第2話 二人の旦那様
彼らに両手を握られたまま、先程と同じ浮遊感がする。
次の瞬間──私達は、どこかの草原に立っていた。
彼らの本名は、アレクサンダー様とヴァルナル様というらしい。
二人が魔王の子供だというのも事実で、先程魔王を倒した事で、新しい魔王としての資格を得たというのも本当なのだそうだ。
彼らは太陽と月の神に力を与えられた兄弟で、アレクサンダー様が兄で、ヴァルナル様が弟。
そんな二人は父である魔王の凶行を止めようとしたのだけれど、反乱分子とみなされ、城の地下深くに閉じ込められていた。
「何とか逃げ出そうとしたのだけれど……何を試しても無駄だった。手脚は拘束され、魔力も回復する前に吸い取られ続けて衰弱していたんだ」
「そこに助け舟を出したのが、太陽の神と月の女神だった訳だ」
そうして今日、神々に助けられ力を与えられた二人は、見事魔王を倒せたのだという。
「本来なら勇者にその役割を担ってもらうべきだったんだがな……」
勇者様御一行は、魔王の前に倒れてしまった。
そこで神々が最後の手段として選んだのが、魔王の息子達による魔王討伐だったらしい。
「魔王の子供が魔王を倒して世界を救った……なんて言っても、人々は信じてくれないだろう」
「ですが、確かにお二人はあの魔王を倒されました! ならばもう危機は去ったはずです。すぐに父上に報せに……」
「残念だが、これで終わりじゃねぇ」
アレクサンダー様の発言に、私は顔がこわばる。
「俺達は次の魔王になった。国王への報告の前に、まずは何をしなきゃならねぇと思う?」
「あ……婚姻、ですか……?」
魔王を倒した魔族は、自動的に次の魔王となる。
同時に魔王を滅ぼした彼らは、私との婚姻を果たさない限り、契約違反によって遠くない未来に命を落としてしまう。
それが魔王の契約だと彼らは言っていた。
「そうだ。だからアンタには、俺達二人の花嫁になってもらうしかねぇんだ」
「でないと僕らはじきに死んでしまうからね。具体的にいつタイムリミットを迎えてしまうかは分からないけれど、なるべく早い方が良い。何かあっては大変だからね。でも安心してくれたまえ。君は不安だろうけど、僕もアレクも君に酷い事をするつもりは無いんだ」
「その後はオヤジの配下共も始末しに行かなきゃならねぇからなぁ。あ、そういや俺らの配下はどこ行ったんだ?」
「彼らも捜さないとね」
出会って間も無い二人だけれど、魔王すら倒してしまった命の恩人である事に違いはない。
急な話で受け入れるのには時間が掛かってしまうだろうけれど、彼らを見殺しに出来るはずもなかった。
私に出来る事なら何でもしたい。
「そういう訳だから、ひとまず婚姻契約を済ませてしまおうか」
そう言って、ヴァルナル様は私達三人がすっぽり収まる魔法陣を展開した。
「きちんとした式は、また日を改めて執り行おう。すまないね」
「いいえ。これで救世主のお二人が助かるのでしたら、私はそれで構いません」
「救世主かぁ……魔王なのに救世主って、普通意味分かんねぇよな」
「まあ、それが事実だから仕方無いよね」
困ったように笑う二人に、思わず私まで釣られて笑ってしまった。
白く輝く魔法陣。そこに込められた魔力がみるみる高まっていく。
「……じゃあ、契約を開始するよ」
「はい」
私が頷いた後、ヴァルナル様から誓いの言葉を紡いでいく。
「夫ヴァルナルは、シャルミア・サントマ・リュミエールを妻とし、命果てても愛する事をここに誓う」
「夫アレクサンダーは、シャルミア・サントマ・リュミエールを妻とし、命果てても愛する事をここに誓う」
人類の婚姻の際は、『命果てても』ではなく『死が二人を別つまで』と誓いの言葉をたてる。
これは魔族独特の言い回しなのだろうか。
けれど、彼らは今紛れも無い、本物の魔王だ。
私も彼らと同じ誓いをたてるべきなのだろう。
「妻シャルミア・サントマ・リュミエールは、ヴァルナル、アレクサンダーを夫とし、命果てても愛する事をここに誓います」
私の誓いが終わると、魔法陣はその輝きを増した。
その光が消えると、身体の奥底から不思議な魔力が湧き上がってくるようだった。
まるで、湧き水が絶えず溢れ続けるような……そんな感覚だ。
「……契約完了だ」
「これで俺達は夫婦って訳だ。まあ、互いの事はこれから知っていけば良いだろ? とりあえず宜しくな、シャルミア」
「あまり実感がありませんが……こちらこそどうぞ宜しくお願い致します、アレクサンダー様。ヴァルナル様」
「ああ、宜しく頼むよシャルミア。さて、まずは結婚報告も兼ねて君の国へ行こうか」
「ですがヴァルナル様、お二人が魔王だと知られると誤解を生んでしまいます! 私が説得するにも限度があるでしょうし、少々難しいのでは……」
まだ残党は残っているけれど、前魔王の脅威は去った。
それをまだ知らないお父様達に、あの城で起きた事をどう説明すれば良いのか……
私が悩んでいると、ヴァルナル様は平然とこう言った。
「ああ、それなら特に問題は無いよ。幸い僕らは人間と外見が変わらない。神々に喚び出された救世主だとでも言えば、何とかなると思うよ?」
「そ、そんな話が通用するのでしょうか……?」
「勇者伝説は信じるくせに、そういう話は信用しないモンなのか? なら俺達が新しい勇者だって言っときゃ良いだろ」
「うん、それはアリだね」
「アリなんですか……」
二人の発想についていけない私に、今度はアレクサンダー様が私に剣を見せた。
「これを見せときゃイケるだろ?」
「この剣をですか?」
「一応コレは太陽神から貰ったモンだしな。分かる奴が見れば分かるはずだぞ?」
「そ、そうなんですか!? という事は……」
「僕の剣は月の女神から授かったものだ。そうだな……太陽と月の勇者、という設定でいってみよう」
「じゃ、決まりだな」
太陽神に愛された金髪の旦那様と、月の女神に愛された銀髪の旦那様(という設定)。
神が造ったという武器をこうもサラッと作戦に組み込む魔王兄弟に、私は深い溜息を吐く。
「契約も済ませたし、次はリュミエール王に挨拶しに行くぞ」
「い、今からですか?」
「おう。転移を使えば一発だしな」
私の問いに、アレクサンダー様は力強く頷いた。
すると、二人はまた私の手を取った。転移魔法を使う際には、こうして身体に触れておいた方が安全に転移が行えるのだそうだ。
万が一私だけおかしな場所に飛ばされてしまえば、次こそは命の保証は無い。残党はまだ世界中に居るのだから。
そして、もう二度と戻れはしないだろうと諦めていた、見慣れた城門の前に到着した。
転移魔法独特の空間の歪みに怯えた門番達は、私の姿を見てひどく驚いた様子だ。
「シャ……シャルミア王女!?」
「今朝城を立たれたはずでは……いや、その前にそちらの方々は……」
「この方々は怪しい者ではありません。国王陛下にお話がありますので、彼らも通して下さい」
「で、ですが……!」
そう言っても、彼らはどうするべきか悩んでいるようだった。
姫は王国の為に魔王の城へ向かったはずなのに、何故ここに居るのだろうか。こんな事を知られれば、魔王が黙っているはずがない──そんな風に考えているのだろう。
「安心して下さい。このお二人は……新たな勇者様なのです」
事前に決めた設定の通り、私は彼らの
「勇者様!?」
「お言葉ですが姫様、勇者様はもう魔王の手によって亡き者にされてしまったのでは……」
「だから俺達が次の勇者様ってのに選ばれたんだよ」
「その証拠に、こうして魔王の手からシャルミア王女を救い出したから、僕らは今ここに居る。分かってもらえるかな?」
二人の発言に、私は何度も頷きながら視線で訴えた。
本当は勇者様ではなく、新しい魔王なのだけれど……私を救った勇ましい者達である事に間違いは無い。
アレクサンダー様とヴァルナル様は、私にとっての勇者様であり、旦那様なのだから。
私は胸の前で両手を握り、もう一度門番達に言う。
「魔王という世界最悪の危機は去りました。それを今すぐ陛下に……お父様に、お伝えしたいのです。彼らの入城と、お父様への取り次ぎをお願いします」
「……か、かしこまりました!」
嘘と真実の入り混じった言葉だけれど、それでも信じてもらえたようだ。
魔王討伐と私の帰還。それを成した男性二人を目の前にした彼らの顔は、ぱあっと明るくなっていた。
すぐにお父様と謁見の間でのお目通りが叶い、私は勿論アレクサンダー様達もすんなりと城へ入る事が出来た。
お父様は私の顔を見て、歓喜と安堵──そして、罪悪感でごちゃまぜになった表情で、声を震わせる。
「シャルミア……! おおシャルミア、よくぞ無事で……!」
「お父様っ……!」
どちらともなく駆け出し、私達は互いを抱き締めた。
もう会えないと思っていた。
私の名前を繰り返し呼ぶお父様。
私はそれに合わせて何度も「はい」と涙混じりに返事をして、この再会の喜びを噛み締める。
「済まなかった……本当に済まなかったシャルミア……! お前を見送る事すら出来なかった、この無力で愚かな父を軽蔑してくれ……!」
「いいえお父様。あのような状況では、無理もありません……」
王とは民を守る者。
その為には、時に血を分けた家族すらも犠牲にしなくてはならない。
それが王族の務めであり、それこそが人の王としてあるべき姿なのだと、私は信じている。
今は亡きお母様が、そう教えてくれたから。
「あんな選択を迫られて……悲しかった。辛かった。ですがそれは、お父様も同じだった。……そうでしょう?」
「……お前はカタリナによく似た、強い娘に育ったな」
「お父様とお母様の娘ですもの。私はもう、生きる事を諦めたくありません」
私は後ろを振り返り、金と銀の兄弟に笑みを向けた。
「彼らのお陰で、私はこうしてここに戻って来られました」
「では、そなた達が……!」
彼らはそれぞれ赤と青の剣を喚び出した。
アレクサンダー様はお父様に片膝をつき、
鞘に収まった剣は右手で持ち、身体を支えるような体勢だ。
ここに来る前までの口調の荒さを微塵も感じさせない流麗な動作に、私は内心で驚きをあらわにした。
こうして黙っていると、常人とは比べ物にならない程、とても端正な顔立ちをした男性だった事に気づかされる。
「こちらは太陽神アバルの剣を授かりし勇者、アレクサンダー様」
それに続いてヴァルナル様も同じく頭を下げる。
長い銀糸の髪が床についてしまったけれど、その髪の流れにすら美しさを覚えた。
鋭さを感じる瞳とキビキビとした動作は、まるで氷の騎士のよう。
けれども、彼の言動にはその冷静さの中に温かさがあるのを私は知っている。
「そしてこちらが、月の女神アルメスの剣を授かりしもう一人の勇者、ヴァルナル様です」
お父様は二人の若き勇者を前にして、ううむと唸る。
「この蒼紅の剣が、神より授かりし勇者の証です。アレクサンダー様とヴァルナル様のお力で、世界を掌握せんとした魔王を見事討ち果たしたのです!」
「勇者アレクサンダー殿、勇者ヴァルナル殿。顔を上げよ。我が愛娘を救い、憎き魔王を討ち果たした事、まこと感謝申し上げる」
二人は顔を上げ、静かにお父様を見上げる。
「魔王討伐の報せは、すぐに各国へ届けよう。そしてそなた達には、私に出来る最大限の礼をしたいと考えている。何か褒美を望むのであれば、遠慮無く言ってくれ」
「何でも、か」
「ああ。爵位も領地も、金銀財宝も思うがままだ」
それを受けて、彼らはちらりと互いに目をやり、小さく頷いた。
「そういうのは間に合ってる。だから他の物でも構わないか?」
「勿論だとも」
彼らは魔王だ。
彼らと出会ったあの城は、今ではもう完全に二人の所有物だろう。
領地や宝物だって、魔族の国にあるのだから必要無い。
「ならばリュミエールの王よ。僕らはシャルミア姫を貰い受けたい」
「シャルミアを褒美にだと!?」
「俺達はもう、シャルミアとは切っても切れない仲にある。それ以外の褒美は何もいらねぇ」
「それを受け入れられないのであれば、僕らは魔王の残党とは戦わない」
「な、何だと……!?」
確かに私と彼らは婚姻契約を交わした。
通常の式を挙げる婚姻とは違い、婚姻契約となると話が変わってくる。婚姻契約は重い契約で、どちらかが命を落とさなければ解消出来ないのだ。
だから、切っても切れない仲というのはあながち間違いでは無い……けれど……誤解を生む発言だと思う。
実際、お父様は生まれて初めて見る困惑の表情でこちらを見ている。
「……ぐっ……娘の命の恩人であるそなたらであれば、私の知らぬ間に愛が芽生える事もあるのだろう……」
ああもうほら、早速誤解しているじゃないですか!
お父様は両手を固く握り、苦々しい顔で言う。
「勇者殿が居なければ、娘はどうなっていたか分からぬ。であれば、シャルミアが望み、護り切れる者と結ばれるべきか……!」
「お、お父様……」
「だが、何故『俺達』と……? 二人で娘をたぶらかしたとでも言うのか!?」
「いや、そうしなければ死んでしまいそうだったものだから」
「恋い焦がれ、今すぐにでも死んでしまいそうだったからと……!? いや確かにシャルミアは自慢の娘であるが、それ程までに我が娘を求めるか……!」
そうではなくて、魔王である二人と婚姻契約をしなければ、彼らがいつ命を落とすか分からなかったからで……!
けれど、それを言ってはいらぬ不安を煽ってしまう。
私はぐっと言葉を飲み込んで、多少やけになってお父様の腕を掴む。
「わ、私からもお願いします! 彼らの為にも、この国の為にも……そして世界の為にも、私と彼らとの婚姻を認めて下さいませ!」
必死で頼み込んだからか、お父様は悩ましげな顔をしながらも、静かに一つ頷いた。
「……よかろう。お前の言葉で決心が付いた。アレクサンダー殿、ヴァルナル殿。どうか、どうか……シャルミアを幸せにしてやってくれ……!」
「ああ、勿論だぜお
「ではお義父さん、早速式の日取りの相談を……」
「お二人共気が早いですし、その前に国民と各国への報せの方を優先でお願いします!」
こうして私は二人の勇者様、魔王アレクサンダー様とヴァルナル様に嫁ぐ事になったのです。
世界の未来は、きっと神様にだって分からないだろう。
それでも私達は、私達の手で未来を切り
この先どんな困難が待ち受けていようとも、私は二度と生きる事を諦めない。
人生には希望が残されているという事を、二人の旦那様その身を以て教えてくれたのだから──!
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