ドラ婚

キム

ドラ婚

「リリネラさん! 好きです! 結婚を前提に付き合ってください!」

 僕は心の内に秘めていた想いを言葉に乗せて、リリネラさんに告白した。


 閉店間際のステーキ屋さん。

 店内に人はほとんど居ないが、そのせいで僕の初めての告白は店にいる誰の耳にも届いていただろう。

 レジ打ちをしていたリリネラさんが、レシートをこちらに差し出す手をそのままにぽかんとした表情をして、すぐに慌てたように顔を真赤にした。

「えっ……えっ!? ちょっ、ちょっと待ってね。あのっ、えっと、リリのお仕事が終わるまで待ってもらってもいい……ですか?」

「はい。お店の外で待ってます」

 僕はバクバクとうるさい心臓の音を無視して冷静を装いながら、レシートを受け取ってお店の外に出た。


 * * *


 思えば、あれは一目惚れだったのかもしれない。

 社会人になってから一人暮らしを始めた僕は、自炊をするのが億劫だという理由と、月に一度くらいは贅沢をしたいという理由から、お給料が入った週の金曜日にだけ近所のステーキ屋さんで晩ご飯を食べることにしていた。

 確かあの日も、仕事を終えてからお給料を下ろしてステーキ屋さんに入った気がする。

 いつも通りに一人で寂しく奥の方の席で食べようかと考えていたら、見慣れない店員さんが近づいてきた。ネームプレートを見ると「リリネラ」と書いてあって、プラチナブロンドのショートヘアに、両目とも黄色い瞳をしている。パッと見て、外人さんだと思った。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「はい、一人です。あの、奥の席って空いてますか?」

「少々お待ち下さいませー。ええっと……はい、空いてますよ。ご案内しますねー」

 

 いつもの席に着いて、社会人一年目にとっては贅沢な千五百円のステーキを注文すると、見慣れたウェイターさんが運んできてくれた。

「お待たせいたしました。いつもご利用ありがとうございます」

「どうも。あの、今レジ打ってるリリネラって子、新人さんですか?」

「そうですね。今月の頭に入った子です」

「ふーん、日本語上手ですけど、外人さんですよね」

「あー、なんか理由ワケありだって店長から聞きましたけど、多分そうですね」

「そっか。引き止めてすみませんでした。ありがとうございます」

「いえ。では、ごゆっくり」

 僕は一ヶ月の頑張りを自分で労うように、既に一口サイズに切れているステーキをフォークで刺して、たっぷりとソースを絡ませて口に含んだ。


 その後、毎月ステーキ屋さんに行く度に、リリネラさんを目で追うようになっていた。笑顔で一生懸命に働いている姿を見ると、一ヶ月ごとの疲れがリフレッシュされるようだった。

 自分がリリネラさんのことを好きだと気付いたのは、先月だったか、先々月だったか。

 そして今日、僕はこの気持ちを抑えることができず、思い切ってリリネラさんに告白したのだ。


 * * *


「おまたせー」

「いえ、全然。こちらこそ突然すみません」

 お店の外で待っていると、閉店時間よりちょっと早めに私服姿のリリネラさんが出てきた。

「閉店の作業とか大丈夫なんですか?」

「あー……なんか店長が気を使ってくれてさ。早めに上がっていいって言ってくれたんだ」

「そうですか」

 店長さん、グッジョブ!

「あの、改めてなんですけど……」

「あっと、その前にちょっとさ。んっと、着いてきてもらっていい?」

「あ、はい」

 リリネラさんは辺りを見回すと、人通りが少ない路地へ歩いていった。

 僕もその後を追っていくと、表通りの喧騒がほとんど届かいないような場所まで来た。こういうところ、袋小路っていうんだっけか。

 ここで殺されても一晩は誰にも見つからないんじゃないかっていうような、暗くて静かな場所。

 僕は先程とは違った理由でドキドキしていた。

「えっとね、さっきの告白の返事をする前に、ちょっと見てほしいものがあるんだけど、いいかな?」

「見てほしいもの? はい、いいですよ」

 何やら重苦しい雰囲気を感じ取ったが、僕は何も考えずに返事をする。

「ありがとう。それじゃあ……」

 そう言ってリリネラさんは僕から三歩ほど離れると、両足を開き、脇を締め、気合いを入れるような構えをとる。


「フンッ!!」


 リリネラさんが掛け声を発すると同時に、突風が吹いた。

 目は開けていられず、一瞬息も詰まったけど、それはすぐに収まった。

 ゆっくりと目を開くと、先程と同じ位置にリリネラさんが立っていた。

 しかし、その姿は先程とは異なるものだった。


 頭には蒼黒い角。

 肩甲骨辺りには同じ色の翼、腰には尻尾。

 開かれた両目は、左の瞳だけ赤く変色していた。

「改めて、自己紹介するね。リリは、リリネラ・ルーシャと申す者だよ。そしてリリは、ドラゴンなのです」


 目の前の光景に驚いて言葉が出てこない僕に、リリネラさんは淡々と自身について語ってくれた。

 元々、こことは異なる世界に住んでいたこと。

 その世界で怖い人間に追われて、こっちの世界に逃げてきたこと。

 逃げる際に魔力を使い切ってしまい、ドラゴンの姿を維持できなくなっていること。


「そんな感じで今はこんな格好をしているけど、リリはドラゴンなの。驚いたでしょ? びっくりしたでしょ? ごめんね、せっかく告白してくれたのに。だからリリは、貴方とは――」

「ち、ちょっと待ってください! ごめんねって、ドラゴンだと人間と付き合っちゃいけないんですか? 結婚しちゃいけないんですか!?」

「え……いや、そんな決まりはないけど。でも、リリはドラゴンだよ? 貴方も普通の人間の女性とお付き合いしたほうがいいでしょ?」

 その言葉、僕はちょっとばかりカチンと来た。

「……あのですね。僕が好きになったのはステーキ屋さんで働く女の子でも、日本語が上手な外人さんでもないんです。リリネラ・ルーシャさん、あなたなんです。だから、あなたが人間だろうとドラゴンだろうと、そんなことは僕にとっては些細なことなんです」

 ちょっと早口で言うと、リリネラさんは先程までの悲しげな表情から転じて、またぽかんとした表情になっている。

「だったら、こちらからも改めて言わせて頂きますね」

 そう言って僕は、リリネラさんの色の異なる瞳を見つめた。


「リリネラ・ルーシャさん。僕と結婚を前提に……いえ、ドラ婚を前提に付き合ってください!」


 僕は改めて、半分ドラゴンの姿になったリリネラさんに告白をする。

「えっと……何? ドラ婚って、っぷふ」

「ドラゴンのリリネラさんとの結婚なのでドラ婚って思ったんですけど……変ですか?」

「ぷっ、あははははははは」

 リリネラさんはお腹を抱えて、堰を切ったように笑いだした。

「なんですか。こうやって告白するの初めてなのに笑うだなんて……」

「あ、初めてだったんだ、ごめんね。でも……ぷふっ。あー! 面白い!」

 そう言いながら、リリネラさんが顔を上げる。

「うん、いいよ。面白いね、気に入ったよー。お付き合い、しよっか」

「えっ、本当ですか!? やった! ありがとうございます!!」


 こうして僕は、ドラゴンとの結婚、ドラ婚を前提にリリネラさんと付き合うことになった。

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