異世界生まれのお姫さま
あるところに、人とドラゴンが暮らす世界があった。
この世界で生きるドラゴンは魔力を用いて完全な姿となることができ、消費する魔力量を抑えることで人間に近い姿となることができる。
そのため、人もドラゴンを恐れることなく触れ合っていた。
人は、ドラゴンの力と魔法を。
ドラゴンは、人の知恵と器用さを。
お互いの良い点を認め、手を取り合って暮らしていた。
ある時、ドラゴン王家であるルーシャ家にメスのドラゴンが生まれた。
長寿であるドラゴンにとって、生命の誕生というものはそれ自体が数千年に一度しかない稀な出来事であった。そのため、人もドラゴンも誰もがその娘の誕生を祝福した。
人とドラゴンによって繰り広げられる
"リリネラ"――
それが彼女に与えられた名だった。
* * *
王家に生まれ姫として育てられたリリネラは、謁見に来る者から毎日のように甘い言葉を
可愛い。
美しい。
まるで宝石のようだ。
リリネラは、それらの言葉を聞き飽きることもなく
リリネラは、この世界に生きる人とドラゴン、全てを愛した。
* * *
やがてリリネラが生まれてから二百年近い歳月が流れた、ある日のこと。リリネラの父でもあるドラゴンの王が彼女に言った。
「お前もいい歳だ。人でもドラゴンでもよい。そろそろ
しかしリリネラはその言葉に頷かなかった。
この世界に生きる皆が好きだが、特定の誰かと一生を共にしようなどとは考えたことがなかった。
そもそも相手が人であった場合、彼らは百年ちょっとしか生きられないのだ。
一生を共にする相手。あるいは、ほんのひと時を共にする相手。
リリネラは悩んだ――
王の
しかし悩みに答えが出ないリリネラは、誰が来ても首を縦に振らなかった。
そんな日々が長いこと続くと、人間の中から競争相手を蹴落とそうと策を講じる者が出始めた。始めのうちは競争相手の評判を落とすために悪い噂を流すなど実害のないものだったが、次第に相手に怪我を負わせる出来事が起こり、ついには死者まで出てしまった。
そうなるともう止まらなかった。
求婚者同士での死闘だ。否、闘いなどと呼べるものではなかった。
ドラゴンは力と魔法を。
人は知恵と器用さを。
各々が得意とすることを以てして、種族関係なく殺し合った。
「やめて! リリのために争わないで!」
リリネラの悲痛な叫びは誰の耳にも届かなかった。
リリネラの声と涙は枯れ、いくつもの屍が築かれ、やがて人々の怒りがリリネラに向けられた。
何故このようなことになった。
何の為に生まれてきた。
悪魔め。
殺せ!
殺せ!!
殺せ!!!
流石に一国の姫が危険に
対する人間たちは武器を手に取り、リリネラが住む城に訪れてきてこう言った。
「姫よ。リリネラ姫よ。どうか民のため、
自分のせいで、多くの被害が出た。そのことをリリネラは痛いほどわかっていた。
それでもリリネラは生きたかった。
人の営みを。
ドラゴンの営みを。
生きてもっと世界を見たかった。
だからリリネラは、人の望みを拒んだ。
「いやです」
その一言が、ドラゴンと人を決別させた。
* * *
「はあ……はあ……ここまで来れば、大丈夫かな」
人から追われて一匹で逃げ入った洞窟。
体力的にも精神的にも限界が来ていたリリネラは、その奥深くで息を潜めていた。
とにかく今は生き伸びて、皆と合流をしなければならない。
リリを逃してくれた家臣のドラゴンたちはどうなっただろうか。
パパは、ママは、無事だろうか……。
こんな状況でも、リリネラは自分の身よりも仲間の身を案じていた。
しばらく休んでいると、洞窟の入り口の方から人間の声がしてきた。
「やっぱり来たか……もう、ダメかも」
入り口からここに来るまでに抜け穴などはなかったから、恐らくもう逃げられないだろう。
最後に皆に一度だけ会いたかった。
パパに撫でられたかった。
ママに甘えたかった。
もし……もし生まれ変わったら、今度は別の世界を見てみたいな。
そう考えていたときに、ふと頭をよぎったものがあった。
――"転移魔法"。
ここではない遠くの場所に転移するための魔法。
普通の使い方であればどこか離れた地へ移動することができる魔法だが、発動時に消費する魔力量によっては、異世界にすら行けると
異世界に行こうと試みたドラゴンたちが十体ほど集まって魔力が束ねたが、それでも異世界に転移することは叶わなかったと聞く。しかし王家に生まれたリリネラであれば、魔力量は他のドラゴンの比ではない。自らの残る魔力を全て注げば、あるいは異世界への転移も可能かもしれない。
「それ以外に生き残る道はない、か」
どうせこの世界のどこにいても人から追われるのであれば、異世界に逃げるのも一つの手である。そう覚悟を決めて、リリネラは一か八かにかけて全身から魔力を絞り出す。
「いたぞ! こっちだ、殺せ!」
「ハアァッ!!!」
人間たちがリリネラの姿を見つけたのと、リリネラの転移魔法が発動したのは同時だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます