第3話 目標への第一歩

 汚泥おでいの魔王が金と銀の勇者に倒されてから二週間。

 リュミエール王国の王都は、少しずつ活気を取り戻し始めていた。


 魔王を討伐した報酬として私との婚姻を陛下に求めた、アレクサンダー様とヴァルナル様。

 彼らはその約束を取り付けた後、二手に別れて活動を開始している。

 私達の婚姻式は、少なくとも自国と近隣諸国の魔物による被害が落ち着いてから執り行われる事になった。

 既に婚姻契約を済ませているのは私達三人の秘密だけれど──そうしなければ、いつ彼らが契約違反で死んでしまうか分からなかった為──、国民にもっと明るいニュースを届けるのは良い事だ。


 新たな勇者の出現。魔王討伐。

 そして、姫と勇者の結婚。


 これが魔王の手によって身も心も傷付いている国民達への、せめてもの救いとなれば……。

 私に出来る事ならば、何でもやりたかった。


「おはようシャルミア。今日は王都の東の森に討伐に行く予定だよ」


 朝食の席に向かうと、丁度ヴァルナル様と出会でくわした。

 ヴァルナル様はすらりとした細身に、凛と涼やかな目元と絹(きぬ)のような銀の長髪が美しい、冷然れいぜんとした印象の男性だ。

 私はドレスの裾を摘んで会釈えしゃくをする。


「おはようございます、ヴァルナル様。東の森といいますと、先日調査隊が向かった場所でしたね」

「ああ、彼らが先程帰還したんだ。やはりあそこには何か強力な魔物が居るらしい。魔王軍の残党が潜伏(せんぷく)しているおそれがあるね」


 テーブルに着くと、速やかに食事が運ばれて来る。

 汚泥の魔王が私を妻にしようとしていたからか、王都の被害は他の地域に比べれば少なかった。

 それでも王都には畑や牧場は無い為、食料は他の地域から調達するしかない。

 それらの土地は魔物の被害によって荒れてしまい、充分な食料を確保出来ていなかった。

 なので、例え王侯貴族であっても、食事は質素に済ませる方針を貫いている。民が苦しんでいるのに、私達だけ贅沢をするなんてとんでもないもの。

 だからこそ、一刻も早く元の生活を取り戻すべく、ヴァルナル様とアレクサンダー様は別行動をしている。


「では、そちらに向かわれるのですね……」

「心配はいらないよ。僕らはあの魔王を倒したんだ。あれより手強い相手だなんて、天界の神々か冥界の悪魔ぐらいなものだろう」


 ヴァルナル様の身を案じる私に、彼は何て事も無いように余裕を見せた。


「そう……ですよね。無事のご帰還をお待ちしています。ところで、アレクサンダー様はまだお戻りにはならないのでしょうか?」

「多少の時間が必要だろうからね……。けれど、彼を見付けられれば心強いのは間違い無い。アレクならきっと上手くやってくれるはずさ」


 ヴァルナル様は、王都周辺の魔物の討伐を。

 アレクサンダー様は、魔族の国で人探しをしている。

 現時点で彼らの立場は勇者けん私の婚約者であり、城内での生活を許されている。

 その情報は国内外に報され、世界の平和と私達の結婚が実現するのを待ち望む人々は、彼らに好印象を抱いてくれているらしい。

 しかし、それは表向きの話だ。

 本当は二人は勇者ではなく、神々から力を恵与けいよされ、汚泥の魔王を倒した事で誕生した新たな魔王なのだから。

 つまり、ヴァルナル様は汚泥の魔王の配下を一掃する為に討伐をしており、アレクサンダー様は自らの配下を探しに向かっている事になる。

 彼らの目的は、魔族と人類が共存する平和な世界の実現だ。だからこそ二人は力を与えられたのだ。

 その為には、信頼出来る臣下を集めなければならない。

 世界はあまりにも広い。敵がどこに潜んでいるのか、彼らだけでは把握しきれないのが現実だった。

 私は戦う力も無いし、ただ彼らを信じて待つ事しか出来ない。

 あまりにも歯痒いけれど、私にとっての現実はそれなのだ。


「アレクに探してもらっているのは、とても優秀な騎士でね。護りの戦いに関しては右に出る者は居ないだろう。彼を君の護衛に付ければ、僕らも安心して戦いに行けるだろうから」


 給仕の者が側に居るから、あまり事細かには説明してもらえない。

 その騎士というのも、きっとヴァルナル様達と同じ魔族の方なのだろうから。

 魔族──というより魔王──である彼が城に居ると知られては、予測も出来ない混乱を招いてしまう。だから、可能な限り人目に触れない、見聞きされない場所でしか詳しい話は聞けなかった。



 食事を終えると、ヴァルナル様は間も無く東の森へ騎士を引き連れて出発する。

 城門前に集まった騎士達の表情を見るに、ヴァルナル様の活躍に大きな期待を寄せ、安心して討伐に向かおうとしているようだった。

 魔王を倒した月の勇者が一緒なら、どんな魔物が相手でも怖くないのだろう。

 それで油断して怪我を負うようなら目もあてられないけれど、ヴァルナル様なら彼らに厳しく接してくれるように思えた。


「それじゃあ行ってくるよ」

「はい! 皆さん、どうかお気を付けて」


 小さく手を振って見送ると、ヴァルナル様は一瞬その冷たい相好そうごうを崩す。

 軽く頷(うなず)き返した彼は、月の勇者の二つ名に相応しい銀と青の鎧にマントを翻し、騎士達と共に馬に跨がった。

 私以外に彼の表情の変化に気付いていたかは分からない。

 けれど、私の知る限りでは、ああして優しい微笑みを向けるのは私かアレクサンダー様だけだと思う。

 それがちょっとだけ特別な気がして、自然と胸の中が満たされるようだった。

 遠ざかっていく彼の背を見詰めながら、そっと胸の前で手を組んだ。


 どうかヴァルナル様とアレクサンダー様が、どちらも無事に帰って来られますように──


 胸中の祈りを神々に捧げながら、私は彼の姿が見えなくなっても、側付きの侍女に止められるまで祈願し続けた。



 ******



 魔族の国と呼ばれるテネブライには、広い森がある。

 俺は今そこを歩いてる訳なんだが、ここはただの森じゃない。

 一歩足を踏み出せば、土の地面とは違う硬質な感触が伝わってくる。

 風が吹いても揺れない木の葉は、透き通った青色をしていた。

 この森は全て水晶で出来ていて、地面も木も草も花も、何もかもが青く輝いている。


「ったく、あの暴走魔導師のせいで……」


 この状況を生み出した憎たらしい顔の男を思い浮かべて、俺は舌打ちする。

 その魔導師というのが、今探している騎士を巻き込んだ大魔法をブッ放した犯人だ。

 そいつも後々探さなきゃならないんだが……


「クソ親父の配下から逃げる為っつったって、森を丸ごと巻き添えにするような魔法使うんじゃねえってんだよ!」


 文句を言っても返事は来ない。

 だが、そうだと分かっていても言いたくなる。

 時々水晶にされた小型や中型の魔物を見付けはするものの、目当ての騎士はなかなか探し出せない。

 こんな事なら俺がリュミエールの魔物退治に行くべきだったか?

 いや、ヴァルの方が行儀が良いから向こうを任せたんだった。人間達に良い印象を抱かせた方が何かと都合が良いからな。

 かといって、俺はヴァルみてえに魔力感知が得意な訳でもないから時間が掛かる。

 もう何日こうして水晶の森を彷徨ってるのか、思い出すのも面倒臭ぇ。

 シャルミアに余計な心配掛けても悪いし、さっさと見付けて帰りたかった。

 そうして何度目になるか分からない溜め息を吐いたところで、ミシ……と、水晶を踏み砕く音がした。


「誰だ! 出て来やがれ!」


 簡単に気配を漏らすような魔物なら、大した相手じゃない。

 俺は太陽神アバルの剣すら出さず、音の発生源に顔を向けた。


「お、オレッス! ロムッスよ、アレク王子!」


 気安く俺を呼んだその声の主は、見覚えのある人狼(じんろう)だった。


「ロム、お前……生きてたのか!」

「ええホント、マジで命拾いしましたッス!」


 二足歩行で言葉を理解する狼の魔族──人狼。またの名をウェアウルフ。

 体力がありすばしっこい人狼は、集団での戦闘でその能力を発揮する。

 そんな人狼の中で一部の部隊が俺の配下として与えられていた。その部隊の隊長がこのロムだった。

 ロムはボロボロになった鎧姿で、嬉しそうに近付いて来た。


「王子こそご無事で何よりッス! アレク王子が居るなら、ヴァル王子も近くにいらっしゃるんですかね? いやー、ウワサには聞いてましたけど、マジで水晶だらけッスねぇここ」

「ヴァルとは今別行動だ。それに、俺達はもう王子じゃねぇぞ?」

「え、マジッスか!? もしかして勇者の生き残りが魔王様を倒して、王家滅亡ちゃった的なアレッスか!?」

「滅亡してねーよ! 勝手に終わらせんな!」

「スンマッセン!!」


 ロムは相変わらず王族への態度とは思えない口調で話してくるが、それがコイツの持ち味とも言える。


「むしろ、俺とヴァルが新しい魔王になったからな」

「……え、何でお二人が魔王なんです?」


 固まったロムに、俺は構わず続けた。

 俺とヴァルが同時にクソ親父にトドメを刺した事。

 人間の姫を二人で嫁に迎え入れるという事。

 その為に、クソ親父の残党を一匹残らず始末する新生魔王軍を集めている事なんかを伝えた。

 簡単な説明になったが、詳しい話はそのうちヴァルに聞けば良いと言ってそこで区切る。


「はぁ〜……それならオレの部隊も再結成するっきゃないッスねぇ」

「今はバラバラなのか?」

「まだ先代の魔王様が亡くなったとは知らないッスからねぇ。行方不明だった王子達を探す途中、先代様の派閥と戦いながらはぐれちゃったんですよ」

「そうか……すまねぇな、ロム」

「それはこっちの落ち度なんで、王子……いや、魔王様が気にするような事じゃないッスよ! それはそうと、どうしてこんな森に魔王様がお一人で?」


 よく出来た配下に恵まれたもんだ。

 さっきまでのイライラもどっかに吹っ飛んじまった。


「フォレスタを探してんだ。ヴァルが言うには、最後にアイツと会ったのがこの森だったらしい。フォレスタと別れてすぐに森が水晶化したみたいでな」

「水晶化と言いますと……あのお方ですか」

「ああ。多分アイツの魔法で、フォレスタまで水晶にされた可能性があるんだ。今はまだクソ親父が死んだって話はそこまで広まってねぇようだが、幹部連中にバレるのも時間の問題だろ?」


 フォレスタが軍に加わってくれれば、シャルミアの護りは格段に上がるだろう。

 どうして親父がシャルミアを狙っていたかは知らねえが、何か理由があるに決まってる。

 そうなると守護騎士フォレスタの必要性がグンと高まる訳だ。

 それを察したらしいロムは、興味深そうに何度も頷いている。


「ほうほう、そういう訳ッスね。それならオレでもお役に立てそうッス!」

「どっかでフォレスタを見たのか?」


 俺が問うと、ロムはニヤリと笑って言った。


「……見てません!」

「焼き加減のリクエストはあるか? 今ならサービスで太陽神の炎の直火焼きステーキにしてやれるぞ?」


 そう言ってアバルの剣を召喚すると、ロムは必死に深謝しんしゃする。


「待って下さい待って下さい! 見てはいませんけど、オレの鼻ならフォレスタ様の匂いを辿れますから! だからその何かやけに豪華な剣から炎を出すのはやめて下さい! ガチな方で!!」


 謝罪を受けて、俺は剣を亜空間に戻した。

 確かにロムの言うように、人狼の嗅覚ならフォレスタを探せるかもしれない。


「だがなぁロム。お前、フォレスタの匂いなんて分かるのか?」

「自分、匂いフェチなんでそういうの得意ッス!」

「そういう個人情報は知りたくなかったなぁ」


 男が男の匂いを趣味で記憶していたなんて、誰が得するんだよこんな話。

 だが、本当にそれで匂いを辿れるのなら希望が見えてきた。

 俺は自信満々に案内を始めたロムに苦笑して、水晶の森での人探しを再開した。

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魔王兄弟の花嫁は魔族と平和に暮らしたいっ! 由岐 @yuki3dayo

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