第1話 「駆け出し騎士」

 とある日の昼下がり。

 受注していた鎌や鍬といった農具を一通り作り終えた俺は、休憩がてら茶を飲みながら本を読んでいた。城下町の中でも農家の多い北部で暮らしているだけにのどかな雰囲気が流れている。


「ルゥゥゥゥゥゥゥゥク……シュナイダァァァァァァァァァアア!」


 それを見事にぶち壊してくれたのは怒声にも聞こえる女の声だった。

 またか……。

 深いため息を吐きながら本にしおりを挟んで勢い良く閉じる。

 今からの展開を考えれば、ゆっくりと読んでいる時間などない。むしろそんなことをすれば本に危害を加えられるかもしれない。

 何故このように言えるか。

 それは……似たような出来事が今週だけで2度起きているからだ。つまり今回で3度目になる。

 これから来る人物の機嫌もこれまで以上に悪いだろう。適当に相手をしたら今日こそは何か壊されるかもしれない。さほど高価なものは置いてはいないが、物を壊されるのは誰だってご免被るだろう。

 もう一度ため息を吐くと、その直後に盛大に家の扉が開かれた。


「壊れたんだけど! 盛大に壊れちゃったんですけど!」


 開口一番がこれである。

 主語を付けろ主語を。多少付き合いがあるというか、これまでに何度も経験した展開だから理解できるが初対面の奴なら「何だこの客……めんどくせ」と思われるだけだぞ。

 まあ……何度も顔を合わせてる方がその数倍面倒臭いと感じるんだがな。

 家に入ってきた人物の名前はアシュリー・フレイヤ。俺の記憶が正しければ、今年で17歳になる明るい金髪の娘である。

 顔立ちは悪くないし、大きな青い瞳は人の目を惹きつける。肩まで伸びた髪も手入れはされているし、軽装備で隠れている胸やお尻も大きい。アシュリーのことを良いと思う男はそれなりに居るだろう。

 ちなみに俺は……ありかなしかで言えば、なしだ。

 見た目はともかく顔を合わせれば合わせるほど構ってちゃんになっていくのが実に面倒臭い。


「もう、どうしてくれんの!」


 アシュリーはこちらに急接近しながら腰にある剣に手を掛ける。

 騎士という仕事をしているだけに剣を装備していることは問題じゃない。だが俺は刀剣も扱うことがある鍛冶職人ではあるが、分類的には民間人。

 民間人相手に剣を抜こうとしている騎士は職務的にどうなのだろうか。

 剣の状態を見せようとしているのだとしても斬りかかりそうな勢いでやる必要はない。


「こう何度も壊れると公務員のあたしでもお金なくなるんだけど。金欠になっちゃうんだけど!」

「…………」

「ちょっと聞いてる? 聞いてるのこの二流鍛冶師!」

「……知らん」

「知らんって……この剣を見ても同じことが言えるの!」


 目の前に出された剣は、見事なまでに刀身の中程から折れている。

 ただ折れた部分を見る限り何か鋭いもので切断されたわけではなく、強い力を加えられて強引に曲げられたように思える。


「この剣を打ったのはルーくんだよね。一度思いっきり振ったら壊れるってなまくらもいいところなんだけど! お金返して、もしくは代わりの剣をちょうだい!」


 何て図々しい女騎士だろうか。


「……確かに上質な素材は使ってない」

「じゃあ」

「だが、手を抜いたつもりもない」


 鋳型に流し込んで作ったならともかく、俺は折り返し鍛錬を行って一振り一振り作り上げる。

 アシュリーから受け取った金額と納品時間に合わせ材料は安物になってしまったし、即席で鍛えたが故に渾身の一振りではないのは認めよう。

 しかし、それでもそのへんの鋳型に金属を流して作ったものより丈夫なのは間違いない。それが一度振っただけで壊れるというのは、俺ではなく使う方に問題がある。


「それが一度で折れる? ふざけるな。どう考えても俺ではなくお前に問題があるはずだ」

「そ、そんなこと!」

「どうせまた……自分が馬鹿力なのを考えず思いっきり振って、それが命中せずに岩か地面にでもぶつけたんじゃないのか?」

「う、うぐ……!?」


 何て素直な人間なのだろう。

 あと数年すれば20歳になるというのに全く自身の感情を制御出来ていない。就いている職業的にも嘘を吐く人間と接することも多いだろうに。こんなんできちんと仕事が真っ当できるのだろうか。


「大体知り合いだから特別に格安で剣を打ってやってるっていうのに……それを週に何度も壊され、怒声を浴び、泣きつかれて仕方なくまた剣を打ってやっている相手に向かって二流だと?」

「そそそそれは……」

「貴様には感謝って気持ちがないのか? この三流騎士が」


 冷ややかな視線と共に言い切ると、徐々にアシュリーに灯っていた炎は沈静化し始め……ゼロを超えてマイナスまで振り切ってしまい目には涙が浮かび始める。


「だ、だって……あ、あたしまだ騎士になったばかりだし。さ、三流なのは認めるけど……で、でも」

「でもじゃない。駆け出しだろうと何だろうと剣を壊してるのはお前自身だ。それを毎度の如くの人のせいにして……」

「うぅ……」


 目には大粒の涙が見える。

 正直何度も似た光景を見ているので言おうと思えばまだまだ言える。だがあの一言でも今のトーンで言えば、高い確率でアシュリーの涙腺は崩壊するだろう。そうなれば盛大に泣き散らすかもしれない。

 ここら辺は田舎だから近所といってもそれなりに距離はある。しかし、こいつは剣の扱いは三流でも大声だけなら一流だ。誰かに聞かれる恐れは十分にある。

 うちに来る客の大半はこのへんで農家を営んでいる人達だ。

 アシュリーが怒鳴りながらうちに駆け込んで行っている。そういう光景は何度も目にされている。

 だが俺は騎士にも知り合いがいることは近所の人も知っているだけに今のところ客足に影響は出ていない。

 でも年下の女を泣かせたとなれば……多少なりとも悪い噂が立つ可能性は高い。

 騎士のような公務員と違って鍛冶職人は受注がなければ収入もない。客足が減るのは困る。ここは俺が大人になるしかないだろう。


「はぁ……そもそもだ。騎士なら申請すれば新しい装備をタダでもらえるはずだろう。何でわざわざ金を払ってまで俺の剣を欲しがる?」

「そ、それはその……ルーくんの剣はシルフィ団長も使ってるし、シルフィ団長が紹介してくれたわけだし、だからここのを使わないとシルフィ団長に悪いというか。シルフィ団長と話せる機会が減っちゃうというか……あぁ~シルフィ団長~♡」


 シルフィ、シルフィ、シルフィ……と実にうるさい。

 まあとりあえず今の言葉を要約するとだ。あいつと話すための口実が欲しいだけであって、純粋に俺の剣が欲しいというわけではないということになる。

 元々シルフィの紹介だったから剣を打ってやったわけだが……もうこれ以上こいつに剣を打つ必要はないのではないだろうか。もらってる金額も一般と比べたら格安なわけだし。

 ちなみに先ほどから出ているシルフィだが、本名はシルフィーナ・ラディウス。この国――《エストレア王国》の第1騎士団の団長様であり、アシュリーの上司に当たる。

 銀色の髪を靡かせる姿は見る者の心を掴み、穏やかな物腰は話す人の心を溶かす。ひとたび剣を抜けば並み居る猛者を容易く蹴散らし、その姿を見た者に憧れを抱かせる。

 まさに騎士の中の騎士というべき存在だ。

 故にアシュリーが憧れるのは理解出来るし、髪型を似せるのも分かる。

 だが……今しているようにまるで二次元を愛でるオタクのような言動はいかがなものだろう。共感できる人間ならともかく共感できない俺からすると変人にしか見えないのだが。


「キモい。帰れ」

「ちょっ!? 確かに少し気持ち悪いかなって思ったりもしたけど、そこまでばっさりと言わなくてもよくない? シルフィ団長への愛を現しただけなんだし!」

「なら俺の前でなくあいつの前でやれ。俺にされても迷惑なだけだ」

「ぐ……そうだけど。そうだけども……本人の前だと緊張しちゃって上手く喋れないし」


 その言い分だとあの気持ち悪いテンションの時が上手く喋っている状態になるのだが。

 もしそうなら個人的にお前は今後上手く喋る必要はないと力強く言いたい。その方が俺だけでなく周囲にも都合が良いはずだ。

 泣きそうな雰囲気はなくなったし、相手をするのがバカらしくなってきた。

 ここ最近は評判が良くなったのか客足も伸びて個人的な鍛錬は出来てなかったし、今日は久しぶりにやってみるか。アシュリーと話すよりよっぽど有意義な時間を過ごせるだろうし。


「ちょちょちょちょちょちょ! ルーくん、どこに行こうとしてるの?」

「工房」

「え、あたしの剣作ってくれるの!」

「いや」

「上げて落とされた!?」


 いやいや、そっちが自分の都合の良いように考えただけだからね。被害妄想するのはやめて。


「何で作ってくれないの~、あたしとルーくんの仲じゃん」

「しがみついてくるな、服が伸びる。大体作れ作れというが……お前、金はあるのか?」

「そ、それは……後払いか分割、または付けでお願いしたいかなぁ~と」

「うちは先払いが基本なんだが? ……まあそれは置いておくとして、希望する納期は?」

「出来れば今日中! もしくは明日までかな」


 こいつは叩き上げ鍛錬を行う鍛冶の大変さを考えてくれてないんだろうな。

 まあ今の世の中、大量生産に向いてる鋳型鍛冶がメジャーだから理解しろという方が無理なのかもしれない。理解するには実際にやってみるしかないだろうし……やってみる?

 待てよ……こいつの馬鹿力があれば、あのクソ硬い鉱石を短時間で加工出来るかもしれない。

 今後のことを考えるとやってみてもいい考えだ。

 たたアシュリーの馬鹿力が俺の予想を超えていたり、加減が上手くできない場合、下手をすると工房が壊れる恐れがある。

 それを考えると俺ひとりでやった方が安全な気も……


「お願いだよ~ルーくん。あたしのためにさ~♡」

「……ダメだ」

「鬼、悪魔、おたんこなす! 大人ならもっと子供に優しくしてくれていいじゃん!」


 どこが子供だ。どこもかしも十分に育ってるくせに。


「早とちりするな三流。剣は作ってやる」

「え……マジ?」

「マジだ。今度は簡単には折れないように硬度の高い鉱石で作ってやる。その代わり……」

「その代わり?」

「加工するのに時間が掛かるからせめて1週間は待て」


 正直農家から入ってる仕事もあるし、これから入ってくる可能性もあるから1週間でやるのはきつい。

 とはいえ、アシュリーの仕事は騎士だ。駆け出しだからそれほど危険なことは任されないだろうが、それでも一般の仕事と比べると危険は多い。

 それだけに戦場で剣を折ってしまってチーン……なんて流れになったら非常に目覚めが悪い。多少生活習慣に影響が出るかもしれないが、まあそこは知り合いのよしみということで頑張ってやろうじゃないか。


「本当!? やった~ありがとルーくん、大好き!」

「えぇい、引っ付いてくるな。鬱陶しい!」

「照れない照れない~」

「誰がお前みたいな小娘に照れるか」

「真面目なトーンでそういうこと言うな! あたしだって傷つくときは傷つくんだから!」


 余計に抱き着いてくるアシュリーとの格闘はそれからしばらく続いた。

 小娘とはいったが身体だけならそのへんの大人よりも育っている。俺もまだ今年で24歳。異性に抱く欲求というものはそれなりにある。

 故に大変なのだ。

 本気でホールドされれば女性の柔らかさを感じることは出来るだろう。だがその一方で、馬鹿力によって身体が悲鳴を上げる。ある意味天国と地獄、いや一度痛みを覚えれば地獄に傾く。故に地獄でしかない。

 だから切に願う。

 この馬鹿力騎士が早く恋でもして過度なスキンシップを取らなくなることを。



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