第3話 自動人形
お互い無言の時間が続いたが、ポツリとセーラが言葉を漏らす。
「ルーザ
「ん?ああ、頑張ってフラッド団長殿に自己アピールしてたよ」
「ふふ、あの人らしいね。小さい頃は喧嘩ばっかりやってたこともあったけど、下の兄弟が増えるにつれて、俺が守らないとってよく言うようになったんよねぇ」
「ふーん、他にも兄弟がいるのか」
他愛ない一言に急にセーラが黙る。
暗闇の中、彼女の表情は見えないが空気が変わったことが感じ取れた。
何か失敗したか?
彼女の言葉に冷たさを感じる。
「石ころさん、本当にガーランサスの人なん?エルバイトの家のこと、知らんの?」
おっと、異世界暮らしも短いものではなかったが、どうやら知識は不足しているらしい。
彼女の家は兄弟が有名なのだろうか?
エルバイト家か、聞いたこと……。
……
……
「うっ、わっと」
「きゃ」
体に受けた軽い衝撃に意識がはっきりとする。
視界に自分にぶつかりふらつく小さな女の子が入るので、慌てて支える。
「すまない、大丈夫かい?」
「う、うん。ごめんなさい……」
「彼がぼんやりしてただけで、君は悪くないよ。でも、周りには注意しようね」
少女の高さに視線を合わせ、横にいた騎士フラッドは優しい言葉をかける。
少女は大事そうに荷物を胸に抱き、フラッドの言葉に熱心に頷く。
「でかい荷物だったな」
「そうだね……」
フラッドと二人で、女の子の走りゆく後ろ姿を見送ると、また廊下をしばらく歩く。
「ここだよ」
フラッドはゆっくりと足を止め、扉を眺める。
「少々……個性のある方だが、失礼のないようにね?」
騎士の言葉選びから、ここに厄介……まぁ面倒な貴族なのだろうと察する。
そんな事を言っていた彼は、迷いなく扉をノックする。
「失礼します」
「ああ、約束の時間か。フラッドだろう?入りたまえ」
貫禄がある様な、重みがある様な、それともただ太っているだけなのか、そんな曖昧な呼び声に従い部屋へ入る。
「ん?」
思わず軽く笑いそうになる。
小太りでてかてかに整えた髪、口元のヒゲ。
元の世界でちょっと偉いポジションにいそうなおじさんが、はち切れんばかりにパツパツな軍服に似た服を着て、高名な軍人の様な勲章をいくつか付けている。
……いかんいかん、人を見た目でってやつだな。
自戒しながら一つ深呼吸。
自分が借りている部屋よりも広く、煌びやかな飾りなどのある分、そういった人々への客室だと納得していると、テーブルの向こう側に座っているおじさんと目が合う。
「なんだその、みすぼらしい小僧は?」
「彼は私の助手として同行してもらっているのですが、気分を害するようでしたら……」
「待って待ってガロック。すごいわよぉ彼」
軍人風のおじさんと机を囲んでいる、宝石を数多くつけた派手な女性が声を上げる。
「ほう、……これは、興味深い」
もう一人、席に着いている眼鏡をかけた痩せ細った男性も声を漏らす。
「一体なんだと言うんだ……。ん?むっ?」
ガロックと呼ばれたおじさんは、景護を見つめ何かに気がついた素振りを見せる。
「ただの貧乏な小僧かと思ったが、……おい、ちょっとこい!フラッド!私はこいつに興味が湧いたから部屋を調べるのは好きにしろ。見張りはつけるがな」
おっさんは後ろに従えていたメイドをフラッドにつけ、手招きをしていたので、近づくと握手を求めてきた。
お互い手を握ると、
「ほう、……ゴーレム……いいや、
ガロックは、満足そうににんまりと笑う。
「それよりぃ、ぼうやに自我があるのなら名乗った方がいいわよねぇ。私はマリンでこっちがウィード。そ・れ・で、ぼうやにお熱なおじ様がガロックよぉ」
派手な女性が熱い視線と共に、説明してくれたので、各々に頭を下げる。
「三人はどういった集まり……いや、失礼。お三方は、どういったことをなされているのでしょうか?」
貴族の方々らしいが、こちらの質問に気を悪くすることも無く、答えてくれる。
マリンは、手に付けた宝石を見せびらかしながら、
「私はただの宝石を扱っている商人よぉ。貴族だったのは死んだ夫だから、難しいことは、分からないわよぉ」
と、微笑む。
小太りのおじさんは勲章を撫でながら、
「おいおい、ゴーレムマスターガロックを知らないのか?大地の魔術師と呼ばれるこの私を。地質やら地層を調べていて、あの先々代女王のアリア様も興味を持ってくださっているんだが?」
嬉しそうににやつく。
……あの好奇心の強い御婦人……アリアさんなら、たいていの事に興味を持つ気がすることは黙っておこう。
痩せた男性は苦笑いする。
「ああ、君。ガロックの言う事は真に受けなくていいからね。……あとは僕か。僕はただ親から受け継いだ土地を守っている小さな貴族さ。二人みたいに、土や地属性の立派な専門家ではないが、土いじりは好きでね。薬草とか花が欲しくなったら気軽に言ってくれればいいよ」
「あらぁ、そう謙遜しなくても。ウィードの人々への支援は立派じゃない」
「ははは、エルバイト家の真似事だけどね。規模も遠く及ばないから、ホント僕のは大したことじゃあないよ」
気になる言葉があったので、質問を投げる。
「エルバイト家の真似事ですか?」
ガロックは間を置くように口元のヒゲを撫でる。
「ウィードも物好きなものだ、家族を失ったガキを拾ったり、仕事を失い行き場の無いヤツを雇って面倒を見たり。……だが、その物好きを何年も続け、人が集まり大きな村、いや、もう町と言ってもおかしくないレベルか。そこまで一人で発展させたじじい、リード・エルバイトを中心とした血も繋がってはいない家族がエルバイト家だ。……小僧、そんなことも知らんのか」
「作られた時に情報を入れられてないんじゃあなぁい?ね、ね?」
マリンが青く輝く瞳でこちらを見つめ、なぜか嬉しそうなまっすぐな眼差しに気圧され、軽く身を引いてしまう。
横で気にすることもなく、眼鏡の位置を直しながらウィードが呟く。
「……ただ、慈善事業……無償でそんなことするってやっぱり裏があると思わないかい?このガーランサス、エルバイトの名を持つ者が増えてきてるんだ。国の乗っ取りの算段だとかいう噂も……」
「くぉらああ!フラッド!自由に調べていいとは言ったが、その汚い手でその箱に触るな!」
ガロックの怒鳴り声に、会話がぶった切られる。
その声を聞いたフラッドは軽く目を閉じ、一息吐いて「失礼しました」と頭を下げる。
「その箱にはな、アリア様に献上するたーいせつな物が入っているんでな。フラッド、貴様といえど、触れることは許さんぞ。……ふん、だが貴様にも仕事がある。献上に立ち会え。お渡しする前に確認ぐらいさせてやるわ」
感謝の意を示すフラッドは、金髪を揺らし深々と頭を下げた。
静まり返った室内。
そんな場の空気を変えるためか、ウィードはさっきよりも穏やかな口調で、ガロックに話しかける。
「それが、あれかい?前に発掘したって言ってた……」
話を振られたおじさんの顔には、得意げな笑み。
「ああ、そうだ。遥か古代の武具……未だ謎に包まれた物の多い、人の領域外の産物。その中の一つ!大地を割り、山を砕いたと言われる『山岳の腕』と呼ばれる剣……の模造品、かもしれない物」
「ふふふ、ガロックにも分からないから、アリア様に調べてもらうのよねぇ」
「うるさいぞマリン。私は、より良い環境で調査してもらった方が良いと判断しただけだ」
――その時。
部屋全体が震えるような感覚に包まれる。
振動していた窓ガラスが派手な音と共に砕け散る。
「きゃっ」
「な、なんだ!?フ、フラッド!何とかしろ!」
音。
ガロックの叫び声を掻き消す咆哮。
「魔物……?いや、だが、なぜこんなに都市の深くまで入り込まれている?」
冷静に思考するフラッドの背後、ドアの外から「緊急です!失礼します!」と大声。
慌てて入って来た鎧の騎士は、フラッドに駆け寄り素早く報告する。
「数匹の翼竜の出現!ギルドの冒険者と騎士で迎え撃ち、民と街の守護に努めています!ですが敵は空、今は空中への戦力が不足し、現状守りで手一杯です。そして、子供が一人
「分かった、すぐ向か……」
その返事は新たに部屋に駆け込んできた騎士の声にかき消される。
「団長!救援要請です!都市ガーランサスに向かっていたエルバイト家の方々が、襲撃を受けたとのことです!相手は賊のようですが、強力ゆえに苦戦中!団長、どうか救援を!」
報告の後、声を潜め騎士はフラッドに耳打ちする。
「……」
口元に手を当て思考するフラッドを見て、ガロックは小馬鹿にした風に笑う。
「ぬはは、貴様何を迷っている。ガキの一人なんぞより、力を付けてきているエルバイト家に恩を売るべきだろう。魔物など部下に任せ、貴様は救援に向かうべきだ」
「あら、そう言い切れるかしら」
割れた窓から身を乗り出し、宝石を通して空を見るマリンからの言葉。
あの宝石には、遠見の魔法でもかかっているのだろうか。
「ふん、同情でもしているのか?それでは貴族としてやっていけんぞ」
ガロックは、従者からレトロな単眼の望遠鏡を受け取り、マリンの指差す方角を見る。
「ん?あ、あ、ああああああああ!!!!!パスル!私の可愛いパスル!私の愛娘がどうしてあんなことになっているんだあああ!!!翼竜めがふざけやがって!おい、フラッド!」
怒り狂った貴族は、騎士団長に掴みかかる。
「貴様、我が娘に何かあったら、責任取れるんだろうなあ!エルバイトなんてどうでもいいからお前がさっさと向かえ!」
赤らみを帯びたガロックと
冷静な視線が、景護を
どうやら、団長様の中でプランが決まったらしい。
「私は、エルバイトの方々の保護に向かいます。この案件は……」
「なっ!貴様ァ!このことはアリア様に報告するからな!パスルに怪我の一つでもあってみろ!訴えて……」
椅子から立ち上がり、踵を返し部屋から出て行こうとするフラッドと叫び続けるガロックの間に割って入る。
「まぁまぁ、子供の窮地に親がすることは責任どうこう以外にもあると思いますよ」
鼻息の荒い娘を思う父親を見つめる。
「……お願いします。ここは俺に任せてください」
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