいになっているのか、目元に大粒の涙を溜め始める。その姿を見ていると幼児を苛めているような気分になってきただけにこちらが折れることにした。
「話を折って悪かった。だが、それを言うためだけにずっと待ってたのか?」
「そ、そういうわけじゃないけど……その、あのときのあたしってルーくんにひどい目向けてたと思うし。だから謝りたかったというか」
「それについては謝る必要なんてない」
「でも……!」
「普通の人間は人を斬ることに強い抵抗を覚える。人を斬ったことがなさそうなお前が躊躇なく人を斬っている人間を見て怖がるなって言う方が無理な話だ」
たとえ人を斬ったことがある者でさえ、時として人を斬っている奴を見て恐怖を覚える。恐怖というものは慣れこそすれ、決してなくなるなんてことはないのだ。
もしも恐怖がないという者が居るとすれば、そいつは精神的に壊れている。もしくは見た目が人の皮を被った化け物だ。
「だからお前に怯えられても特に何も思わない。静かな時間も過ごせるしな」
「一言余計!」
「……やっといつもみたいに言ったな」
「え……ルーくん、もしかしてわざと」
何やら少し感激しているような顔をしているが……。
確かにわざと言ったといえば言ったが、こっちとしてはこれまでどおりに振る舞ってるだけだ。下手に対応を変えると逆に困惑しそうだったしな。
故にこの騎士さんにはこう言いたい。貶されてたんだから感激なんてするな。
「もう用は済んだろ。さっさと帰れ」
「あ、いや、その、ひとつだけ聞きたいことが!?」
「聞きたいこと?」
「えっと……その……ルーくんは……ルーくんは何であそこまで迷わず人を斬れるの?」
迷えば死ぬからだ。
それは自分だけではない。時として一瞬の躊躇が仲間を殺すことだってある。
初めて刀を持った時、その重みに手が震えた。魔物を斬った時、肉を裂き骨を断つ感触が不快だった。人を斬った時、何日も悪夢にうなされ思い出す度に嘔吐した。
だが戦いは待ってはくれなかった。
戦って戦って戦って……何かを斬る度に自身の中に芽生える抵抗や迷いは強くなる。でもその度に俺の代わりに誰かが犠牲になった。俺は異世界に呼ばれた人間だから。英雄だから……、と。
斬らなければ守れない。自分も他人も……。
それから次第に抵抗や迷いは薄れ、太刀筋が鋭くなった。英雄のひとりとして恥ずかしくない力量を身に付けた。
それでも……守れなかった仲間が居た。助けられなかった人達が居た。俺の代わりに死んだ者達が居た。
だから俺は、斬ると定めたなら斬る。そう決めたのだ。しかし……
「そんなことを聞いてどうする?」
「え……それは、あのときは怖いって思っちゃったけど。冷静に考えるとあたしもいつか斬らないといけない日が来るかもしれないし。だからその参考までに聞いておきたいな~って」
「無駄だ。聞いたところでお前は斬れない」
「そ……そこまで決めつけなくていいじゃん。こっちだって色々悩んでるのに!」
それはそうなのだろう。
だが、人が斬れる理由なんて他人に聞いたところで何の意味もない。
「逆に聞くが……お前は俺が人を斬りたいから斬ってると言ったら人が斬れるのか?」
「え? そ、そんなの斬れるわけないじゃん!」
「なら聞く意味はないだろ? 俺が人を斬れる理由とお前が人を斬れる理由は違うんだ」
アシュリーは食い下がろうと何か言いかけたが、結局は何も言えず唇を噛み締めた。
それを見る限り、薄っすら自分でも分かっていたのだろう。聞いたところで明確な答えなんて出はしないと。
「そもそも……人を斬るって行為は強い抵抗を覚える行為だ。死が迫って反射的に、なんてことを除けば自分の意思で斬ることになる。それには自分なりの……自分だけの理由が必要だ」
「自分だけの……理由」
「そうだ。それがない限り、お前は人を斬ることは出来ない。今後を騎士をやっていくならそれを早めに見つけておくことだ」
そうしなければ自分が死ぬか、自分の代わりに誰かが死ぬことになる。
それに人間関係にも変化が生じるだろう。今はどこか気まずさのようなものはあれど話せているが、剣を抜いている状況ではまたあの日のようにパニックを起こすはずだ。
今のままでは俺を始め人を斬っている者を見た時、その者に対して抱く恐怖心は克服出来ない。
「もういいだろう。さっさと帰れ」
「う、うん……ルーくん」
「今度は何だ?」
「その……また来てもいい?」
親に捨てられそうな子供のような目だ。
心の底には俺に対して恐怖心もあるだろうに何がここまでさせるのか。
人との繋がりが断たれることが嫌なのか?
もしそうだとすれば……つくづく騎士なんて仕事には向いてない。家事でも学んでどこかに嫁入りしたほうが幸せになれそうだ。まあ何を幸せに思うかなんてアシュリー本人にしか分からないのだが。
「来るなという理由もない。剣の代金もまだ全部払ってもらってないからな」
「うぐ……わ、わざわざそういう言い回しをしなくても。ちゃんとお金はあるときに払うから」
「ならさっさと帰って明日の仕事に備えろ。最近の騎士団は忙しいんだろ」
「うん……ありがと。じゃあルーくん、また今度ね」
「はいはい」
「投げやり……ユ、ユウもまた今度ね」
ケンカをしたために声を掛けるのが恥ずかかったのか、ユウへの声はこれまでと比べると小さかった。
しかし、他に話している者もいない。それにユウは人間よりも五感に優れた獣人だ。今の声もばっちり耳に届いて……
「わぅ?」
どうやら菓子に夢中で聞こえていなかったようだ。
それが更にアシュリーの羞恥心を刺激したのか、彼女は顔を真っ赤にして風のように飛び出していく。
「お、お邪魔しましたぁぁぁぁぁッ!」
「……何だあいつ?」
「気にするな。難しい年頃なんだよ……今から夕食作るが必要か?」
「要る! そんでオレも手伝う」
「そうか。手伝うのはいいが壊すなよ?」
「そ、そんなことするわけねぇし!」
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