第4話 激動襲撃

「エルバイト家……リード・エルバイトという立派なご老人が、身寄りのない人々を何年もの間、引き取り続け、人を助け続けた結果発展した家……だと聞いたことあるな」


聞きかじった知識は曖昧なので、多少良い方向に盛った気もするが、セーラから返ってきた上機嫌な声色的に間違いではなかったらしい。


「なーに、もう。知ってるやん石ころさん。そうやね、リード・エルバイト……じいちゃんは、一人では生きていけない子供達を助けて、それでみんなに居場所をくれるんよ。皆は家族だって。だから、うちらはみんなじいちゃんの力になりたい……夢を叶えてあげたいって。そのためなら、何でもする」


「ん?」


優しい彼女の口調に、安堵していたが夢ときたか。

それにここまで強い思い。

そんな家族もあるのか……。


「なのに、はぁ〜あ、はあああ〜」


セーラは二度、大きくため息を吐く。

この状況にうんざりしているのだろう。

そりゃそうだ。

誘拐、そして監禁。


「うちは、今回の舞踏会でじいちゃんの力になってくれる旦那様、運命の人、捕まえるつもりやったのになぁ〜」


セーラは残念そうにぼやく。


「そんな目的があったのか」


「んん?ガーランサスの優秀な人、血筋のすごい人らが集まるお城での舞踏会なんよ?みんなそうするやろう普通。うちは、他の兄弟のみんなみたいに、取り柄がないから、優秀な旦那様をエルバイト家に連れて帰る……そんくらいしかじいちゃんのためにできんのよ」


「初恋の人とダンスはいいのか?」


景護がからかい半分で投げた言葉に、セーラは唇を尖らせる。


「うち、人を見る目は自信あるんよ!うちが惚れた男は、じいちゃんの力になってくれる人に決まってる!あー、こんなところでいる場合じゃないのに〜」


彼女は、拘束された手に振り回すような気配がする。

自力でどうにかなるものなら話は早いが、そうもいかないこの現状。


身体のない石ころは思考を巡らせる。


「さて、どうしたものやら」






……


……




「それでぼうや、どうするの?」


マリンの青い瞳が興味深々といった感じで覗き込んでくる。

娘の危機で冷静になれていないガロック、どうしたらいいのか困惑しているウィード。

二人の貴族のおじさま方に比べて、彼女は余裕と好奇心が見える雰囲気だった。


「この首都ガーランサスは、縦に長い建物も少なくなく、空の敵を仰ぎ見て攻撃するのは難しいかつ、翼竜にさらわれている少女も無事助けなければならない。……なので、狙撃します。射線を遮るもののない高さから」


「馬鹿め!一番高い城の監視塔を登る時間などあるか!娘が喰われてしまうわ!それに、狙撃だとぉ!?貴様は娘を……パスルを生きたまま助ける気がないのか小僧!」


食って掛かってくるガロックをなだめるために、両手をかざしながら景護は説明を続ける。


「弓さえ調達すれば、仲間に協力してもらって必ず助けますって。ちょい無茶をしますが、俺の能力には……」


『ダメです』


「ん?セツハ?」


突然、この場にいないセツハの声が直接脳内に響く。


『景護様のその作られた身体には、恐れながら体調の管理のために交信、探査用の式神を憑依させていただいております。ですので、そちらの状況はおおよそ掴めております。紫電鎧鋼しでんがいこうを使い、お城を足場とし、跳躍なさるおつもりでしょうが、それはできません』


いや、お前、報告もなくそんなもの仕込んでいたのかよ。

……今までの行動も見られてたって、おいおい。

戸惑う間にも、セツハの説明は淡々と続く。


『体に宿る二つの力。身体能力を強化する「赤き鋼鉄」と魔力を強化する「青き稲妻」。二つを同時に使う「紫電鎧鋼」……景護様を大幅に強化するこの状態ですが、今は不完全なその身体。わたくしの計算では、城壁を駆け上がっている間に、お体は崩壊なさるかと』


……自分一人では厳しいと。

彼女は理論的に、言葉を並べるが本位は別にあると声色から推測できる。

こちらの身を案じている。

それに、無茶をさせたくないのだろう。


「わかったセツハ。それは使わないから、ナビを頼む。それから、リンに伝えてくれ……うおっ!」


セツハとの通信に気を取られて、急な足払いに反応できず、転びそうになるが片手、片膝をつき、床に寝転がるのだけは何とか回避する。

だが、その背中に柔らかい感触。

重さと共に上から声が降ってくる。


「は?ガキを助ける手助けをしろってのか?このアタシに?」


空間転移。

この世界では生きたまま物体を転移させる魔法は、基本的に行われない。

転移後の保証が確実なものではないからだ。

だが、この女性はそれを容易たやすく行う。

この緑髪のエルフは……。


「く、空間転移だと……!緑髪のエルフ!貴様、『業火イグナイト』か!?ギルドの下っ端なら、私の命令を……」


「あ?」


「ヒッ」


リンの一睨みでガロックは黙ってしまう。

それを見ていたマリンが小声で驚いたように漏らす。


「ギルドに所属するエルフのリン……『業火イグナイト』といえば、ギルドで最強の魔法使いの一人じゃない。気まぐれで、周りを焼き尽くす狂人って噂なのに、もう、ガロックったら。下っ端だなんて」


突然の来訪者に、部屋の空気が凍り付く。

だが、景護はお構いなしに自分の背を椅子にしているエルフに文句を投げる。


「おい、重いぞ」


「はぁ!?ケーゴお前、鍛錬が足りてないんじゃねぇか?灰にするぞ?」


「はいはい、繊細な乙女心を傷つけて申し訳ありませんでした」


「……っ!!よし燃やす」


『お二人とも!時は一刻を争います。……本題に』


「チッ」


リンの舌打ちが聞こえる。

あいつにもセツハの声は聞こえているらしい。

まぁ、この俺とセツハの通信システムも魔法の実力者である彼女が絡んでいても不思議ではない。


「んで、ケーゴ。アタシに頼みということは、あの翼竜達を消し飛ばせばいいのか?小娘ごと」


「……ッ!ふざけるな!貴様、上手くトカゲだけを倒したり、……く、空間転移で救助とか、どうにか、おできにならないでしょうか?」


ガロックの怒鳴り声は、リンの鋭い眼光のせいで尻すぼみになっていく。

……彼女は睨んでいるつもりはないのかもしれないが。


「あ?無理無理。魔法で焼くにしろ、転移で空中戦を仕掛けるにしても、アタシはあのガキを巻きこまなずに処理しろなんて、めんどくさすぎる」


「ぐぅ……」


唸るガロックの声は、苛立ちを含んでいた。

娘、父親。

当然か。

ならば彼とそのお嬢様のために、解決の手を打とう。

この身が、どうなろうとも。


「……リン、聞いてくれ」





……


……



頭の中で組み立てていた手順。

作戦というには単純だが、これでどうにかなるはず。

……俺次第だがな。

説明を終えた後、黙って聞いてくれていた皆は各々動きだす。


「頑張ってね。僕は役に立たなそうだから、医者の手配と薬の用意をしておこう。部屋にある薬草も取って来るね」


ウィードが部屋から出て行くと、マリンが景護に話しかける。


「ねぇ、ゆ・み。弓ならお城の借りに行くより、こ・れ。ぼうや、使ってちょうだいな」


マリンは赤い宝石を取り出し術式を刻む。

すると、宝石は徐々に姿を変え、赤い弓へとなる。


「見た目はガラスみたいだけど、安心してね。強度は普通のより丈夫よぉ。あと、君が言ってた魔法。エルフちゃんだけで十分かもしれないけど、補助する陣とリソースになる宝石を用意しておくから、ね?」


「え?マリンさん、いいんですか?」


「いいのよ。ガロックとは友人だし。そ・れ・に」


顔が耳元に近づいて来る。

美しき未亡人の接近に、景護はビクリと反応してしまう。


「若い子の活躍なんて、おばさんとても楽しみなの。いいとこ見せて、ね?」


言うだけ言って、彼女は優雅に割れた窓から外に出て行く。


「おい、小僧」


ガロックの呼び声に振り返る。

真剣な眼差し。


「もし、娘が、パスルが無事に帰ってきたら、褒美ほうびを何でも用意してやる。だから、……だから、」


その言葉に軽く首を振る。


「絶対無事に助けますよ」


「おい、ケーゴ!準備できたぞ!」


リンの呼び声に、踵を返し外に出る。

城の中庭。

遠くから聞こえる爆発音に、魔物の咆哮。

数匹の翼竜との交戦はまだ続いている。

空に見える小さな影は、飛行能力を持つ種族だろう。

街への襲撃を防ぐ、勇敢な盾。

だが、防戦だけでは決着を迎えられていないらしい。

ならば、つるぎを。

敵を討ち、少女を救う攻めの一手を。


「このおばさん……痛って、つねんな!こいつが用意した陣の中に入れ。準備はいいか?」


リンの言葉を合図に、謎の言語が書かれた円形の中に入る。

生贄いけにえとかになったりしないよな?と馬鹿なことが頭をよぎるが、切り替える。


「いつでもいいぞ」


赤の力解放。

体の硬度は鋼鉄が如く。

そして身体能力は、ただの高校生程度から英雄へと。


『モード赤、錬鉄の朱。解放、仮初かりそめの体崩壊まで、あと五分』


「分かった。やるぞ。……ケーゴ、さぁ鳥になってきな!」


足元の魔法陣が輝くと、発生する上昇気流。

跳躍は飛翔へ。

木を越え、建物を越え、塔を越えその進みは空を目指す。


迫る咆哮。

景護に気がついた翼竜が、空から狙う。

腰の刀に手を伸ばし、敵を見据える。


「……ハッ!」


振るわれる一閃。

一刀両断。


魔物一匹、彼の障害にならず、男はいただきに辿り着く。

上昇できる頂点。

敵の高さを越えた体は速度を失い、重力を感じる。


「セツハ」


ナビを担当する相棒に呼びかける。


『景護様、限界まで残り約三分。活動が活発な翼竜は残り十六!位置を視界に反映。最優先目標は……真正面です!……景護様、青の力に切り替えた後、放つことができるいかずちは三射が限界かと思われます!……リン様、援護を!』


セツハの緊迫した声が頭に響く。

彼女の呼びかけに応える存在を、背後に感じる。


「ったくめんどくせえ。セツハも心配性だよな。こんな雑魚、英雄のケーゴ様なら余裕なのになぁ?ただ、三分じゃあ、ちと厳しいかぁ?くくく」


嫌味ったらしい声と共に、空間転移してきたリンが真後ろに現れる。


「余裕だ、ヒーローは三分あれば世界を救える」


青の力を解放。

モード青、迅雷の蒼。

電撃の矢を生成。

落下を始めながら弓を引き、狙いを定める。


「チッ、真面目か。あーあーつまんねぇ。助けてくれと、アタシに情けない顔見せろよ」


「後ろの半数頼む」


「うるせぇ!セツハに頼まれたからだからな!」


リンの怒鳴り声を合図に、人間の男は稲妻の矢を、エルフの女は炎の魔法を放つ。


……


「ありえん……化け物か、あいつらは」


地上で望遠鏡をのぞくガロックは、冷や汗を流す。

彼らの放った攻撃は、翼竜を羽虫の様に次々と消しとばす。

味方の頼もしさに、希望を見出したその時。

……寒気。


「ぬう!な、なんだ!この気配は!」


……


『景護様!無茶です!』


七射目。

セツハの悲鳴染みた声が聞こえた頃には、視界内のほぼ翼竜を消滅させていた。

体は軋み、腕にはヒビが入る。

意識の消滅を、体の崩壊を気合いで堪える。


「心配するな。これで最後だ。セツハ、ガロック氏の娘さんが落ちる場所……落下地点の予測座標をリンに」


『……は、はい』


女の子を掴んだ獲物を見つめる。

飛行により標的はぶれる。

……わずかなズレも許さない、精密な一射を。


「ああ、クソ。そういうことかよ。人をこき使いやがって!外すなよケーゴ!」


リンが悪態をつきながら空間転移で消える。

翼竜を倒した後のことを任せたのは、お気に召さなかったらしい。


「外すな……か」


心配はあるか、不安があるかと己に問う。

ミス一つで、命を奪う恐怖はあるか?


「疑うか?いや、ないだろ。俺はともかく、この力はなぁ!」


狙うは一点、後は手を離すのみ。

放たれた電撃の矢は、青い軌跡を描き獲物のみを貫く。

英雄の一射は、敵を砕き、人を守る。

翼竜の消滅と、少女の落下を確認する。

あとはリンが何とかしてくれるだろうと、ぼんやりと思考を巡らせる。


『お疲れ様でした。お見事でございます、空を漂う翼竜への精密な狙撃。対象のみを射抜き、お嬢様の救出。リン様が風の魔法陣を展開し、落下速度の低下を確認。無事、保護できそうです。景護様は、着地前に赤の力を使い落下に備えてください。力の使用限界、残り約1分……っ!』


報告を続けていたセツハが息を飲む。


「どうした?……いや、


それは城壁を軽々とぶち破り、城下町の高々とそびえる塔の最上部を薙ぎ払う。


落ち行く景護の遥か上。

悠々と羽ばたく翼竜。

群れを成していた連中とは違う、大型の化け物。



地上で起こる悲鳴。

再び避難する人々。

先程まで、翼竜を退治し少女を救ったエルフを、歓喜の声が包んでいた空間は一転する。



「でかいな。二倍……いや、三倍近くあるのか?やれやれ、親玉ってところか」


視線を感じる気がした。

ただ絶望で空を仰いだのか、敵を睨んだのか、それとも戦っているヤツの知り合いが心配してくれたのか。

分からない。

分かるはずもなかったが……。


『カノン様に報告とリン様に戻るよう頼んでみます!景護様は、……体の限界です……撤退を……』


「紫電鎧鋼!」


『景護様!』


――ここには人がいる。

ここは街で人がいる。


急降下し着地。

それは落雷の様に。

右足が崩壊する。

跳躍し上昇。

それは雷光の様に。

左足は消えてなくなる。


空へ舞い戻った景護と、高速で旋回する巨大な翼竜との間に、障害物は存在しない。


刀を抜き、弓につがえる。

引き絞り、狙う一点に最高、最大の火力を。


「セツハァ!目がかすむ、サポート頼む!」


『やっています!やっていますよ!』


脳内に送り込まれる相手の位置、進路の推測でぼやける視界を補う。

準備は整った。

ならば、後は手を離すのみ。


『「雷風暁闇ブリッツ・アルバ」』





……


……


その日、首都ガーランサスの青空には晴天なのに、紫の軌跡が残っていた。

魔物を退治したそれに人々は見とれ、感謝をした。

あれが国の防衛装置か、先々代の女王の新たな発明か、新しいヒーローか。

人々は皆知りたがったが、事情を知っていそうなエルフは不機嫌そうに口を開かなかった。

かつて現れた「神獣狩り」ではないかと噂されたり、あれは空から誰かが撃った物だとと主張する者は、「そらの狙撃手」と呼ぶ様になったりした。



「パパ!」


「パスル!」


「あの……全然分からないんだけど、……気づいたらエルフのお姉ちゃんが……」


「いいんだ、いいんだよ。後でちゃんとパパとお礼を言いに行こうな……あの、二人に」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

続・憑かれた俺の異世界戦記 あなたの手を取る、石ころ英雄《スーティラス》  月枝奏時 @2kue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ