第3話 「憧れの騎士団長」

 完成した料理の数々は、そのへんの店よりも格段にレベルの高いものだった。

 もしもこの場に居たならば、大抵の料理人は廃業するかシルフィに弟子入りを懇願したことだろう。剣や美貌だけでなく、料理の才能まであるとはシルフィーナ・ラディウス恐るべし。


「すみません。作ってる内に楽しくなってしまい、つい作り過ぎてしまいました」

「確かに2人で食べる量じゃないな。が、まあいいだろう。残った分は馬鹿力女に食わせればいい」

「ルーク殿」

「何だ? もしかしてあいつを馬鹿力女って呼ぶなってか?」

「いえ。食べさせるなら冷める前に食べさせたいです」


 真顔でそう言い切ったあたり……天然なのか、はたまた馬鹿力は公認ということなのか。

 何にせよこれから食事だ。あれこれ考えながら食べては美味いものも美味いと思えない。今は目の前にある料理のことだけに集中しよう。


「まあとりあえず……いただきます」


 両手を合わせて食前の挨拶。

 子供の頃からやっている習慣である。本当に食べられることへの感謝を覚えたのは今から7年前……あの戦いを経験してからだが。

 というか……シルフィさん、こっち見過ぎじゃない?

 自分が作ったものが食べられるわけだから気になるのは分かるけど、毎度のようにするのもどうかと思う。

 俺の記憶が正しければ、作ってもらった時は最低でも美味いだとか感想は言ってたはずだ。彼女の性格がそういうものだと言われたら……まあ仕方がないのかもしれないが。


「ど……どうですか?」

「美味い」


 簡潔な感想ではあるが、その一言でシルフィの顔には笑みが咲く。

 奥ゆかしいというか謙虚というか、もう少しシルフィは自分に自信を持っても良い。そうすれば、恋人のひとりやふたりすぐに出来るはずだ。

 いや……今でも告白はされていると聞くし、作ろうと思えば作れるのか。断っているということは今は仕事が恋人なのか、それとも意中の相手でも居るのか。

 知り合って7年になるわけだが、あまりその手の話をしたことがないな。まあ知り合った当初はそんな話を出来る状況でもなかったんだが。


「ルーク殿、どうかされましたか? もしかして至らぬ点でもありましたか!?」

「いや。料理について言うところはない」

「よ、良かった……ではいったい何を考えていたのでしょう?」

「何故シルフィには男が出来ないのか、ということについて」


 目の前に居る可憐な団長様が盛大にむせる。

 もしも料理や水を含んでいたならば、おそらく俺に掛かっていただろう。唐突なことで驚いたのだろうが、少々驚き過ぎではなかろうか。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫です……失礼いたしました。しかし、唐突に何を仰られるのですか」

「そんなにおかしいことか? 確かに俺からこういうことを口にするのはあれかもしれないが、俺達も結婚していてもおかしくない年だろ」

「それはそうですが……」

「シルフィ、もうあれから7年経つ……」


 魔竜戦役。

 大昔に封印されていた強大な力を持つ魔物。魔物の王とでも呼べる存在である魔竜が復活し、それによって他の魔物の数が増大し動きも活発になった。

 日々多くの命が失われる中、最も被害の大きかったエストレア王国は魔竜を討伐するために異世界から《神剣》を扱える者の召喚を試みる。

 その召喚によってこの地に降り立った異世界人は《神剣》を扱える者だけでなく、数十に上る数が英雄として召喚された。

 召喚された英雄達を先頭にエストレア王国、そして隣国の騎士や兵士などが手を合わせたことにより魔竜を討ち滅ぼした。

 ただ英雄を含めた多くの命が天へと還り、街や畑といった生きるための環境への被害も大きかった。安定した生活が送れるようになったのは、ここ1、2年の話だろう。まだまだ人々の心にはあの戦いの傷跡が残っている。


「まだ全てが終わったわけじゃないだろう。だが人々の顔にも笑顔が戻ってきた。人のために尽くすのも良いが、そろそろ自分の幸せについて考えても罰は当たらないと思うぞ」

「それは……私も騎士とはいえ女ですから、いつかは結婚して子供を産みたいと思います。ですが今はそのような相手もおりませんし……」

「でも告白してくる奴は居るだろ。それに見合いの話も後を絶たないらしいな。まあ片っ端から断ってるらしいが」

「なっ……!? 何故そのようなことをルーク殿が知っているのですか!」

「何故って……」


 このへんは城下でも田舎ではあるが、うちには騎士団長が好きな駆け出し騎士や魔竜戦役を生き残った知人が訪ねて来る。自然とシルフィの話が入ってくるのはおかしいことではない。


「お前は自分が有名人だって自覚はあるのか? ここらに見回りに来る騎士は少ないが、お前に関してはみんなが認知してるよ。息子の嫁に来てくれたらって話をする奥様方も居るくらいだ」

「い……一方的に知るのは卑怯です」


 どこか拗ねたような顔をする騎士団長を見れるのは、数えるほどしかいないのではなかろうか。

 そこに自分が入っていると思うと多少男として優越感が覚える。ただ世間のように嫁に欲しいとまでは思わない。

 性格も良く家事も万能なだけに良い嫁になってくれるとは思うが、身内には厳しい気がする。朝寝坊は許さないだろうし、危ないことをすればお説教。旦那を立てる奥ゆかしさを見せる一方で、並大抵の者では尻に敷かれるだろう。


「大体……本来ならば私よりもルーク殿の方が」

「現実は今だ。仮の話をしても意味はない」


 俺はかつての名前を捨てた。

 魔竜戦役を生き残った者として注目を浴び、政治の道具のようにされるのが嫌だったのも理由ではある。だがそれだけが全てじゃない。

 異世界から召喚された中で真の英雄は、《神剣》を用いて己が全てを掛けて魔竜を討伐したあいつと命を落としてまで誰かを守ろうとした連中だけだ。

 俺のように共に戦った仲間も守れず、ただ生き残っただけの男が英雄であるはずがない。

 それに……名前を捨てたのは俺にとっては決意だ。

 この世界で死ぬまで生きていく。もしも再び戦乱の事態が訪れた時は、使い手を蝕む《神剣》に頼ることなく元凶を討つ。魔剣を打つ鍛冶職人になったのもそのためだ。

 少し緊張感のある空気が流れ始めた矢先、全力疾走していると分かる足音が聞こえてきた。一瞬の静寂の後、勢い良く扉が開かれ騎士の恰好をした少女が中へと入ってくる。


「ルーくんお疲れ~!」


 こいつは魔法で声を拡散させているのか。

 そう思いたくなるほど元気な声が室内に響く。先ほどまでの空気が霧散したのは言うまでもない。


「約束してた1週間経ったけど、あたしの剣で出来た? 出来たよね? 出来てるよね!」

「うるさい。黙れ。帰れ」

「最後のは違うくない!?」


 なら鼓膜を貫くような大声を出さないでくれ。


「もしかして……まだ出来てないとか?」

「バカを言うな。そこのイスに置いてある」

「さすがルーくん! じゃあ早速あたしの相……棒……を」


 俺以外に意識を向けたことで向かい側に座っている人物を認識したようだ。アシュリーの表情が凍るように固まっていく。


「シ……シシシシシシシシルフィ団長!?」

「お疲れ様ですアシュリー」

「お、お疲れ様です! な……何でシルフィ団長がここに? ま……まままままさか!?」


 この狼狽えようと俺とシルフィを行き来する視線。間違いなく突拍子もない言葉が出る気配だ。


「ふ、ふふふたりは恋人!?」


 どこをどう見たらそういう見解になる……いや、若い女性が男の家を訪ねて一緒に食事をしていたらそう見えてもおかしくはないのか。

 しかし、アシュリーは俺やシルフィがどういう間柄なのか知っているはず。

 ならここでそのような考えには至らないのが普通なのではなかろうか。シルフィという予想外の存在に普通の状態になさそうではあるが。


「な……何を言っているのですか!? わわわ私とルーク殿はそのような関係ではありません!」

「で、でもふたりで仲良く食事をしてたんですよね?」

「そ、それは……別に特別なことでは。ルーク殿とは前から一緒に食事を取ることはありましたし」

「シルフィ団長……それは世間一般で言うところの逢引きでは?」

「なっ……!?」


 シルフィの顔は一気に赤く染まる。


「お家デートというやつなのでは?」

「な、ななな……!?」


 追撃によってシルフィの顔の赤みはさらに増し、湯気が出そうなほど彼女の周りの空気だけ温かくなっているように見える。


「わ、私はそのようなつもりで……ルーク殿は昔からの友人ですし、友人と休みの日に顔を合わせたいと思うのは普通のことであって。食事をするのもお互い普段は仕事があるのでゆっくりと話すために……ルーク殿も何か言ってください!」

「料理が冷めるぞ」

「そのようなことを言って欲しいのではありません!」


 料理は冷める前に食べて欲しいと言っていたような気がするのだが。

 そのことを今シルフィに言っても火に油を加えるようなものなので、俺は努めて冷静に落ち着いて話すように促した。その甲斐もあって熱くなっていた騎士達はイスに腰を下ろす。


「それでルーくん、これはいったいどういうこと?」

「何でお前は若干俺の恋人面で聞いてくる?」

「べ、別に恋人面とかしてないし! か、勘違いしないでよね。ただこの現状を疑ってるだけなんだから!」


 あ、そうですか。

 何で唐突にツンデレになったのかは分からんが、憧れのシルフィに予期せぬタイミングで遭遇して緊張していると解釈しておこう。


「そんなことより実際シルフィ団長とかどうなの?」

「どうもこうもただの友人だ」


 誤解されてはシルフィも困るだろうと思いはっきりと言い切る。

 しかし……いつも穏やかな表情を浮かべているシルフィが今は少し不機嫌そうに見えるのは俺の気のせいだろうか。先ほど自分でも否定してたと思うのだが。

 あまりにも冷静に答え過ぎたから女として意識されていないと思ったのか?

 前に女の子というものは女の子として扱われないと嫌だ、と言われたような覚えがある。今のシルフィもそうなのだとすれば納得は出来る。関係性に影響が出そうなのでシルフィが俺を……、とは考えないでおくが。


「もし仮に付き合っているのならすでに周囲に認知されてるだろ。シルフィがこの手のことを隠すとは思えないし、隠せるとも思えない」

「ルーク殿、もしかして私のこと貶してます?」

「確かに」

「アシュリー、あなたはルーク殿の前だと私への言動が普段と少し態度が違いませんか?」


 そういうお前もいつもと違って少し表情が怖いぞ。まあ戦場の姿を知っているからそれに比べると大抵のことは大したことはないのだが。

 穏やかな人間ほどキレた時が怖い。これは本当のことだと断言しておこう。

 マジで戦ってる時のシルフィ団長って怖いから。敵に向ける視線とかまるで刃だし、自分より格段に大きい巨漢だろうと簡単にあしらうからね。過去の大戦を乗り切った騎士様は本当に強いよ。


「ルーク殿、何か言いたいことがあるのでしたら素直に言ったらどうです?」

「さっさと食べないと料理が冷めるぞ」

「ですから……もう、今日のルーク殿はいつにも増して意地悪です」


 正直俺としてはいつもと変わらない態度を取っているつもりなのだが。

 それにしても……駆け出し騎士様の顔は気持ち悪いくらい緩んでるよ。きっと

 ――今日のシルフィ団長、超可愛いんですけど! 拗ねてる感じが超絶萌えるんですけど~!

 なんて内心で叫んでるんだろうな。昔から異世界の人間がこの世界に召喚されていたせいか、オタクが使いそうな言葉も定着している奴には定着してるし。


「おいアシュリー」

「べ、別に何も考えてないから!?」

「何も言ってないだろ。それよりお前も食べていいぞ」

「え、いいの?」

「正直ふたりで食べきれる量じゃない」

「やった~! ゴチになりま~……いただきます」


 シルフィの存在を思い出しのだろうが、今更取り繕っても遅い。

 そもそもの話、今くらい素の状態で居ていいと思うのは俺だけなのか。最低限の礼儀とかは必要だろうが、別に公の場でもないんだし。素を見せた方が距離感は縮まると思うんだがな。


「はい、いっぱい食べてくださいね。お口に合うかは分かりませんが」

「え……も、もしやこれは」

「シルフィの手作りだな」

「誠心誠意、感謝の心を持って食したいと思います!」

「やかましい。座れ。黙って食え」

「座るし声量も落とすけど、おしゃべりしながら食べたい! あっ……食べたいです」


 だから取り繕っても遅いって。

 シルフィも笑ってくれてるんだから素で居ればいいだろうに。まあ恩を感じる相手だからいきなりは無理なのかもしれないが。



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