第10話 「初老の騎士」
およそ30分後。
先ほどの門番がひとりの騎士と一緒に戻ってきた。
短く整えられた白髪に左目から頬に掛けて伸びる古傷。顔立ちには老いを感じさせるが、鎧やマントの上からでもその肉体が鋼のように鍛え抜かれているのが分かる。
ガーディス・ボルガノス。エストレア王国第二騎士団団長にして、騎士団最強と謳われる歴戦の強者だ。纏う雰囲気もだが、何よりその巨体に圧迫感を覚える。
俺も身長は180センチほどあるだけに低い方ではない。だがガーディスは、そんな俺よりも頭ひとつ分以上高い。間違いなく2メートルは超えている。
「久しいなルーク。元気にしておったか?」
「ああ。あと30分は待たされるのを覚悟してたが早かったな」
「呼び出したのはこちらだからな。それにお前を待たせると小言がうるさい」
舐めてんのかクソジジィ。待たせた自分が悪いんだから小言くらい甘んじて受けろ。
そう素直に言ってもよかったのだが、ガーディスは老いてもまだ一線で活躍する騎士。それだけに血気盛んなところもあり、模擬戦……下手をすれば殴り合いに発展してもおかしくはない。
そうなると門番達に迷惑の掛けるのでやめておこう。
それにガーディスは己が拳だけで岩すら砕く。アシュリーの人並み外れた力の持ち主だが、この男はそれより遥かに上。肉体全てが武器みたいな奴だ。そんなのと軽々しくぶつかっていたら身が持たない。
「で、今日は何の用だ?」
「そう急かすな。これから昼飯に行くところなのだ。飯でも食べながらゆっくり話そうではないか」
「俺はここに来る前に食べてるんだが……」
「奢ってやるからつべこべ言うな。ほれ、さっさと行くぞ。お前と違って自由に出来る時間は限られておるのだからな」
なら城を待ち合わせにする必要はなかっただろ。
そう言ったところで適当に流されるのはオチなので、大人しく巨漢騎士の後を追い始める。
てっきり城の近くにある騎士用の作られた食堂で食べるのかと思ったが、ガーディスは城からどんどん離れていく。
「おい、どこまで行く気だ?」
「下町に決まっておるだろ。ワシは庶民の出だ。堅苦しい場所で食事を取るのは任務の時だけよ」
「だったら騎士用の食堂でもいいだろ」
「馬鹿者。そこではお前が居心地が悪いだろうと別に場所にしてやっておるのだ」
「団長面したままで居るのが面倒なだけだろ」
「がはは、否定はせん」
そこは否定しろよ。
まったく……騎士達はこのジジィのことを尊敬したり憧れたりしてるんだろうが、素を知ったら失望する奴も出かねんぞ。
シルフィみたいにちゃんと団長としての責任感を……騎士でもない俺がとやかく言うことでもないか。結局のところ、このジジィも団長としての役割は果たしてるんだろうし。右腕のような存在が苦労している可能性も否定は出来ないが。
「どうしたルーク。ワシに何か言いたいことでもあるのか?」
「いや別に。ちっとも変わらないなって思ってただけだ」
「何を言う。昔と比べればワシも老いた。まだまだ若い騎士達に負けるつもりはないがな」
そっちこそ何を言う。
王国最強と謳われているのだからそうそう負けることもあるまい。若い騎士達のやる気を削がないためにも訓練中に手合わせすることがあるなら手加減してやれ。
シルフィといった実力者と相対するなら分からん話でもないが。
「とはいえ……人の本質というものはそうそう変わりはせん。それ相応の経験がなければな」
俺の倍以上生きているだけに重みが違う。
変わりたいと願う者は数多く居るだろう。だが本当にそこまでして変わりたいものなのだろうか。
性格や人生観に影響があるような経験。それは得てして苦しみや悲しみを伴うことが多い。そんな経験を何度もすれば、人格が崩壊してもおかしくはないのだ。
少し前に見た少女の顔。あの明るく素直だった騎士のことを思い出すとそんな風に思えてしまう。
「今の時代……そういう経験はない方がいいのかもな」
「む? がはは! 何だルーク、平然な顔をしておったがアシュリーのことが気に合っておったのか」
「ぐ……」
平然と人が気にしていることに踏み込んできやがって。俺より大人ならそのへんも気を遣えよ。
「別に。うるさいのが来なくて清々してる」
「それも本心だろうが半分は嘘だな」
魔竜戦役の時代から付き合いがあるだけに俺のことを分かってやがる。
まあ……別に隠すようなことでもないんだが。
「……あいつは素直過ぎる」
良い意味でも悪い意味でも。
剣を持つ者は、斬る覚悟も斬られる覚悟も必要だ。
今の時代、前ほどその覚悟が必要になる場面は少ないかもしれない。だが騎士なんて仕事をする以上、その覚悟が必要になる日は必ずある。
殺さずに捕らえるには3倍の技量が必要だと言う者も居る。
つまり刃物を手にした強盗に命まで取らずとも腕くらい斬ることもありえるわけだ。それが出来なければ、最悪自分が命を落とす。
「騎士には向いてない」
「そうかもしれんな。だが……」
「ん?」
「これからの時代にはあのような騎士が必要になるやもしれん。躊躇なく斬らなければならん場面はある。しかし、言葉を交わさず剣だけ振るような輩がもたらすのは平和ではなく争いだけよ。真の平和が訪れたなら交わすべきは剣ではなく言葉。あの地獄を知りながらあれほど素直なあやつは貴重な存在だ。もしかすると、いつしか時代を担う騎士になるやもしれん」
詭弁だ。
どんな地獄があったとしても人は過ちを繰り返す。全ての者が平等なんて環境は決してありはしない。真の平和なんて訪れるはずもない。
そう切り捨てるのは簡単だ。
しかし、地獄を知るからこそ……そういう時代が訪れて欲しいと思う。
今の時代にあいつのような騎士は必要ないのかもしれない。だがガーディスの言うようにこれからの時代には必要になるのかもな。まあ……
「……騎士を続けていけるならの話だがな」
「ふむ……ならアシュリーが騎士をやめたならその時はお前に騎士団に入ってもらおう」
「は?」
「お前が必要もない殺傷をしたこともアシュリーが傷ついた原因であろう。ならもしもの時は、その責任を取ってもらわんとな」
「あいつに対して何かするならともかく騎士団に入るのは違うだろ」
「お、ここだここだ」
「おい、待てクソジジィ!」
「何か言ったか? 最近耳が遠い時があってな」
こんな時だけ老人面するんじゃねぇ。この野郎……斬り捨てるぞ。
苛立ちのあまり腰にある刀に手が伸びかける。だがここで刀を抜けばとことんやり合う羽目になるだろう。そうなれば帰りが遅くなるどころか、牢屋に入れられてもおかしくはない。先のことまで考えるとここは我慢する方が得策だ。
何故自分より倍以上生きているジジィより大人な対応をしなくてはいけないのだ。
そう思いながらもガーディスの入って行った店へ入る。見るからに質素な店だ。しかも昼食時なのにほとんど客はいない。奢ってもらうとはいえ、不味い飯が出てきたら我慢も限界きそうだ。
ならいっそ食べない方が……。
なんて思いながら1番奥の席にガーディスと向かい合う形で腰を下ろす。何ともむさ苦しい絵面だ。
「ルーク、お前は何を食べる?」
「さっき食べてきたって言ったろ」
「奢ってやるのだ。何か食わぬか」
「上司に持ったら最悪だなお前」
「お前は部下ではないから問題なかろう。それにワシは腹が減った。もう勝手に頼むぞ。すまん、塩焼き定食をふたつくれ。ひとつは飯を大盛りでな」
せめて俺の分は単品にしろよ。何度か言ったがこっちは食べてきてるんだから。まあどうせこのジジィに言ったところで無駄なんだろうけどな。
「ここの塩焼きはなかなかに絶品でな。隠れ家的な店よ」
「そんなことはどうでもいい。さっさと本題に移れ」
「せっかちな男は女から嫌われるぞ」
せっつかなきゃ無駄話ばかりするだろ。
自由時間はあまりないと言っていたにも関わらず矛盾する行動ばかり。息抜きしたいのかもしれないが俺以外でやってほしいものだ。ガーディスと食事をしたい騎士達は山ほどいるだろうし。
仮に俺でするにしても非番の日に酒の席でしてくれ。それなら矛盾する言動も少なくなるだけに大目に見れる。酔って絡んで来たら最悪ではあるが。
「世間話なら今度聞いてやる。こっちだって仕事の間を見て来てるんだ。いいから本題を話せ」
「やれやれ、お前という奴は……まあよい。お前に話したいことはふたつだ。ひとつは先日の魔人について。ルーク、お前は奴のことについてどれくらい知っておる?」
「金で雇われた傭兵で魔竜戦役の経験者ってくらいだな。あいつがどうかしたのか?」
「いや、奴がどういう話ではない。だがお前も知っておるだろ? 魔人は魔竜戦役で投入されたが戦場に配置された者は全て暴走。それを機に魔人の生産は中止され全て処分されたとされている」
「ああ。だが魔人にされたが戦場に出なかった奴も居るだろ。別に魔人が残っていても……」
いや待て。
魔人は、移植された魔物の力を使わなくても徐々に侵食され自我を失う。
魔竜戦役から7年。戦後の復興を考えればあっという間の時間だが、魔人にとっては自我を保っていられる時間なのか。
襲ってきた男はきちんとした自我があった。最後まで暴走した様子もなかった。もしも魔人が長時間自我を保っていられないとすれば……
「まさか……」
「うむ、秘密裏に魔人の研究が進んでいる可能性がある。とはいえ、何か知っていそうな奴隷商人はすでに死んでしまっておる。生き残った傭兵も雇われただけで何も知らぬようだ。国境や街の警備は強めておるが正直お手上げの状態よ」
「なるほど……だがそっちでお手上げなものを俺にどうしろと?」
「どうもせんでいい。ただまたあの獣人の子が狙われる可能性はある。故に気を付けておけと言いたいだけだ。まあ何か分かったら知らせてくれ」
当てにされてるのかされてないのか分からん言い方だ。
まあ当てにされても困るのだが。鍛冶屋は騎士団のようにあれこれ調べて回れる仕事ではないし、情報を集めるにしても騎士団以上のものが集まるとは思えんしな。
「で……もうひとつは?」
「それはだな……神剣の使い手を召喚することになるやもしれん」
「……何?」
「説明するからそう睨むな」
別に睨んでいるつもりはなかったのだが……。
「ルーク、ノーリアスは知っておるな?」
「ああ。ここから北の方にある国だろ?」
「そうだ。最近こことそこの国境で魔物の発生数が増えておる」
この世界には大気にも魔力が満ちている。
過去に聞いた話になるが、魔力を含んだ生物が死ぬとその魔力が大気へと吐き出されるのだとか。
また魔法などで体内の魔力を使用した場合も魔力の残滓が大気に還るらしい。この量が少ないほど魔法の扱いが上手いと言われている。
魔力が枯渇した時も回復するのは、大気中の魔力を少しずつ取り込んでいるからだ。そう言う学者も居ると聞いた。もしそうなら魔力というものは循環しているものになる。
話を戻そう。
一般的に魔物は、大気中の魔力に異常が生じ収束して具現化。またはそれが原生生物に触れ変異することで生まれるとされている。
しかし、まだまだ解明されていないことが多いだけにこの他の方法で生まれている場合も十分にありえる。
「無論、天気が日々変わるように地域ごとの大気中の魔力も変わる。故に一時的に特定の地域だけ魔物が増えることは間々あることだ」
「ならそこまで気にすることじゃないんじゃないか?」
「そう思いたい。だが……今年に入ってからというものノーリアスとの国境だけでなく、他の場所でも似たようなことが起きておるのだ。古い文献を辿ると魔竜のような存在は複数出てくる。魔竜の時も似たようなことが起こっていただけに心配する輩もおってな」
魔竜のような存在はある意味異常な魔力の塊。その動きが活発になれば、大気中の魔力に影響を与え魔物の発生が増えるのも当然だと言える。
もしも魔竜のような存在が再び現世に現れたなら神剣の力は求められるだろう。
だがこの世界に神剣の使い手はもういない。神剣を使うとなれば、ガーディスの言ったように異世界から使い手を召喚する必要がある。
そうなれば……その使い手は戦うことを余儀なくされる。しかも自分の命を削りながら。
「……と言っても可能性があるというだけだ。すぐにどうこうという話ではない。我が国の女王も使い手の召喚には現状では反対しておる」
「まあ……そうだろうな」
「だがもしもの時が来れば召喚も視野に入るだろう。魔竜戦役の中心地だったこの国はノーリアスといった国々に恩がある。それを仇で返せはせんからな。故に……神剣の犠牲者を出したくないならそれまでに神剣に代わる魔剣を完成させておくことだ」
「言われるまでもない」
そのために俺はこの道を選んだんだ。
次の使い手が召喚される日が俺の生きている間に来るかは分からない。だがきっといつかその日は来るはずだ。
だからその日のために俺は魔剣を打ち続ける。神剣に代わる魔剣を。
俺達の話が一段落するのを見計らっていたのか、単純に焼くのに時間が掛かったのか。注文していた定食が運ばれてきた。店の外見と人気のなさから期待はしていなかったが、なかなかに食欲をそそられる盛り付けだ。
「良いタイミングだ。さっそくいただくことにしよう。ほれルーク、お前も温かいうちに食べろ」
「分かった、分かったから迫ってくるな。鬱陶しい……いただきます。……美味い」
「そうであろう。店主よ、すまんが酒も持ってきてくれ!」
「待て、お前まだこのあと仕事があるんじゃないのか」
「固いことを言うな。ワシが酒に強いのはお前も知っておろう。少しならばれんさ」
「俺はちゃんと止めたからな」
「心配するな。何かあってもお前のせいにはせんさ。シルフィーナあたりから小言は言われるかもしれんがな」
「このクソジジィ……」
「がははは、クソで結構!」
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