第2話 暗くて見えないもの

暗闇。

いつも以上に、深い黒。

目が覚めたが、どうやらいつも通り朝を迎えたわけではないらしい。

視界から情報を得られない今、聴覚に集中する。


「……ッ」


静かに泣き、鼻をすする音。

人だ、人がいる気配がする。


「……ウチ、どうなってしまうん?……じいちゃん、みんな……ぐすっ」



敵か味方かは不明だが、加害者か被害者かで言えば、被害者だろう。

捕らえられた小悪党という可能性もあるが、そんな線まで追っていたらきりがない。


「……ルーザにい、心配しとるやろか?早くガーランサスのお城に行かんと」


「やっぱり、ここはガーランサスの城ではないかー。なぁ君、ここどこよ?」


「分からんよ。ウチやって、連れてこられたんやから……。……んん!?だ、誰かおるん!?た、助けて!」


派手な音はしないが、人がもがく様な、這う様なそんな気配を感じながら、会話を続ける。


「俺も、身動きのとれる状態ではないが、君が助けを求めるなら――」


声を頼りに近づいた女の子は、縛られている手を伸ばす。

そこに誰かが……自分を救ってくれる人がいるはずだと信じて。

……だが、その手に収まったのは、石ころ一つ。


「へ?何これ?」


「君を救うと、ここに誓おう」


「石が喋ったああああ!?」





……



……




「おい、聞いているかい?国坂、国坂景護」


記憶の混濁こんだくに、軽く頭を振る。

ここは、ガーランサスの城内。

そして隣にいるのは、……なんだ、男前の若き騎士団長様か。


「ちょっと待ってくれ、フラッド。何かが……」


「む?君にしては珍しく真面目なトーンだね。本体の鉱石から、何か情報を得られたかい?」


記憶をさかのぼるが、モヤがかかった様にはっきりとしない。

思い出せるのは。


「女の子。女の子がいた気がする」


「おいおい、必要なのは情報で、君の願望や妄想を聞いているわけではないんだよ?」


「やかましい。こっちは真面目だっての」


フラッドは自分の金髪を撫でた後、納得する様に頷く。


「はいはい、じゃあ君が盗まれた場所に女の子がいると。まだまだ情報としては足らないね。だから、今はこっちに力を入れようじゃあないか」


城内の廊下をフラッドと並んで歩いていた。

思考を続けるこちらのしかめっ面を見て、フラッドは呆れ顔で口を開く。


「しっかりしてくれよ?貴族への調査だからね、分かっているかい?失礼の無い様にしてくれよ?」


声のボリュームを段々下げながら、顔を近づけてくる。


「……大物の貴族のところには、カノン様が同伴してくれている。温和な方や見栄を気にしない、器の大きい方のところは僕の部下だけでも、調査に協力してくれる。つまり、僕らが今から出向く人は……」


「めんどうな小物ってことか?」


「バカ、声に出すやつがあるか」


「あれ!ボスにアニキ!お疲れ様です!」


男二人で、顔を突き合わせてひそひそやっていたところに、元気な挨拶が飛び込んでくる。

同時にビクリと反応し、声の方向へと視線を動かす。

鎧をまとった長身の騎士が一人駆け寄って来る。

人懐っこい笑顔は、どう見ても猿顔だった。

そうだ。

この異世界には、体の部位が獣になっている、獣人も普通にいたのだったな。


「フラッド、獣人の部下もいたんだな」


「人っすけど!」


フラッドが軽く咳払いをしつつ、部下をたしなめる。


「ルーザ、客室が近い。落ち着きなさい」


「いや、でも、ボス……」


「私のことを、ボスと呼ぶのは……」


「ああ!そうですよね!うちの国のボスといえば、カノン様!次からはカノン様を……」


「いいや、私をボスと呼べ!」


敬愛する女王カノンが、ボスと呼ばれる。

そんな状況は、冗談でもフラッドは耐えられないらしい。

猿顔の騎士に悪気は無く、天然かもしれないが。


ん?フラッドがボスということは、アニキってのは……。

景護は首を傾げる。


「アニキと呼ばれる相手に、心当たりはないんだがなぁ」


その言葉にルーザと呼ばれた騎士は、大げさに驚く。


「ええ!そりゃないっすよ!ルーザっすよ!ルーザ・エルバイト!アニキに稽古けいこつけてもらってる絶賛成長中、期待の超新星!フラッド様の右腕!」


フラッドは呆れた風に、首を軽く振る。


「私が特定の騎士を贔屓ひいきすると思われるのは、あまり好ましくない。それに君を右腕と言った記憶もないよ」


ショックで目と口を限界まで開いて固まる猿顔は、とりあえず置いておこう。


「まったく……国坂も国坂だ。僕との稽古の後に、因縁をつけてきた彼を一発でぶっ飛ばしたじゃあないか。覚えてないのかい?」


フラッドの言葉に記憶を巡らせる。



……



激しい金属音。

死角を突かれたフラッドの振るう金属の棒を、辛うじて刀で弾き返す。


「おやおや、今のは自信あったんだけどね。本当に君は本調子じゃないのかい?」


構えを解いたフラッドを見て、景護も刀を鞘に納める。


「どの程度、体がもつか。そのテスト段階だよ。やり過ぎると体は欠けるし砕けるし、セツハに怒られる。お前もウォーミングアップにもなってないだろ?こんなの。」


「いやいや、楽しいよ。気を抜くと、いつ一発貰うか分からないからね、君との稽古だと。フフッ、しかし国を救った英雄も、美しき女性には頭が上がらないか」


「当たり前だ」


景護のそっけない返答に、フラッドは大きく笑う。

だが、ふと何かに気がつき顔を上げる。


「おっと、時間か。楽しみ過ぎたみたいだね。ありがとう国坂。僕はもう行くよ。……ルーザ!悪いけど私は行く。稽古をつけられなくてすまない!」


軽く手を振り、さわやかに去るイケメンをぼんやり見送っていると、唐突に、


「おい!お前のせいで、ボスとの稽古できなかったじゃねえか!」


そんな怒鳴り声が耳に届く。

まぁ特に気にすることでもないと、欠伸をしながら部屋に戻ろうと考えていると……。


「な!この俺をむ、無視だとぉ!お前!見慣れない新入りだろ!ちょぉおっと稽古、付き合えや!」


振り返ると、訓練で使う剣を構えた猿顔の騎士が目をギラつかせていた。

目と目が合う瞬間、彼は隙だと思ったのだろう。

剣を大きく振りかぶった男は、


「ちぇいやあああ!!!……ぐおおおおおおお!!!!」


叫びと共に、吹き飛ぶ。

がら空きだった胴に、鎧の上から鞘にしまったままの刀を景護は叩き込んだ。


「峰打ち……みたいなもんだろ。ま、防具もしてるし大丈夫大丈夫」



……



「ああ、あの時のあいつ」


「それ以外も結構会ってるけど、そんなうっすい反応なんすねアニキ」


「ところで、ルーザ。何しに来たんだい?雑談って訳ではないのだろう?」


フラッドの問いに、姿勢を正しルーザは直立不動となる。


「ハッ!外出許可の手続きを済ませてきたので、今から妹を迎えに首都ガーランサスから出るという報告を!」


「了解した。……まったく……、手続きが終わってるのなら、わざわざ直接言いに来なくてもいいのは、知っているだろう?」


「いえ、このルーザ。右腕としての責務と誇りがありますので!」


その問答にフラッドは軽く笑う。


「律儀だね。早く妹さんを迎えに行きたいだろうに。……そういえば、妹さん……エルバイト家のセーラ君といえば、今回の舞踏会の……」


すごい勢いで距離を詰め、言葉を被せ気味にルーザは熱く語り始める。


「そうなんですよ!初めての舞踏会で、主役と言っても過言ではない注目の的!貴族達は誰もがセーラを狙う!そんな噂で持ちきりで、本当に気が気でないんすよ!確かにあいつは、見た目も良いし気の利く女性なんですけど、最初に踊るのは初恋……恋に落ちた人がいいとか、子供みたいなこと言ってるんすよ。だから、俺としてはボスに会ってもらいたわけで……」


ルーザの熱い語りに困ったように押されているフラッドから、助けてくれと視線が向けられる。

……事が進まないのは困る。

助け舟を出しますか。


「しかし、そこまで素晴らしい女性なら、一目見てみたいな」


ポツリと言ったこの一言にルーザは大いに食いつく。


「アニキになら、紹介しますよ!勿論、ボスにも。……おっと、それなら早く連れてこないと!では失礼します!」


騒がしかった男は、その勢いを保ったまま風のように走り去って行った。





……



……



成程、可能性は見えてきた。

ぼんやりとした記憶の中から、いや、流れてきた情報と言った方が正しいか。

石ころ一つ分の体だが、できることはやろう。


「はああああああ、希望があると思ったら、石ころ一つだけなんて……。どうしたらええんやろ……」


大きく溜め息を吐く女の子に、思わず笑う。


「まぁ、そう言いたくなる気持ちも分かる。だが、信頼はしてほしい。一応、女王のカノン……様とも顔見知りだし、騎士フラッドの協力者でもあるガーランサスに味方する者だ」


「ええええええ?本当にぃ?」


彼女の口調から、全く信用されてないのは分かる。

ならば、一つ信頼を得にいこうか。


「セーラ・エルバイト。君の名前で合っているか?」


「!?う、ウチの、な、名前なら誘拐犯も知ってるやろ!そんなんで信用するわけ……」


否定はしないのか……。


「ルーザというガーランサスに所属する騎士は、君の兄で間違いないね?俺も面識はある」


「……その人がどしたん?セーラって人調べれば分かることちゃう?」


ごもっとも。

ならば、もう一歩。


「最初に踊るのは初恋……恋に落ちた人がいい」


「ブッ!!!んんッ!!!!ああああああ!!!!!!」


吹き出した彼女は、恥じらうような声を上げながら、喋る石ころを投げ飛ばす。

真っ暗で見えないが、顔は面白いくらい真っ赤になっているだろう。

見たかったものだ。

床に虚しく転がる石ころに届く声。


「な、何で、ルーザ兄にしか言ってないこと知っとるん!?」

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