第4話 「雨の中の出会い」

 とある昼下がり。

 俺は自宅へと荷車を押していた。その荷車には城下町を回って集めた廃材が乗っている。

 俺が日頃作るものは、農具や包丁といったものが大半だ。それに上質な素材を使っていては黒字にならないし、廃材も一度溶かして再利用すれば十分に使えるものが出来る。資材には限りがあるのだから再利用は大切なことだろう。


「しかし……」


 何でよりにもよって家に帰り始めた直後に雨が降り始めるんだ。せっかく今日はあのハイテンション騎士が顔を見せなかったのに。


『ルーくん、この剣やばい! 少し重いけど思いっきり振っても全然折れない!』

『ル~く~ん! ルーくんの剣のおかげで任務から外されなかった。ありがと!』

『ルーくんルーくん、聞いて聞いて! 今日ね、シルフィ団長と模擬戦してもらったの。それでね、思いっきり振っても剣が折れなかったし、シルフィ団長から腕を上げたねって褒められたの。あ~シルフィ団長♡ これもルーくんのおかげだよ!』


 のように毎日のように押しかけてきては喜びと感動を巻き散らしていた。最初はまだしも日が経つにつれて凄まじく叩き出したくなるウザさだったが。

 まあ話を戻そう。

 小雨ならまだいいが、現状降っている雨は夕立かと言いたくなるような激しさである。雷まで鳴り始めているし、さっさと帰らなければ。可能性としては低いだろうが、近くに雷が落ちたら命の危険がある。


「はぁ……」


 普段ひとりで仕事に不満は覚えないが、こういうときばかりは人手が欲しいと思ってしまう。

 とはいえ、うちの工房は大きくはないし優秀な助手を雇うと金が掛かる。弟子入りしたいという人間が居れば安い給料でも良いのかもしれないが、魔剣を打つこともあるうちは普通の鍛冶屋よりも危険だ。

 そのへんを考慮すると廃材を回収する時だけ日雇いを募集する方がベストな気がする。

 俺の知り合いの多くは騎士といった仕事に就いているし、俺は人とすぐに打ち解ける方ではない。少しずつ距離を詰めていくタイプだ。

 それに仕事であれば我慢は出来るが、俺も人の子。出来れば気まずい空気の中で仕事はしたくない。現状ひとりでも仕事は出来ているのだからこのままの方が精神的には良いのではなかろうか。

 ひとりなら余計なトラブルが生じることもないのだから。


「…………ん?」


 土砂降りの中、地道に荷車を押し続けていると10数メートル先に何か落ちているのが見えた。

 視界が悪くてはっきりとは分からない。ただこの距離で視認出来る大きさということは、誰かが粗大ゴミでも捨てたのだろうか。このへんに住んでいる人間にやりそうな人物はいなそうだが……

 もしも金属の類なら拾って帰ればいい。だがそれ以外だと道から退かすか避けて通らなければならない。

 雨が降ってなければそこまで気にしないだろうが、何が落ちているにせよ地味に精神が削られる出来事だ。


「……はぁ」


 思わず深いため息が出た。

 落ちていたものが予想よりも大きく手間が掛かるからではない。

 今目の前にあるもの。それは粗大ゴミなどではなく、長い灰色の髪をした少女だ。背丈や顔立ちからして年齢は10代前半だろう。

 ただの行き倒れならまだいいが、この少女を助けると非常に面倒な展開になる恐れがある。

 その理由は少女の頭に狼のような耳があり、腰あたりから生えている尻尾からだ。これは獣人と呼ばれる種族の特徴である。

 この世界には人間以外にも数多くの種族が存在しているが、その数は人間と比べると極めて少ない。

 人間には火の息などを吐ける生まれ持った能力もなければ、鋭い爪や牙もない。他種族と比べれば非力で弱い存在だ。だがそれ故に他種族と比べると繁殖力が高いと言われている。人間と他種族の人口比率は7:3と言われていたことが良い例だろう。

 個の力が強かったり寿命が長いと子孫を残そうとする本能が弱いのかもしれない。

 まあ魔竜戦役の時に人間だけでなく、他の種族の命も多く消えてしまったことも理由ではあるのだろうが。

 時として弱者である人間は、磨き上げた狡猾さと邪悪な思想によって強者さえも己が欲望を満たす道具してしまうのだから。


「おい大丈夫か?」


 声を掛けてみるが返事はない。

 呼吸はしているようなので生きてはいるだろうが、今のままではどういう状態なのかも判断しにくい。

 そのため俺は荷車から離れてうつ伏せの少女へと近づき、顔がよく見えるように抱き起こした。


「……これは」


 獣人の少女の身体には致命傷こそないが、身体の至る所に打撲に擦り傷、切り傷といった傷跡がある。

 この傷つき方は過去に何度か見たことがある。戦いの道具や実験台にされた奴隷達。彼らの身体にはこんな傷が多かった。

 魔竜戦役が終わり、平和な時代は訪れた。

 俺の住むこの国は奴隷を禁止しているが、今でも奴隷制がある国は存在している。つまり奴隷を扱う商売人がこの世界のどこかに居るのだ。

 そして、そのことからこの少女は悪性の商人に捕まりかけたがどうにか逃げ出した。もしくは一度は捕まったが自力で脱出した。そのように予想できる。

 それだけに関わると面倒事に巻き込まれる可能性が高い。

 面倒事は嫌いだ。だが俺にも良心はある。たとえ面倒な展開になるにしても、傷ついた人間を放って立ち去ることはできない。


「……っと」


 両手両足に力を入れて少女を抱える。

 その瞬間、発育途中だがしっかり実っている2つの山が揺れた。胸元にあるさらしがどうやら緩んでいるらしい。

 というか……さらしにミニスカってこいつは露出狂なのか。まあ必死に逃げてきた感じだし、服装に気を遣う暇がなかっただけかもしれないが。

 余計なことを考えるな、と言いたげに空が轟く。

 俺は少女を荷車の空いたスペースに乗せると、これまでよりも速いペースで帰路に着いた。




 家に到着した俺は、荷車に乗せていた廃材をそのままにして少女を家の中に運んだ。

 暖炉を焚いて、その傍にイスを持ってきて少女を座らせる。

 濡れた身体のまま触っては少女の身体を冷やしてしまうので、手早く着替えを済ませ、応急箱や毛布などを持って少女の元へ戻る。

 子供とはいえ女性は女性。意識のない状態で服を脱がせるのは気が引けるが、暖炉が傍にあるとはいえ自然乾燥ではそのぶん身体が冷えてしまう。

 まあ胸にさらし、下はスカートの時点でほとんど隠れていないのだが。

 濡れた衣類を全て脱がせ、全身を拭いて傷の手当てを行う。

 もしも知り合いの騎士に見られれば、「この変態!」や「死ね!」と言われそうな状況だ。

 だが断じてやましい気持ちなど持ってはいない。

 少女が外見年齢の割に胸が大きいのは認めるが、あいにく子供に発情してしまうほど飢えてもなければ、特殊な性癖も持ち合わせてはいない。


「……まあこれでいいだろう」


 身体中包帯まみれのようになっているが、それだけ傷があるのだから仕方がない。

 うちには女物の下着はないので、少女が身に付けていたものが乾くまでの間は俺の服を着せておくことにした。俗に言う借りシャツのような状態になっているが、真っ裸よりはマシだろう。

 持ってきていた毛布で少女の身体を包み、暖炉がしばらく消えないように薪を調節する。

 現状で出来るのはここまでだ。

 人間ならば数日は寝たきりになってもおかしくない傷だが、人間よりも優れた治癒力を持つ獣人なら意識を取り戻すのも早いだろう。


「さて……」


 荷車や廃材を片付けなければ。

 また濡れることなってしまうが、仕方がない。ただ洗濯物が増えるだけだ。

 そう割り切った俺は、素早く荷車と廃材を片付けた。再度着替えを済ませると夕食の準備に取り掛かる。

 料理出来るのかと言われるかもしれないが、一人暮らしを始めてもう7年だ。さすがにシルフィのようなものが作れないが、簡単なものならそれなりに作れるようになる。

 それに昔から異世界の人間が召喚されてきたせいか、あちらの世界にあるようなものを生産されている。

 もちろんエネルギーとなるものは別だ。ただこの世界には魔法や魔力に反応して様々な現象を起こす石などがある。それを用いればガスコンロや冷蔵庫といったものを再現は可能だったというわけだ。

 まあ……そういうものの需要が上がったのは魔竜戦役が終了してからだが。あの頃は生活用品よりも武器という時代だったし。

 蘇ってきた過去の光景を消し去るように黙々とスープを煮込んでいると、居間の方で何かが動く気配がした。

 大方あの獣人が意識を取り戻したのだろうが、あの傷で動けるとは大したものだ。いったん火を止めて今の方へと向かう。


「――ッ!? だ、誰がお前。オレのことどうするつもりだ!」


 こちらに向けられた瞳は鋭く、髪の毛は逆立っている。かなり興奮している状態だ。

 言うなれば手傷を負った獣。最も迂闊な行動を避けなければならない。下手に刺激すれば、半ば強引に意識を断ち切らなければならなくなる。負傷している子供相手に出来ればそれは避けたい。


「どうもするつもりはない」

「嘘だ! お前達人間はオレを襲った。信用なんか出来るか!」


 やはりか……。

 腐った連中に嫌気が差す。だがこの場にいない以上、どうすることも出来ない。

 興奮している今の状態で何か言ったところで効果はない。それに近くに居るのも逆効果だろう。部屋が荒らされたり、出ていく可能性もありはするがそうなったらそうなっただ。今は厨房の方に戻るとしよう。

 踵を返そうとした瞬間。

 俺の動きを警戒していた獣人の少女が飛び掛かってきた。

 素早い動きではあるが避けることは出来る。だが俺はあえて避けなかった。ここで避けては敵意があると思われ、余計に興奮させてしまうと思ったからだ。

 少女は両手で俺の左腕を掴むと、そこに思いっきり噛みつく。

 皮膚だけでなく肉まで貫かれる感触。鋭い痛みが左腕から全身に駆け抜けた。

 獣人の歯は、その身に宿った獣の力を解放していなくても鋭い。この少女のように肉食獣の血が流れる獣人のものは特に。

 噛みつく力もあと1段階上げれば肉ごと持って行かれる。それだけに強引に引き剥がそうとすれば肉が裂けてしまうだろう。

 子供とはいえやはり獣人。人間とは一線を画す力を持っている。


「ぐるるるるるる……!」

「…………」

「ぐるるるる……ぐるる」

「…………」

「……ぁ」


 こちらが何もしようとしないと理解したのか、血の味が口の中に広がったことで我に返ったのか。少女からは少しずつ興奮が消えて行き、ゆっくりと俺の左腕から牙を抜いた。

 肉食獣の獣人は好戦的な者が多い印象だが、この子は反射的に噛みついてしまっただけで、本来は理由もなく他人を傷つけるのは躊躇うのかもしれない。


「気が済んだか? 出ていくなら止めはしないが、飯が食べたいなら大人しく待ってろ」


 返事を待たずに厨房に戻る。

 何か言いたそうな顔をしていたが、今は上手く話せるとも思えない。言葉は通じても種族が違えば価値観や考えは異なるのだ。

 俺は少女に何もしてはいないが、少女に傷を負わせた者と同じ人間だ。同列に扱うなと言ったところで人の心はそう単純ではない。子供ならより一層割り切るのは難しいだろう。

 ここから出ていくならそれは少女の勝手だ。だが居座るのならば、怪我が治るまでは拾った身として責任を持つ。

 故に今は、彼女に危害を加えない人物と思わってもらわなければ。


「とりあえず……傷口を洗うか」



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