第23話 (最終話) 麗しの慶子さんと運命の言い間違い !!
テーブルに座り、注文を済ませると、しかし慶子さんはそんな僕の焦りも知らずに穏やかな笑顔をこちらに向けました。
(何か…早く話しかけなければ!…)
話題のネタ切れとなっていた僕の心にさらなる焦りが加速して行きます。
(何でもいい!話題だ !! …)
そして僕は店内を見回し、壁に掲示されたメニューを見たとき、ふとした思いを抱きました。
(…タンメンとチャンポンって、どう違うんだっけ !? 味付けかな?)
そしてハッ ! と気が付いたのです。
(そうだ!たわいないことで良いんだ!これを言葉にしよう !! )
やっと話題の糸口を見つけた僕は明るい笑顔で慶子さんに勢い込んで言いました。
「ねぇ!! タンポンの味って違うのかな?」
…その瞬間の慶子さんの顔は、正直言って正確には覚えていません。
たぶん僕の記憶から消し去りたいことだからなのでしょう。
あまりにも大きな、取り返しのつかない言い間違い…。
それを僕はよりによって大事な初デートの二人でお食事という場面でやってしまったのです。
彼女の眼は大きく見開かれ、次の瞬間には恐怖と不安と蔑みと気味悪さとがない交ぜになった視線を僕に向けていました。
…そして僕の方は自らの言い間違いに呆然として、何も修復の術が無いままもはや次の言葉を発することなど出来ない状況に陥っていたのです。
慶子さんは僕と視線すら合わさず、出て来た料理を無言のままそそくさと食べました。
…二人の雰囲気は鉛のように重苦しくなり、僕は心の中で世界が歪んで行くような感じにムンクの叫びを上げていました。
慶子さんは食事後に出されたお茶を一口飲むと、ようやくキッと顔を上げて僕に言いました。
「そう言えば私、今日は夕方から母に用事を頼まれていたの!…ご免なさい、これで失礼していいかしら?」
そしてテーブルに自分の食事代を置いて席を立ちました。
…とたんに視界から色彩が失われ、僕はまるで裁判官から無期懲役を言い渡された被告人のように、胸にぽっかりと大きな穴が開きました。
彼女が店を出るときに開けた扉からひゅううと僕の穴に冷たい風が吹き込みました。
本当は「森緒くんと愉快かビミョーな仲間たち」にも載せたくなかった、僕がまだ満年齢で18歳、純情でまだロマンチックなどという言葉の意味も経験も知らなかったときのお話です。
…そんな僕がまさかその後30歳を過ぎてから11歳も年下の現在の妻と結婚するような人生になるとはこの時は全く予想も出来ませんでした。
心の穴はまだ埋まってはいないけど、穴の輪郭はだんだんとボヤけて今は表面的には目立たない落とし穴のようになっています。
たったひとことの言い間違いで、ロマンスなんて簡単に砕け散って地獄への穴が口を開けるということを知った僕は、結婚生活が長くなった現在でも油断をしないで戒めの言葉を胸に毎日を送っているのです。
「夫婦愛 親しき仲にも 殺意あり」
森緒くんと愉快かビミョーな仲間たち
了
森緒くんと愉快かビミョーな仲間たち 森緒 源 @mojikun
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