西瓜

@thee_rosso

西瓜

 祖母が亡くなった。

師走も近づき、冬の寒さが顔を出し始めた頃だった。


 2週間前、祖母が腰が痛むと訴えた。実家で一緒に暮らしていた俺の両親が

病院に連れて行った。以前にも圧迫骨折をやっていたので再発したかと父と母は軽く考えていたらしい。検査の結果、卵巣付近に大きく育った癌が見つかり、すでに全身に転移していた。余命1~2週間と宣告された。緊急入院となったが、その日の夜からせん妄状態がひどくなり、家に帰りたいと泣き叫んでいたそうだ。家族会議の結果、家で最期を迎えさせてあげようということとなった。


 そして昨日の夜、祖母が亡くなったと連絡を受け1年振りに実家に帰ってきたのである。

「あら、おかえりなさい。何時くらいにこっち着いたの?」

買い物袋を両手いっぱいに抱えた母が居間のドアを足で器用に開けながら聞いてきた。

「ん、ちょうど一時間前くらいかな。それよりどうしたの?そんなに何買ってきたの?」

そう聞いた俺に母は台所に置いた袋の一つから誇らしげな顔とともに、半月状の物体を見せてきた。

「はぁ?西瓜じゃん?何で西瓜なの?」

「大変だったんだぞ。あれ、探すの。」

母の買い物についていった父が疲れ果てた顔で俺の座っているソファーに座り込んで言った。

「なんでも、婆ちゃんが亡くなる少し前に母さんが何か欲しい物はないかってきいたんだってさ。そしたら消え入りそうな声で西瓜って言ったらしいんだ。婆ちゃん、病院から戻ってきてからほとんど水しかのめなかったからな。その水も二日前からうまく嚥下できなくなって喉も乾いていたんだろうな。」

そういって胸ポケットから煙草を取り出し、火を点けると、ここ数日間の疲れを吐き出すように煙を吐いた。

「でもよくこの時期に西瓜なんて見つかったね。つーか、婆ちゃんそんなに西瓜好きだったっけ?」

確かに子供の頃、蜜柑や柿やらの果物がおやつ代わりに出てきた記憶がある。俺や弟はチョコレートやビスケットの方がいいなと思いながらも、子供心に昔の人のおやつとは果物なんだと納得していたような気がする。

だが、祖母が特別に西瓜が好きというのは初耳だった。確かに夏になれば西瓜は必ず出てきたが、頭に浮かぶのは、西瓜を頬張ってはしゃいでいる俺と弟を優しげに見ている祖母の姿であって、西瓜を頬張っている祖母の姿はどうやっても浮かんでこなかった。

宙を漂っている煙の中に何かを探すように視線を漂わせていた父が口を開いた。

「西瓜が欲しいって言われて近所のスーパーやらに探しにいったんだけど、流石にこの時期は無いって言われてさ。まぁ、そりゃそうだなと思って家帰ってきたら、数時間後に婆ちゃん亡くなっちゃったからな。色々バタバタしてたんだけど、母さんがどうしても婆ちゃんにあげたいって言ってな、隣町のデパートまで行ってきたんだよ。そしたらフルーツ専門店があってそこで見つけたんだ。今のご時世あるところにはあるもんなんだな。」

フィルター付近まで灰になった煙草をもみ消しながら父は独り言のように言った。

「俺が聞いた時は何も欲しいなんて言わなかったんだけどなぁ。」

「ちょっとお父さん、お寿司食卓に並べるの手伝ってよ!お義兄さん達そろそろ来ちゃうわよ!」

母の声にやれやれといった感じで立ち上がった父は煙と共に台所に消えてった。

 

 祖母は生前、特に外との繋がりが無かったので身内だけで集まり、簡単な食事会を開き、通夜の代わりとした。久々に会う親戚や弟と祖母の思い出話からそのうち俺ら兄弟の幼いころの話にシフトし、テーブルの上の寿司も無くなった頃にお開きとなった。親戚達が一旦帰った後も、俺は弟と昔話や近況を肴に日付が変わっても飲んでいた。

流石にそろそろ数時間後に行われる葬式のため、お開きにしようかと思い始めていた時に弟が思い出したように言った。

「そういやさ、俺ら小さい頃って母さんと婆ちゃんって、喧嘩ってわけじゃないけど、よく言い合いしてたよね。婆ちゃん、昔の人だから家を預けられてるって意識強くてさ。なんか、厳しい上司って感じだったよね。」

確かに俺らが小さい頃は祖母は母に厳しく何かにつけて小言を言っていた。しかし、祖父が亡くなって父が一家の大黒柱となると、自然とその力関係は逆転していった。それと同時に日々のストレスから開放されたかのように母の体型はふくよかになっていったのだ。

ここ最近二人の関係ははたからみても良好であった。むしろ家を守るという長年の苦楽をともにした戦友といった雰囲気であった。二人にしか感じられない何かがそこにはひっそりと存在していたのだろう。

寝室に引き上げる前に祖母の部屋を覗くと、今日一日何も変わらずに横になる祖母と、その前に一切れの西瓜が皿に横たわっていた。

 

 冬の空気が物事の輪郭を際立たせ、空の青を鮮やかにする気持ちのよい晴れ間だった。そろそろ祖母の体は煙となっている頃だろう。待合の時間各々好きにすごしており、俺は斎場の駐車場の隅にある喫煙所で気持ちのいい空を見上げながら一服していた。目線を前に戻すといつの間にか母が来ていた。

「少し冷えるけど背筋がしゃんとする気持ちの良い日ね。なんか最後までおばあちゃんに背筋のばして凛としなさいって言われてるみたいだわ。」

そう言って母は微笑んだ。

「今頃、じいちゃんと一緒に向こうで西瓜でも食べてるんじゃないの。」

そんな光景が何となく頭に浮かび、何気なく口を出た。

「食べてないわよ。おじいちゃんは西瓜好きだったからわからないけど、おばあちゃんは西瓜嫌いだったからね。」

母は微笑んだまま言った。

寝不足で思考力が落ちているのは自覚しているが、それでもその時母が何を言っているのかが理解出来なかった。

「え?あ、だって西瓜が欲しいって言ったんじゃないの?つーか、嫌いなの知ってて西瓜探してきたの?苦労してまで?」

「あんた、西瓜の花言葉って知ってる?」

「いや知らないよ。そもそも西瓜って花言葉なんてあるの?あんまり花のイメージわかないけど。」

「西瓜だって花は咲くわよ。花が咲けば花言葉はあるんじゃないの。西瓜の花言葉は、どっしりしたもの・かさばるものって意味なのよ。」

「へぇ、何かすごい花言葉だね。で、それが何なの?まだよく掴めないんだけど。」

母は煙草を灰皿でもみ消しながら、視線はどこか遠くを見ているようだった。

「おばあちゃんはね、最後の方はもう声もほぼ出なくなってたのね。だから出来るだけ短い単語にしたんだと思う。それが西瓜。で西瓜の花言葉でお母さんの事を戒めたのよ。あの頃はほっそりしてたのに今はどっしりしちゃってって。気を引き締めなさいよってね。ある意味、嫌味よね。だからお母さんもあの頃みたいに分かってないふりして、西瓜ですねって言ったらおばあちゃん嬉しそうに少し笑ったのよ。懐かしかったのかもしれないわね。そういうやり取りが。」

そう言った母の顔はどこか寂しそうだった。長年苦楽をともにした戦友同士にしかわからないやりとりなのだ。俺みたいな新兵ではまだまだ辿り着くことが出来ないのだろう。

煙草の煙を吸い込み、空に向かって吐き出す。

斉場の煙突から出た一本の白い煙が空の青と重なって、西瓜の縞模様のようになって見えた。

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