誕生日のサプライズ

 ガチャッ

「ただいま〜」

 ……帰ってきたみたいだ。

「あれ、いないのー?」

 玄関からリリネラさんの声が聞こえてくる。

「電気が消えてるとはいえ、鍵を開けっぱなしで出掛けるとは。無用心さんめ」

 そういえば鍵を掛けておけばよかった、などと考えたがもう遅い。

 トッ、トッ、トッ、トッ――

 仕事に疲れた足取りで、狭く短い廊下を歩く音が聞こえる。GW中は客入りも少なかったらしいが、今では通常通りにお客さんが入っているのだろう。

 あと二歩ぐらいでこのリビングのドアが開かな、などと頭の中で計算をしながら、僕は暗闇の中、指先でに触れて位置を確認する。

 ガチャッ

 リビングのドアが開かれる。

 玄関の方から漏れている明かりのお陰で、リビングにリリネラさんが入ってくるのが確認できた。

「はー、疲れたあ」

 そう言ってリリネラさんが壁際にある照明のスイッチへと手を伸ばすと、ぱっと部屋が明るくなる。

 よし、今だッ!!

 僕が勢いよくを引くと、手に持っていたクラッカーがパンッ! と一つ大きな音を立ててリビングに響いた。


「リリネラさん! お誕生日おめでとう!」


「えっ? えっ??」

 リリネラさんは目を白黒とさせている。よしっ、サプライズ成功だ。

「あれっ、どういうこと? どこかに出掛けてたんじゃないの? それに誕生日って、えっ? なんで??」

「えっとですね、これはサプライズです。今日がリリネラさんの誕生日だと知って、驚かせようと隠れてました。リリネラさんの誕生日は店長さんに聞きました」

 未だに状況が飲み込めていないリリネラさんに、僕は説明をするように一つ一つ答えていく。

「あっ、あー……あーっ! ありがとう!」

 恐らく「あ」を一つ言うごとに状況を飲み込んでいったのだろう。リリネラさんは仕事の疲れなんてなかったかなように笑顔になった。

「さっ、着替えてきてください。ご飯を用意しておきます」


 リリネラさんに告白をしてから数ヶ月。今日は二人で同居をしてから初めて迎えるリリネラさんの誕生日だ。ドラゴンにも誕生日を祝う風習があるのか謎だったけど、先ほどの反応を見ると多分似たようなものはあったのだろう。

 リリネラさんが戻ってくるまでの間に、僕は予め用意しておいた料理を食卓に並べる。

 サラダ、スープ、デザート、リリネラさんが好きなお酒。そして……。

「わー! 美味しそうな料理!」

 部屋着に着替えてメイクを落としたリリネラさんが、食卓に並ぶ料理を見て目を輝かせている。うん、このキラキラした目を見られただけでも、用意した甲斐があったというものだ。

「ふふっ、あともう一品ありますよ」

「えっ! まだあるの! わー、なんだろう」

 ワクワクするリリネラさんに「ちょっと待っててください」と言って、僕はキッチンの方へ向かった。

 店長さんから予め聞かされていたリリネラさんの退店時間に合わせて調理していたをお皿に乗せて、特性のソースをかける。

 そしてそれをもう一人分お皿に乗せて、ソースをかけてからリビングへと戻った。


「じゃじゃん! お待たせしました! ご存知、『ドラゴンステーキ』です!」


 僕が手に持つのは、リリネラさんが働くステーキ屋の看板メニューであり、僕がいつも食べている『ドラゴンステーキ』だった。

「えっ! ウソッ!? どうやって!?」

「店長さんにお肉を安く譲っていただいて、作り方を教わりました。流石に特性ソースの作り方は教えてもらうわけにもいかないので、こちらは店長さんからの誕生日プレゼントということで、ちょこっとだけ分けていただきました」

 全ての料理を所狭しと食卓に並べ終えると、二人で席に着いた。

 お互いに目を見て、手を合わせる。


「「いただきます!!」」


「このサラダ美味しい!」

「スーパーでパック売りされてるやつです」

「このスープも……」

「それも粉を溶かしたものです」

「この……」

「デザートは三百円のものをお皿にあけただけで、お酒はリリネラさんがいつも飲んでるやつですね」

「も〜、雰囲気!」

 僕が律儀に答えていると、リリネラさんはほっぺを膨らませてぷんぷん怒っている。

「すみません、流石に嘘をついてまで見栄を張る必要もないので」

「んふふ、いーよ」

 僕がそう言うのを分かっていたかのように、リリネラさんは笑顔で許してくれた。

「でも、このステーキだけは自分で焼いたんでしょ?」

「あっ、はい。そうですね。家庭用のキッチンコンロで作れるのか不安でしたが、店長さんがコツとかを教えてくださったので」

「そっかそっか」

 リリネラさんは嬉しそうに言いながらステーキを切り分けると、特性ソースをたっぷりと絡めてからパクっと口に含んだ。

「ん〜〜〜!」

 リリネラさんの幸せそうな表情を見て、僕も同じようにステーキを口にした。


 やがて全ての料理を食べ終えて、二人でゆっくりお酒を飲む。

「いやー、まさかこんなサプライズを用意してくれてたなんてね。本当に、ありがとうだよ」

「いえ、喜んでいただけたのなら良かったです」

 先週お店に行ったときに店長さんから「そういや来週は〜」なんて言われてから準備を始めたから大したものは用意できなかったけど、喜んでもらえて本当によかった。

 そうして二人でのんびりとお酒を飲みながら話していると、ふとした疑問が浮かんだ。


 リリネラさんはいくつになったんだろう。


 誕生日は教えてもらえたけど何年生まれかまでは教えてもらえなかった(正確には店長さんもわからないらしい)ので、気になってしまった。

 歳を聞くのも失礼だな、などと思いながらリリネラさんの顔をじっと見つめていると、リリネラさんと目が合った。

「なぁにぃ?」

 この人、いや、このドラゴンだいぶ酔ってるな。

「リリネラさんはおいくつになられたのかなー、なんて。あいや、女性に歳を尋ねるのも失礼なので忘れてください」

 お酒のせいで考えたいたことがぽろっと口から出てしまった。どうやら僕もだいぶ酔っているらしい。

 するとリリネラさんはちょっとムッとした表情をした。

「まあドラゴンは長寿な生き物ですしー。それでもリリはまだぴっちぴちで若い方ですしー。それでもそれでも、生まれて数百年は経っちゃってますしー。だから貴方からしたらリリはお婆ちゃんですよー」

 リリネラさんはいじけるように話し始める。見た目は二十歳前後なのに、実は数百歳なのか。やはり人とドラゴンは違う生き物なんだな、と改めて実感させられる。

「でもね、何歳になるか正確には覚えてないリリでも、こうやって誕生日をお祝いしてもらうのは初めてだからとっても嬉しいよ」

「あれ、初めてなんですか? てっきりそういった風習があるのかと思いましたが」

 帰ってきたときの表情から読み取った考えは勘違いだったのかな? などと改めて考えていると、リリネラさんは寂しそうな表情をする。

「あっちの世界では、リリネラ・ルーシャの誕生日を祝うと言うよりは、ルーシャ家の娘の誕生日を祝うって感じだったからね。どこか他ドラゴンごとのように感じてたんだ」

 他ドラゴンごと。他人ごと、ということだろうか。それは確かにちょっぴり悲しいな、などと心の中で納得する。

「でも、こうやってリリネラ・ルーシャを見てくれて、ドラ婚を前提に付き合ってほしいと言ってくれて、そして誕生日を祝ってくれて。本当に本当に、ありがとうだよ」

 リリネラさんはお酒のせいもあってか、目がトロンとしている。その表情にドキッとさせられながらも、僕は今日最後のサプライズを出すタイミングを窺っていた。

(今、かな……)

 僕は決心すると、ポケットの中から小さな箱を取り出した。

「リリネラさん、あの……」

「んー? なーにー?」

 箱をリリネラさんにも見える位置に持ち、中身が相手に見えるようにぱかっと箱を開けた。


 果たして。

 箱の中の小さな輪っかは、彼女の瞳にどう映っただろうか――。

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