私的な魔剣鍛冶《グラムスミス》 ~駆け出し騎士と魔剣鍛冶~
夜神
第0話 「消えない過去」
そこは地獄だった。
空はまるで流れた血が気化して染めたように赤黒い。四方八方には人間やエルフ、獣人といった戦って死んでいった骸が散乱している。
これまでに多くの血が流れた。
それでも魔物達の進行は止まらない。同族が何体消えようと彼らの王である《魔竜》が居る限り、人々の命を刈り取ろうと戦い続ける。
戦場の至るところから悲鳴や断末魔が響く。
だが助けに向かうことは出来ない。俺の目の前にも無数の魔物が存在しているのだ。俺がここで食い止めなければ、後方に控える多くの命が蹂躙されることになる。
唸りを上げる剛腕。迫り来る牙。灼熱の火の息。槍のような氷のつぶて。
多種多様な魔物がそれぞれの武器で俺へと襲い掛かってくる。何度も訪れる死線をギリギリのところで潜り抜けながら、手にした刀で一刀のもと斬り捨てていく。
斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る……。
得物が斬れなくなるまで。斬れなくなればそれを捨て、戦場に落ちている得物を拾って。ただただ眼前の魔物を抹殺していく。
――あと何体殺せばいい?
その問いに対する答えをくれる者はいない。
ここに居るのは俺ひとり。この場を任された兵士は俺を残して死んでしまった。
今日顔を合わせた者。この世界に召喚されてから何度も顔を合わせてきた者。その全てが今となっては言葉を発しない肉の塊となっている。
――何が……何が《英雄》だ。
この世界に召喚され、英雄のひとりとして戦い続けてきた。
それで助けられた命は確かに存在している。だが、守れなかった命もある。
それに……傍に居る者も守れなかった奴が英雄と呼べるのか。今回の戦いは魔竜との最終決戦。死闘になるのは分かっていた。
それでも……共に戦う仲間を全て死なせた俺が英雄なのか。英雄と呼べるのか。
――俺は認めない。
たとえ人が俺を英雄と崇めようと、俺は断じて英雄なのではない。真に英雄であったなら今も俺の隣には仲間達が立っていたはずだ。
俺は、自分の身しか守れないただの人間。英雄ではない。
ただそれでも、自分を英雄だとは認められなくてもこの場だけは死守する。
それが英雄として召喚された者の使命。散っていた者達へ捧げられる唯一の手向けだ。
その想いがあるからこそ、体内にある魔力が枯渇気味で体力が底を着きそうな身体でも動くことが出来るのだ。
――死ねない。まだ死ねない。
まだ戦っている奴が居る。
俺よりも苦しい戦いに臨んでいる奴が居る。
自分の身を犠牲にして平和をもたらそうとしている奴が居るんだ。
――動け。動け。動け。
平和のためだとかそんなことを考えなくていい。ただ目の前の敵を倒すため。それだけを考えて動き続けろ。
それが結果的に平和へと繋がる。仲間達に応えることになる。
剣を、槍を、斧を……無数の得物をひたすら振り続けた。魔物を命を刈り続けた。
辺りに立っている者がいなくなるまで。血の海のように大地を赤く染めるまで。
耳に届くのは自分の荒くなった息遣いのみ。先ほどまで響いていた悲鳴などは聞こえてこない。
――他は勝ったのか。それとも負けたのか。
それを確認する余力どころか、もう1歩も動ける力は俺に残っていない。それどこか少しでも気を抜けば、一瞬で意識を失うほどに消耗している。
それでも手にしている得物を杖替わりにして立ち続けるのは、英雄として召喚された者としての責任か、それとも守れなかった命への贖罪か。
だが戦える力なんて残ってはいない。
次に魔物が現れた時、それが俺という人間の最後だろう。
今思い返せば、召喚された人間の中でも俺は戦いにおいて特別な才能はなかった。それを考えればよくやった。よくやったが……
直後――。
遠くで神々しい光の柱が闇に覆われた空を穿つ。
それは聖なる光。神剣によって放たれた魔を滅する力だ。
血塗られていた世界を照らすその中には、王として君臨していた魔竜の姿があった。だが力強く輝き続ける光に浄化されていき、魔竜は姿を消していく。
美しい。
戦いの終焉を告げたその光を誰もがそう思ったに違いない。
だがそう思うのは当然だ。あの光は浄化の光であるのと同時に生命の輝きでもあるのだから。
神剣から放たれる光は使い手の命。故に使い手は力を使えば使うほど寿命を減らす。あれだけの力を使った者は、間違いなく空へと還る。
誰よりも人のために戦った英雄は、自分を犠牲に世界を守った。
そう後世には伝えられ称賛されるだろう。神剣の使い手になりたいと夢見る者も出てくるに違いない。
大を生かすために小を犠牲する。
それが間違いだとは思わない。そういう決断をしなければならない場面は確かに存在している。
だがそれでも、小も犠牲にしない選択は常に模索しなければならない。それが最善の選択なのだから。
王の目覚めによって活性化した魔物と人間達の戦い――《魔竜戦役》。
これによって散った命は数知れず、人々の心を大きな傷跡を残すこととなった。
しかし、生き残った人々は生きていかなければならない。
生きたくても生きられなかった命。自分達を守るために散っていった命があることを知っているのだから。
故に俺も生きていく。
英雄ではなく地獄を生き抜いたひとりの人間として。
再び世界に闇が訪れた時、小を犠牲にしない選択を生み出せるように。
それを生み出すために俺は、元々の性質や魔力を用いることで力を発揮する武器《
あの地獄は、7年経った今でも度々夢に見る。
その度にあのとき決めた想いを再確認するのだ。自分の手が真っ赤に染まっていることと同時に。
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