草、むしって来い。

タッチャン

草、むしって来い。

この小さな町のある通りには、誰の為に24時間も営業してるのか分からないコンビニがあり、その向かいには何故潰れないのか不思議な、個人で経営してる薬局もあり、その隣でアルコール依存性の者達が毎日やって来る酒屋が繁盛していて、その向かいにはオシャレとは程遠い靴が山の様に積み上げられた靴屋がある。

そしてその通りを北に少しだけ歩けば、ひっそりと、だが知る人は知る、洒落た有名なバーがあった。

あった、と言うのはそのバーは1年前に店を畳んでしまったからだ。

とあるちょっとした事件がきっかけで店を畳む事になるとはバーの店主も思ってなかっただろう。

この話は些か、不運な出来事の連続であった。


バー「クロッカス」は生前、毎夜常連客で賑やかだった。他のしみったれた雰囲気のバーとは違い、

「クロッカス」は照明の灯りは他の店と何ら変わらないが、とても明るい雰囲気だった。

その原因は底抜けに明るい性格の店主にあった。

彼の前で暗い表情をして酒を飲もうものなら、彼はカウンター越しに近づくと、目の前で変顔をするのだ。それを見た者は突然の事に驚き、店主の顔に酒を吹き出すか、

優しく微笑んだ後、会計を手早く済ませ、2度とこのバーの扉を開く事は無くなるかのどちらかであった。

幸いな事に前者の方が圧倒的に多かったのだ。

狂った様に明るい店主は口癖の様に言った。

「人間いつ死ぬか分かりませんよ。だからさ、

 今この一瞬を最高に楽しみましょうよ。」と。

そんな彼の人柄に惹かれて、客はお構い無しに酒をたらふく飲み、財布から札束が「クロッカス」の大きい口の中へ飛んで行くのであった。


ある時、深夜に店を閉めて店主は誰も居ないカウンターの椅子に腰掛け、珍しく悩んでいた。

店が繁盛するのは嬉しい反面、1人で沢山の客を相手するのは厳しいものがあったのだ。

ピークの時は長い間、酒の提供も遅れてしまうし、

沢山の客が一斉に話し掛けてくるしで、店主の心は疲弊しきっていた。

「もう1人いたらな…」と呟いた瞬間、閃いた。

バイトを雇えばいいと。早速知り合いに手頃な人間が居ないか聞いて回った。夜中の3時を過ぎている事実なんて彼には関係なかったのである。

言うまでも無いが、店主の電話に目を覚まされた友人達はひどく不機嫌だった。

そして次の日の昼頃に若い男が彼の元に来る。

これが不運の始まりなのだ。


そこそこ顔立ちのいい若者は言った。

「いやー先輩からこの店手伝えって言われましてね。

 まぁこれからよろしくお願いしますわ。」

店主はいつもの様に笑顔を作っていた。だが心の中では鬼の形相で若者を吟味していた。

(言葉使いがダメだな。今時の若者といった所か。

 どうする、こいつを雇うか?出来れば勘弁して欲

 しい。だが、こいつ以外に居ないし……)

彼は苦渋の決断を下した。

「これから宜しくね。早速これに着替えてね。」

若者は言った。「へーい。」

見た目や言葉使いとは裏腹に、若者は教わった仕事をそつなくこなす事が出来る優秀な者だった。

店主はそのギャップにひどく心打たれた。

「凄いね、もう覚えたの?若いっていいなぁ。」

若者は言った。「あざーす。」

一通り仕事を教えた店主は言った。

「このお店はね、夜の7時から開けるんだ。

 まだ3時間も空いてるから飯でも食いに行く?

 それと、表のドアから出入りしてね。裏から出な

 いようにね。」

若者は言った。「ごちでーす。」


その夜、バー「クロッカス」はいつも以上に賑やかだった。常連客の興味の対象は初めて見る若者に降りかかったのだ。

無駄の無い動きで酒を作る彼を客は感心していた。

だが次の瞬間、店主も、客も、皆固まった。

若者はシェイカーを口に運ぶと中の酒を飲んだ。

店主の叫び声は店の外まで響いた。

「何やってるの!?えっ、ほんと、ダメだよ!」

若者は言った。「すんませーん」


若者の奇行はこれだけでは無かった。

客の前で突然タバコを吸う、注文されたチーズの盛り合わせの半分を食べる、女性客をナンパする、等々。その日それらの行動を見た店主は叫び続けていた。彼は心の中で思った。

(よし、クビにしよう。初日だけど関係ない。

 あっ、待てよ、クビにする前に店周りの草を刈っ

 てもらうか。綺麗にさせよう。こんなやつでも、

 草むしり位出来るだろう。)

「もう店の事はいいからさ、草むしって来い。

 店周りを綺麗にしてきてよ。そこにライトがある

 からそれ持って、そっちにごみ袋があるから。」

若者は言った。「へーい。」


そして30分後、若者は草でいっぱいになった袋を店主に見せて言った。

「何です?これ。店の裏に生えてたけど。」

その袋を見て、「クロッカス」の店主は叫んだ。

バー「クロッカス」が潰れた原因は若者の奇行では無かった。

沢山の客がいる前で叫んだ店主の一言だった。

「俺が育てたマリファナが!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

草、むしって来い。 タッチャン @djp753

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る