事情ある参加者の活動
受付を済ませると、「28」と書かれた札をもらった。これがそのままオーディションの順番になるらしい。
「この札をもって、控え室で待っていてください。オーディションは15時に開始です。控え室は五階となっております。あちらのエレベータからお上がりください。」
受付の人はにこりともしない。超絶事務的。
「申し訳ないのですが、受験されるお子様が十歳以下の場合でないと、ご家族は一緒に入れません。皆様は終了までどこか別の場所でお待ちください」
美冬はえーっと声を上げた。受付の人は見向きもせず、次の受付をやっている。
「しょうがないわね。おねえちゃんたちはすこし買い物でもしているから、終わったら連絡してね」
えっ、そんなあっさり。あああたし、できればみんなにいて欲しいんだけど……。でもまあ。
ちらりと受付の人を見るけど、こっちには見向きもしていない。完全に知らんぷり。これは食い下がってもムダね。
ここは一人でいくしか、ないか。
「うん」
あたしは頷く。
「まあ、がんばってこいよ」
「がんばってね、茉那ちゃーん!」
あたしは見送るみんなに手を振って、エレベータに乗った。
エレベータを降りた正面に、控え室と張り紙がしてある部屋がある。コンサートホールみたいな重たいドアを押して入ると、中はめちゃめちゃ広かった。《リノリウム|ベージュ色でのっぺりした床》に、大量のパイプ椅子が置いてある。
スペースは半分くらいは空いていて大きな鏡もあった。そこで柔軟や振り付けのおさらいをしている人達もいる。
年齢はほんとに色々で、どう見ても小学生の子から、あたしと同じくらいの子、もっと大人の人もいた。
頭を抱えてしゃがみ込んじゃってる子がいたり、振り付けの同じとこを何度も繰り返してる人がいたり。二人で話し込んでる子たちもいる。あれって友達同士かな。そっか、そういうのもあるんだ。
んっ?
あたしは、奥の方にいるサルエルパンツをはいた女の子に目が吸い寄せられた。
胸元くらいまでありそうな髪の毛をターバンタイプのヘアバンドで抑えていて、目鼻立ちがぱっちりした、美人系の子だった。単なる柔軟やってるだけなのに、動きがすごくリズミカルで、音楽が聞こえてきそう。
でも、あたしが目を奪われたのは、そういうことじゃない。なんだか、どこかで見た気がして――?
「あっ」
あたしが思わず声を上げると、その子がこっちを見た。ぱっと目が逢う。あたしは反射的に会釈した。
でもその子は何の表情もなく、ふぃと目を逸らして柔軟を続けている。
あれ、勘違いかな?
でもあの横顔、確かに見覚えが……。
あ。思い出したかも。たぶんうちのガッコのダンス部で一緒だった子だ。なんか、変わった名前――
ふーん、そっか。うちのガッコの子も受けに来てるんだ。あの子、うまいんだろうな……。
って、そんなことより、早く着替えなくちゃ。
☆
更衣室の場所を聞くと、パーティションで区切られたところを指示された。中に入ると、いくつか並んだ姿見の前に立って、テキパキと着替えている人がいる。見回すと、かごが積んであった。着替えるときに服を入れるかごかな? かごのそばには『貴重品は身の回りに置いてください』という貼り紙がある。
かごを取って、姿見の前に立った。
鏡の中にいるあたしは、まだあたしだ。
肩に掛かったバッグ。そっと下ろして、ジッパーを開ける。大きな青い胸リボン。その下に、きちんとたたまれた薄青の布地。
リボンを取り出して脇におき、下にある服にそっと手を入れた。
両手で肩口を持って、目の前に下げる。
薄い青のAライン。スカートの端のところは控えめなレースで飾られていて、襟ぐりは少し深め。すこし大きめの白い襟がかわいい。胸元には、リボンを付けるためのボタンがついてている。
課題曲はりさ姉たちのデビュー曲だった。りさ姉にせがんで、振りを教えてもらったこともある曲だ。
きっとあたしは、りさ姉に守ってもらってる。そんな確信があたしにはある。
ぜったいに、受かるんだ。
自分に言い聞かせながら、袖を通す。
「わー。そのワンピ、かわいいねー」
いつの間にか、背の高い女の子がとなりにたっていた。目が逢うと、にこっと笑う。ぱっと花が咲いたような笑顔で、あたしもつられて笑顔になった。
「それでオーディション出るのー?」
「うん」
「どうしてー?」
どうして。どうしてと聞かれても。
あたしは言葉を探して考え込んでしまう。
「だってー、ダンスのオーディションでしょ。普通は動きやすい服を着るかな、と思ってー」
「あ、そういうイミ」
確かにその子はスウェットを着ていた。
でも、この服は。
「これ、動きやすいよ。だって、ステージ衣装だもん」
「ステージ衣装?」
「うん。あら☆てんってグループの」
「えーっ!? ほんとー!?」
「知ってるの?」
「知ってるー!
あ!
「ほんとに!?」
「うんー。そういえばそれ、ありりんのイメージカラーの服だよねー。ありりん、好きー?」
「好きっていうか……」
ちょっと説明に困る。黙っていると、その子はニッコリと笑った。
「わたし、ちまきー。
「あ、あたし、星住茉那」
「マナちゃんかー。お互い、受かるといいねー!」
笑顔で軽く手を振って、離れていった。
離れていく後ろ姿を見ていると、めっちゃ小顔なことに気がついた。背の高さはあたしと変わんないのに、頭身がすっごい高い。それに歩き姿もめちゃキレイ。モデルさんみたい。カワイイ系美人っていうのかな、ああいうの。
あたしはちょっと不安になった。
ほんとに、受かるのかな……。
あたしは頭を振って、鏡に向き直る。
リボンを荷物から取り出して、胸元に合わせる。
鏡の中にいるのはあたしだけど、あたしじゃない。りさ姉があたしに宿ってるんだ。
あたしはげんこつを鏡に突きつける。
「よしっ!」
りさ姉、がんばってくるね!
IDOLV@NISHES 文芸戦隊アマルガム @amalgamgum
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。IDOLV@NISHES の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます