第2話 「魔剣《グラム》」
あれから1週間。
俺は急ぎの仕事のない日や仕事の合間を利用してアシュリー用の剣を鍛えていた。
今回使用している鉱石の名前は玄武鋼。元々は硬度が高く元の形に戻ろうとする性質を持った魔石であり、それをタタラ製鋼によって純度を高めたものになる。
タタラ製鋼というのは、こことは異なる世界である日本で発展した製鉄法であるタタラ製鉄。それを魔石用に改良したものだ。
魔石はそれぞれ異なる性質を持つためにタタラ製鋼を行うには高い技術を要する。そのため純度の高いものは市場にはあまり出回らない。
また魔石をタタラ製鋼で純度を高くしたものを《魔鋼》と呼ぶ。
これを鍛え上げたものは《
ただ《魔剣》を作るには、使う魔鋼によって異なる鍛錬が必要になる。魔鋼の中には力加減を間違えば木っ端微塵に砕けたり、下手をすれば爆発するものもある。
それだけに鋳型による大量生産が主流である現代では、魔鋼を扱う鍛冶屋は極めて少ない。元々折り返し鍛錬を行う鍛冶屋が少ないだけに魔鋼まで扱う店は世界に数えるほどしかないだろう。
それ故に《魔剣》は一般の武器よりも高価で取引される。
まあ俺は一般的に武器の注文は受け付けていない。だからあまり関係のない話である。
武器を作るにしても知り合いから頼まれた時くらいだし、魔剣ともなれば特別な理由でもない限りは作ろうと思わない。
「……完成だ」
やや大振りの刀身はほのかに大地ような色合いをしており、その重量は一般的な同じサイズのものと比べても倍はあるだろう。
俺は武器を作る場合、派手さよりも実用性を優先するのでこの魔剣もデザイン的には一般的な長剣と変わらない。ある程度魔剣に詳しい者でもなければ、少し見ただけではこれが魔剣とは判断できないだろう。
使い手が馬鹿力でなければもう少し見栄えにも拘れたが……いや、納期的に考えてそれは無理か。
玄武鋼は他の魔鋼よりも硬く、また元の形に戻ろうとする性質を備えている。それを加工するとなると短時間で強い力が必要だ。
アシュリーほど馬鹿力が普段から発揮できるのならば問題ないが、あいにく俺の腕力は一般男性と差ほど変わらない。
だからこの手の魔鋼を加工する際は魔法で身体能力を強化しなればならないのだ。
故に長時間の作業は精神的にも身体的にも普通の鍛冶より格段に疲れる。今日は早朝から仕上げを行っていたため、微妙に眠たくなってきてしまっている。
「まあ……」
仮に寝てしまうにしても、居間でなら誰かが訪ねてくれば物音で気づくか。
完成した剣を用意していた鞘に納め、工房から居間へと移動する。テーブルに剣を置き、窓際にあるロッキングチェアに背中を預けた。
そういえば……まだ朝食を食べてないな。
鍛冶屋を始めてからは基本的に朝昼晩食べるようにしている。だがこの1週間は魔剣を作るために生活習慣が乱れてしまった。早めに戻すべきだとは思うが、疲れた身体は休息を必要としている。
「少しくらいなら……」
…………。
………………。
……………………。
扉を叩く音で意識が戻る。
どうやら気づかない内に眠っていたようだ。窓から見える景色から推測するに眠った時間は長くても1時間というところだろう。
重たくなってしまったまぶたを擦りながら玄関へ向かう。ハイテンションで入ってこないあたりアシュリーではないだろう。近所の人達かはたまた……
寝ぼけた頭の回転をどうにか上げながら扉を開けると、そこには野菜などが入ったバッグを持った銀髪の美女が立っていた。
「お久しぶりですルーク殿」
「……シルフィか」
我が王国の騎士団長様がご来店である。
シルフィの服装はドレスではなく、カジュアルな雰囲気のシャツとスカートだが華やかさがある。この美貌が彼女の人気のひとつの理由だろう。迂闊なことをする輩は腰にある剣で一刀両断だろうが。
「……私服ってことは今日は非番か?」
「はい。ルーク殿は何だか眠そうですね」
「まあな……とりあえず入れ」
「はい、お邪魔します」
シルフィがこの家に来るのは初めてのことではない。
俺が鍛冶職人として仕事をするようになってから定期的に訪れ、料理や掃除をしてくれている。言っておくが、別に俺が頼んだわけでも強要しているわけでもない。シルフィが自分からやりたいと言うので了承しているだけだ。
まあ……男のひとり暮らしだから掃除が行き届いてないところはある。それに剣といった時間の掛かる仕事があると飲まず食わずでやってしまうからそれを見かねてしてくれているのかもしれないが。
ただ憧れの騎士団長様を招き入れていることが周囲に知られたら大変なことになる恐れがある。
シルフィには騎士だけでなく市民の中にもファンは居るだろうし、熱狂的なファンというものは時として何をするか分からない。
俺が住んでいる地域は城下でも田舎であり、近所ともそれなりに親しい関係を築けているから問題ないだろう。だが……これ以上考えるのはやめよう。マイナスな不確かなことを考えても気が滅入るだけだ。
「今日はずいぶんと荷物が多いんだな」
「知り合いの方に色々といただきまして。ひとりだと食べきれないと思いましたので、ルーク殿にも食べてもらおうかと」
シルフィは、バッグを少し持ち上げながら柔らかな笑みを浮かべる。
もしも彼女に憧れや尊敬を抱いている男が見たならば、1発で恋に落とされていただろう。素直にそう思えるくらい魅力的な笑顔である。
出会った頃ならば可愛いだけだったが、年々大人の色気を身に付けつつあることが破壊力を増した最大の理由だろう。
「そうか……ところでここに来ることは誰かに言ったりしたか?」
「特に誰にも言っていませんが……どうかされたのですか?」
「いや、別に大したことじゃない」
ただ俺の身の危険がどの程度あるのか確かめたかっただけだ。
そんなことを言う方が確実に話が面倒な方向に進む。下手をすれば、犯罪者に対する取り調べのように問い詰められるかもしれない。まだ何も起きていないのにそのような展開になるのはご免である。
シルフィは笑いながら「そうですか」と言うだけだった。
こちらが言いたくないのなら聞かないでおこうという優しさなのか、見透かしているがあえて聞かないでくれているのか。どちらにせよありがたいが……少々心苦しい気持ちも芽生える。
「ところで……先ほどから気になっていたのですが、その剣は?」
「あぁそいつか。どこぞの馬鹿力女が頻繁に剣を壊すんでな……」
「えっと……あの子ですか?」
「あいつ以外に心当たりがあるのか?」
「あ……ありません」
ご迷惑をおかけして申し訳ありません、とシルフィが頭を下げる。
正直シルフィから頭を下げられても仕方がないことなのだが、ここを紹介したこととアシュリーの所属している騎士団の団長なだけに責任を感じるのだろう。
「あ、あの……あの子はちゃんとお金とか払ってますか?」
「…………」
「すみません! 私が立て替えます。今度持ってきますので代金はおいくら」
「お前が払うものじゃない」
金銭だけで考えればシルフィからだろうともらった方が良いのは確かだ。
だがシルフィはあいつを甘やかすことが多い。あいつの過去が過去なだけに保護者のような目線になってしまうのは無理もないが、甘やかすだけでは意味がない。シルフィが厳しく出来ないのなら俺がするだけだ。
「シルフィ、お前は仕事から離れるとあいつを甘やかし過ぎだ。分割でもいいから全部あいつに払わせる……何を笑ってる?」
「いえ別に何も」
嘘を吐け。
どうせルーク殿も甘やかしていますね、なんてことを思ってるんだろ。
言っておくが俺は別に甘やかしてるわけじゃない。一括で払う金がないんだから分割払いさせるしかないだけだ。一括で払える金があるならそうしている。
「すみません、謝りますから機嫌を直してください」
「そこまで機嫌を損ねているつもりはない。仮にそう見えるなら寝不足なだけだ」
「そうですか。ではご飯が出来たらお呼びしますのでゆっくりしていてください」
ここで無駄に食いついてこないのがこの女の美点だろう。
昔よりも大人びて母性が感じられるようになってきたせいか、子供扱いされているようにも思える。あまり考えると精神的に来てしまいそうだ。
シルフィは何度も家に来ているし、調理器具の場所などは言わなくても分かる。
ゆっくりしていいと言ってくれたのだから、ここはお言葉に甘えることにしよう。馬鹿力女が後で来るだろうし、来たら絶対に無駄な体力を使うことになるのだから。
「分かった。出来たら教えてくれ」
「はい。では厨房をお借りしますね」
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