32望月白香は思案する

 室内にこもっていたむわっとした熱気と共に、少し先すら見通せない闇が押し寄せる。


 講堂の中は、真っ暗だった。


 廊下も薄暗かったが、全面がガラス張りになった壁からは、月明かりや街の明かりが差し込んでいた。けれど講堂は、外からのそれすら分厚い壁がシャットアウトしている。


 音を立てないよう、そっとドアを閉めてしまうと。背後からの微かな光源すら阻まれて、一層、暗闇が濃くなる。

 蒸し暑いはずなのに、何故か無性に寒気がして、鳥肌が立った。



 息を殺しながら、辺りの気配を探るが。二人がどの辺りにいるのかは、分からない。

 講堂の中はおとなうものなく、しんと静まりかえっていた。会話をする声も、殴り合う音も、息づかいすら聞こえない。今は互いに相手の様子を窺っているのか、それとも既に講堂からは出てしまったのか。


 いや、それはないはずだ。出入り口は緋人くんが抑えていたし、別の出入り口から強行突破したとしたら、さすがに気付くだろう。

 きっとまだ、二人はここにいる。



 どうしてこんな暗闇で、と思ったけれど、そこは吸血鬼と人狼の二人である。夜に活動する種族なのだし、夜目が効くのかもしれない。

 だけど私は平々凡々な、ただの人間である。この暗がりでは、何も見えない。




 まずい。

 これは、考えてなかったぞ。




 この暗闇じゃあ、姿




 二人を止めようにも。

 まず、その段階まで、たどり着くことができない。


 下手に動き回れば、それこそ緋人くんが言ったように、巻き添えをくらってしまう可能性があった。

 どうにか明かりをつけないと。

 何もできないうちに、終わってしまう。




 焦燥にかられ、けれども動くことはできずに、入り口近くで佇んでいると。

 突然、どん、と大きな音が聞こえた。


 二人のどちらかが、何かにぶつかったのだろうか。

 驚き半分、懸念半分で、音のした方角に(何も見えはしなかったけれども)視線を向けると。

 続けて、鈍い音が立て続けに響いた。


 これは、もしや。

 ……殴り合っている、音だろうか。


 いずれも、私の立っている場所から右手の方角である。




 二人の気配をようやく感じ。本当に、どうやら本当に戦い合っているという事実に、臆するけど。

 そんなこと、考えてる場合じゃない。


 私は、自分の頬を打って奮い立たせる。


 だって、少なくともこの音が聞こえている今は。

 反対方向に行く分には、危なくないはずだ。




 とにかく。明かりをつけなくちゃ。

 けど、どこに?


 手探りで壁を探るが、スイッチらしきものはどこにも見あたらない。焦りばかりが募っていく。


 落ち着け。

 落ち着け、考えろ。


 そうだ。広いホールは、普通の教室みたいに、壁に照明のスイッチがあるんじゃない。どこか、別の場所だったはずだ。

 昔、使ったこともあったじゃないか。


 舞台とは反対側、客席の後ろの方に、舞台の照明や音響を操作できる部屋がある。

 もしかしたら、そこに客席の照明のスイッチもまとまってあるんじゃないのか?

 もし見あたらなかったとしても。舞台の明かりをつければ、全体もある程度は明るくなるはずだ。

 行ってみる価値はある。




 私は、静かに動き始めた。手探りで近くにある座席を触り、向きを確認する。席は、右手側を向くように設置されていた。

 つまり、舞台は私から見て右手の方だ。


 よかった。二人のいる方向は、舞台側だ。

 私の行く方角じゃない。




 ほっとしたせいか、じわりと汗がにじむのが分かる。

 しかし着ている服が藍ちゃんチョイスのひらひらワンピースなもんだから、動きにくいことこの上ない。汗染みになりませんように。


 そういえば、外に出るので、血まみれだったワンピースは流石に着替えたけど、昼間と似たような淡いアイボリーのワンピースだ。

 おい慌ててたとはいえなんでこれを選んだんだ私、シミが落ちないぞ!?




 いやもう、服なんてこの際どうでもいい。

 なんにせよ、急がなくちゃ。


 私は、額から顔に滴り落ちた滴を、手の甲で乱暴に拭った。

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