拾われて 雇われて

「ぐっ!!」


 異世界へ転移することに成功したリリネラだが、魔力を使い切った反動から倒れ込んでしまった。

 リリネラはなんとか目を開いて自分の周りを見る。辺りは2mぐらいの背の低い建物に囲まれ、冷たい雨が降っていた。元々いた世界でも似たような景色は見たことがあるが、漂う雰囲気が異なることから、先ほどまでいた世界とは異なる地であることを感じ取る。


(成功、したのか?)


 とりあえずこのままではまずい。どこか休める場所に移動しよう。

 そう考え、悲鳴を上げている体に鞭を打って立ち上がろうとしたときに気づいた。

 人の肉体にドラゴンの角と翼、それと尻尾が生えた姿。

 リリネラは転移魔法によって魔力が枯渇してしまい、ドラゴンの姿が維持できなくなっていた。

 魔力を生成するためには、食事や休養が必要だが、転移してきたこの世界ではそのどちらも安全に確保できるかは怪しい。

 ひとまず部分的に顕現していた角と翼、尻尾をしまって、完全に人の姿になることにした。

「くっ……フンッ!」

 これで魔力の消費は限りなくゼロにできた。

 そう安心しきっていたから、リリネラは後ろに立つ男性に気づかなかった。


「おい、嬢ちゃん」


 声をかけられ振り向き、リリネラは驚愕きょうがくした。

(人……! まずい、今の姿を見られたか!?)

 直前まで人に追われていたということもあり、真っ先に逃げるという選択肢が頭に浮かんだ。

 急いで立ち上がろうとするが、足に力が入らずその場に倒れ込んでしまう。

 そのままリリネラの意識は、冷たい雨の中に薄れていった。


 * * *


「……ん、……あれ?」


 目が覚めたリリネラは、暗い室内にいた。

 体には毛布が掛けられ、額には濡れタオルが乗せられていた。

(リリ、この世界に来て、それで……)

 上体を起こしながら記憶を探っていると、すぐ近くから声が掛けられた。

「お、目が覚めたか」

 その声は、探っていた記憶の中で最後に聞こえた声と同じものだった。

「……!」

 リリネラは飛び起き、声が聞こえてきた方とは逆の方向に後ずさった。

「おおい、そんなに驚かなくなっていいじゃねえか。別に何かするわけじゃねえ、むしろ助けてやったんだ」

「助けて……?」

 男は立ち上がり、部屋の明かりを点けた。急に眩しくなり一瞬何も見えなくなったが、光に慣れてくると室内の様子が確認できた。

 ちゃぶ台とテレビが置かれているだけの、広くも狭くもない六畳間だった。

「ここはどこですか。それに、あなたは……?」

「ここはちっぽけなステーキ屋の休憩室だ。そして俺はここの店長だ。嬢ちゃんを店の裏で見つけたが、声をかけたらいきなり倒れちまってな」

 それで、と言葉を続ける。

 相手は自分の素性を明かしたのだ。であれば、次に続く言葉は予想がつく。

「嬢ちゃんは何者なんだ?」


 一部分だけとはいえ、ドラゴンの姿を見られてしまったリリネラは、包み隠さずに今までのことを話した。

 こことは異なる世界に住んでいたこと。

 そこには人とドラゴンが手を取り合って暮らしていたこと。

 リリネラを求めて人とドラゴンが対立したこと。

 転移魔法を使用してこちらの世界に跳んできたこと。


 リリネラが話してる間、ステーキ屋の店長は一言も喋ることなくリリネラの話を聞いていた。

「……そうか。大変だったな。そんじゃあ誰かお仲間が一緒ってわけでもないのか」

「はい。リリは今は一人です」

 いや、とリリネラは思う。

 あちらの世界で一緒に過ごしてきたドラゴンたちは、リリネラではなくルーシャ家の姫だから守ってくれていたのだろう

 おそらくは、リリネラに本当の仲間や友達は誰もいなかったのだ。

「いえ……

「そうか……辛かったな」

 店長は少し顔を伏せた後、よしという掛け声とともに立ち上がった。

「とりあえず腹減ってんだろ? ウチはステーキ屋なもんでな。ステーキぐらいしか出せるものはねえが、肉食って元気をつけな」

「はい。ありがとうございます」


 しばらく待っていると、店長が戻ってきた。

 その手に持つ木製の板には、ジュウジュウと肉が焼かれている鉄板が乗っていた。

「よっと、お待ちどおさん。こいつはうちの名物、『ドラゴンステーキ』ってんだ。ボリュームもあって値段も抑えめにしてある。千五百円と赤字ギリギリだが、こいつを目当てに来てくれる客もいるもんでな。すっかり看板メニューになっちまった」

「えっ、ドラゴンって……」

「わっははは。まさか本物のドラゴンなわけがあるか。この世界にはドラゴンなんて生き物はいねえんだ。ただの牛ステーキだよ」

「そ、そうですか……」

 店長は名前のインパクトが大事だのなんだのと語り始めたが、既にリリネラの目は肉に釘付けになっていて言葉など耳に入ってこなかった。

「っとと、わりいわりい。腹が減ってるんだよな。どうぞおあがり」


 一口サイズに切れているステーキをフォークで刺して、ソースを少しだけ絡ませて食べた。

 初めて異世界で口にするものだったが、とても美味しかった。

 しかし一口、また一口と食べる度に、段々とステーキの味がしょっぱくなっていった。

「うっ……ううっ……」

 リリネラは、泣きながらも食事の手を止めることはなかった。


 ステーキを食べ終える頃には、リリネラの涙も止まっていた。

 最後の一口を食べ終わるまで何も言わずに待っていてくれた店長が、タイミングを見計らったように口を開いた。

「ところで嬢ちゃん、行くところも住むところもないんだろ。だったらウチで住み込みで働いてみたらどうだ?」

「え、でもリリ、働いたことないし……」

「誰だって働く前は働いたことなんざねえもんだ。気にするこたぁねえ。それとこう言っちゃアレだが、嬢ちゃんはかなりのべっぴんさんだ。客引きになる。ウチとしては働き手が増えるし客も増える。嬢ちゃんは当面の寝床と食うものが確保できる。ついでにこの世界で使える金も稼げるってわけだ。どうだ。互いにとって悪くはないだろ」


 ――もし生まれ変わったら、今度は別の世界を見てみたいな。

 リリネラは転移する前に願ったことを思い出した。

 結局自分は生き延びることができたが、それでも別の世界を見たいという願いは変わらない。

 生きてもっと世界を見たかった。

 この世界に暮らす人々の営みを見たかった。

 そして、友達が欲しかった。

 ルーシャ家の姫ではなく、リリネラ・ルーシャを見てくれる友達が。


「わかりました。よろしくお願いします」

「よっしゃ、決まりだ。それじゃあまずは接客から覚えてもらおうか。厨房はその後だ」

 そうしてリリネラは、ドラゴンがいないこの世界で働くことになった。


 カランカラン


 いらっしゃいませ。お一人様ですか?

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