第9話 綺麗なものは見えた
「頼むから、やめてくれ。」
目の前の青い、青い、鋭い目が私を睨む。
「俺の前から、消えろ。」
長い前髪の隙間から、いつもは見えない左側の顔が見える。
赤黒い皮膚。
怖かった。
「あ……」
しかし、それ以上に楓の方が、どこか怯えたように、こっちを見て肩が震えていた。
私はこれまでの自分の行動を振り返る。
・・・
飲み屋で、私は酔いつぶれた。
目が覚めると知らない部屋にいた。
常夜灯がうっすらと部屋を照らしていた。
広くはないが、狭くもない、何も無い部屋だった。
ソファベッドのようなところに私は寝ていた。何も無いと思ったが、ソファの前の机には、コーヒーメーカーと、いくつか雑誌が床にあった。
「……私……楓と飲んでて……どこ?」
トコトコと部屋を歩く。今の扉を開けると廊下があり、その廊下は短く玄関までのびていた。
廊下の左側には2つのドアがあった。
そして、手前の部屋の扉の下から光が透けていた。
扉を開ける。
そこには洗面台があり、左側には浴室の扉があった。光は浴室の電気のようだ。
しかし、シャワーの音や物音はしない。
「楓……?」
扉をそっと開けようとするが、ガチャりと大きな音がしてしまった。
何故か私は、少し、焦った。
しかし、浴室の中には、彼がいた。
お湯ははってない、浴槽の中で、彼は眠っていた。
(楓……いた……よかった。)
ソローりと近寄る。
楓は背が高い。だから、彼は腕を組み、脚を折り曲げ、浴槽は狭そうだ。
私は楓の顔をのぞき込む。
すやすやと寝ているようだが、どこか寝苦しそうな顔だ。
「楓、起きて」
声をかけるも、彼は起きなかった。
でもこのままでは、彼は腰を痛めてしまいそうな体勢だし、起こさなくてはと、彼の耳に顔を近づける。
すると、顔のガーゼが剥がれかかっていた。楓はこの顔の傷を隠すガーゼをいつもは張っている。私は、見られるのが嫌なのかなと思い触れなかった。
「かーえーでー」
ぴくりと肩が動いた。そして、楓の青い瞳がこっちを向いた。
「ああ、、、起きたのか?」
どきり。
いつもと違う、眠そうな、優しい声に私の心臓は跳ねる。
「う、うん。起してごめんね…でも、なんで浴槽にいるの?」
すると、彼は私を呆れたように見上げる。
「……はぁ。お前、馬鹿だな。今何時?」
「バカって……酔い潰れたのはごめんなさい。時間はわからないや。」
彼はそうかと、短く返事をしてムクリと立ち上がった。そして、腰を伸ばして窮屈そうだった四肢を伸ばす。
すると、動いた拍子にペラっと剥がれかけていた顔のガーゼがはがれた。
「あ」
「あ」
私は咄嗟に後ろを、向いた。
見られたくないだろうと思ったから。
「あ、楓!違うの!私、楓がいつも見られたくなさそうだから、見ないようにって!ごめん!見てないから!」
声が浴室に響き渡る。何を必死に弁解しているのかわからなかったが、嫌われたくなくて一気に話した。
「……いや……。……お前さ、俺が怖くねぇの?」
「え?」
「この顔はさ、俺が5歳の時、事故にあったんだ。その時の火傷だ…醜いだろ。」
「見、見たことないし……わからない。」
「……お前は、こんな俺を綺麗って言えんのか。」
ひたり
肩を掴まれる。
くるりと、楓の方を向かせられた。目の前には青い瞳。そして、いつも見えなかったガーゼの下の赤黒い皮膚。
おそらく、私の眼球はきょろきょろとしているだろう。
怖さよりも、醜さよりも、私は楓から肩を触れられたことで心臓が高鳴っていた。
そして、彼は『醜い』と言うが、私には彼の顔も、皮膚も、すべて楓の付随物でしかないのだ。
その醜さが、あのお城の世界を作ったのだとしたら、それすらも愛おしく感じる。
「楓は、楓だよ。」
私は、初めて楓が私のことを見つめているように感じた。
彼は、私を、私の中身を、心を、見ているように見つめる。
「……俺が聞いてるのは、俺が、綺麗と、思えるのかってことだ。」
「綺麗だよ。」
「……てめぇ」
即答した私を疑っているように、彼は私を睨む。
「…頼むから、やめてくれ。」
前の青い、青い、鋭い目が私を睨む。
「俺の前から、消えろ。」
長い前髪の隙間から、いつもは見えない左側の顔が見える。
赤黒い皮膚。
これまでのことを私は振り返る。
出会った時も、彼は怯えていたようだった。
私が、私を汚いと思うように、彼はきっと自分自身を『醜い』と思っているのだろう。
そして、自分が本当はかわいくてしょうがないのに、『醜い』ために、かわいがれないから嫌いなのだ。
それがバレてしまわないか、醜いと言われないか、怖かったのだろう。
「あ……」
楓の方が、どこか怯えたように、こっちを見て肩が震えていた。
彼の方が、私を怖がっているのだとわかった。
いつだってそうだった。
「楓は、綺麗だよ」
彼はきっとそう言われたいように感じたから。それに、私は嘘はついてない。
本音であることを伝えるために、付け加える。
「あのお城の世界を作った楓の一部でしょう。」
楓は、驚いたように、瞳が動く。
呆れたように、あきらめたように、笑っているようだ。
「ぶれねーのな。」
「私も聞いていい?」
「あん?」
「私、綺麗?」
まるで口裂け女のようなセリフを言ったなと思った。くすりと笑いそうだった。
私は、汚い。
小さい頃も、汚いと言われたからだろうか。ずっと、綺麗になりたくて、仕方が無いのだ。
人の悪意も、裏切りも、もう嫌だ。
それがない世界を、彼は作っている。心に、ちゃんと持ってる。
彼は綺麗だ。
私にはもうない、純粋さと、世界を持ってる。
そんな楓に、綺麗と言われたら、どんなに私は綺麗になれるだろう。
「お前は、もっと飛べるよ。」
「……はい?」
予想外の言葉が、帰ってきた。拍子抜けして間抜けな声が出た。
「飛び方を知らないだけだ。」
「…ちょ、聞いてた?はなし。」
「お前が綺麗かは、わからねぇよ。そして、俺はお前を綺麗にはできねぇ。」
「え」
私は目の前が真っ暗になった
これまで楓は私を綺麗にすると約束はしていない。だから、嘘で言ってるのではないとわかった。
でも、私にはそうするしかもうないのに。
どうしたらいいのかわからかった。
「お前は、鳥だよ。」
「え……鳥?」
「ああ。鳥は飛べる。どこまでも。でも、枝やビルにぶつかったりして怪我をしたら飛べなくなる。それでも、彼らは飛ぶしかないからその怪我を庇うことを知らずに飛ぼうとする。」
「……」
楓の青い瞳が、私を見つめる。
そして、彼は私の肩を掴んでいた手を、私の手に重ねる。まるで、私の手が鳥の翼と言うように。
「だから、その翼は痛いんだ。飛び方も不格好になる。それでも、痛みを知ってる鳥は強い。痛みも、怪我をする怖さも知ってるから前よりは遠くに飛べないかもしれない。それでも、前よりは高く飛べるはずだ。もう枝やビルにぶつからないようにってね。」
「……だから、子供なの?」
「ああ。いつまでも失敗を引きずるな。お前は、新しい飛び方を知ればいいだけだ。お前は、汚くないよ。必ず、もっともっとたかく飛べる。」
「……っ」
「撫子。撫子の力で、綺麗になれるよ。」
楓が私の手を強く握った。
「……ありがとう。」
楓が優しく、笑いかけた。
私も、優しく笑い返した。
私は、綺麗なものを求めていた。
楓は、綺麗なものだ。
綺麗なものを集めて、いっぱいにすれば、私も綺麗になれると思った。
でも、
かわりに、教えてくれた。
自分の力で、綺麗なものになれることを。
私達はそのままキスをした。
自分を理解してくれている相手が、ただ愛おしかった。
2匹のカラスは宝石が嫌い。 真風呂みき @mahuromiki
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