最終話 死神の足跡
「こんな暑い日なのに掃除しろだなんて、王様もひでぇこと言うよな」
酒屋の店員はモップを使い、道路を拭きながら文句を吐き出した。酒屋の男と共にモップで掃除をする別の男はヘラヘラ笑いながら言う。
「でも掃除するだけで金もらえるんだし、ちょー楽だろ。最高だぜ」
「まあ、そうだな。酒屋で働くだけじゃ、全然儲からねえしな」
「でも掃除をしたら何が良いんだ?」
「綺麗になる?」
「そりゃそうだろ、アホだな」
男たちは陽気に笑い飛ばし、袋を抱えた兵士たちが遠くから歩いてくるのを見ると、すぐに掃除に戻った。袋を抱えた兵士たちは二人の男たちと目が合うと、平坦な声で話しかけた。
「ご苦労。ここはもういい。別の場所を拭け」
「へい、分かりました」
二人はモップを抱え、そそくさと移動を始めた。
「何だ、あの袋?」
「せっか何たら、らしいぜ。魚屋の店主が言ってたのを覚えている」
無駄話を始めた男たちを睨み付け、兵士は言い放った。
「石灰酸だ! いいからさっさと仕事を続けろ!」
去っていった男たちの背を見つめ、兵士たちは袋の中身を川に流す準備を始めた。
「しかし近頃、妙に街が綺麗になり始めましたね。掃除とこの変な石だか粉だか分からない物を流すだけで、こんなに綺麗になるんですかね?」
「なったのだから、そうなのだろう」
事実、街は見違えるように綺麗になり、元の帝都の姿を戻していた。
路地から糞尿は消え、街中を充満していた腐敗臭はなくなり、海の爽やかな磯の香りだけが鼻腔をくすぐっていた。
医師団の決定により水路は整備され、下水処理場が作られ、綺麗な水が人々に使われるようになった。
帝都に住む者は皆、初めは何が始まっているのか理解できずにいたが、新しく変わった生活にも徐々に慣れ始め、街が綺麗になり、コレラで死ぬ者だけでなく、死者が全体的に少なくなったことに気付いたのは、しばらく経った時のことである。
コレラで死ぬ者が完全に消えた訳ではなく、まだ死神の影に怯えているものの、死人が減っていることに人々は安堵していた。
「私、貴方がたについての話を書きたいと思うんです」
西部地区の王宮、少年王の部屋で王が意気揚々と語った。その言葉にモーガンは感心の声をあげる。
「なんか恥ずかしいですけど、貴方がそれで満足されるのなら、楽しみにしてますよ」
「相変わらず冷たいわね、モーガン」
アグネスとキラール神父はケラケラと笑う。そしてアグネスは紅茶を啜ると、王の方へと顔を向け、問いかけた。
「タイトルはもう決められているのですか?」
王はしばらくの間、黙って悩んだ。そして口を開く。
「まだハッキリと決めた訳ではないのですが───『死神の足跡』にでもしようかと思っています。あの地図に、ピッタリだと思いまして」
そして窓の外から見える初夏の青空を眺めるのだった。
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