第十話 医師団の再結成

 東部地区で最も歴史ある病院の中心人物が亡くなったことは、病院内に大きな影響を与えた。

 シリウス医師の臨終に多くの聖職者が立ち会っていたこともあり、エルコム帝国の教会の重鎮たちにも、すぐにその医師───しかも医師団に加わっていた医師の訃報は届いた。


「シリウス・ツァドクシュヴィルエール医師が死去された知らせ、陛下はご存知でしょうか?」


 大司祭が嫌らしい笑みを隠しもせず、いつもの自室の椅子に腰掛ける少年王に詰め寄った。


「まあ、当然、知っておいででしょうね。その場にいらっしゃったのですから」


 そして大司教は、さも困ったように顔を歪める。


「困りますぞ、陛下。陛下が亡くなられては、もう王位を継承する者がいなくなってしまいます。そうなってしまっては、この国で内戦が───」

「随分と意地悪なことをされるのですね、ヨゼフ大司教」


 狭い一室に突如として響いた若い男の声に、大司教と彼に連れ立っていた修道士たちが扉の方へと振り向いた。東部地区の教会に所属している、ヘンリーク・キラール神父であった。声の正体に大司教は安堵し、喜びの声をあげる。


「キラールの所の次男坊じゃないか! 見ない間に大きくなったな」

「ええ、おかげさまで」


 キラール神父は微笑んだが、感情が込められていないことは明らかだった。大司教は不審に思い、そして神父が抱える紙の束を見て問いかけた。


「何の用で来たのかな、キラール神父?」

「医師団を戻して欲しいのと、後はその医師団の決定をわざわざ貴方がたに聞かなくてもいいようにして欲しいのです」


 その答えに、大司教は眉をひそめた。


「そうはいかない。第一、医師団の医師たちは皆、無能だったじゃないか。初めての会議からも、それ以降も、何一つ成果を得られなかった」

「そうとは限りませんよ、大司教」


 神父はそう言い、部屋の中心に置かれたテーブルの上に抱えていた紙を広げた。そこには帝都の地図と大量のバツ印が書き込まれていた。


「なんだね、これは?」

「この街の地図です」

「見れば分かる。私が問いたいのは、この地図に書かれている印が何を意味するのかと、この地図でお前が私に何を伝えたいのかだ」


 神父は笑みを崩さず、シワのない若い指を地図の上に滑らせ、東部地区を指差した。


「見ていただければ分かりますが、東部地区は真っ黒ですね?」


 神父の言葉に一同は静かに頷いた。神父は次に北部と南部地区を指差す。


「ここは東部地区よりは白い部分が多いものの、西部地区よりは黒いですよね? そして、マリファス川に近いほど印が多い」


 彼らはまた頷いた。笑みを保ち続けながら、神父は言葉を続けた。


「バツ印はコレラが流行り始めた頃に亡くなった者が住んでいた場所です」


 その言葉に、修道士たちだけでなく大司教も目を見開いた。


「祈りで人を救うこともできましょう、大司教。私たちの主は、私たちが叫べば答えてくださる方です」


 大司教は瞳に動揺の色を見せながらも、しどろもどろに相槌を打った。


「でも時には、私たちで行動しなければならない時もあるのではないでしょうか?」

「私にどうしろと?」


 睨み付けるように神父を顔を向けた大司教に、神父は一切怖気る様子を見せず、椅子に腰掛ける少年王へと体を向けた。


「陛下、民を救う道を医師たちがついに見付けました。彼にもう一度、機会を与えては下さらないでしょうか?」


 王の表情は変わらず、平坦なものだった。何の感情も拾えず、喜びも悲しみも驚きさえも見えない。


「許そう」


 王はそう短く答え、また窓の外を眺め始めた。神父も笑みを崩さず、演技めいたお辞儀をしして言った。


「陛下の寛大な御心、感謝いたします」


 大司教や修道士たちが入る隙さえ、与えられなかった。

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