第六話 一八四三年、二月。

 一八四三年、二月。

 医師団を結成してから半年が経ったが、死者は減らない。むしろ増えている。

 なぜか帝都にだけ集中的に犠牲者が出ており、人々は機械の導入と大きく変化した産業の形が、人間を慢心させ、神の怒りに触れたのだと恐れ慄いた。

 死者はコレラによって亡くなる者だけでなく、混乱した人々が原因を少数民族のユダヤ人やロマなどのジプシー、カトリック教徒でない者たち、また近年移住して来た有色人種に押し付けたことによる、虐殺の犠牲者も含まれている。

 事態をできるだけ早く収束するため、姉上の命によって、帝都の医師たちで結成された医師団も、まるで役に立たなかった。王族の最後の足掻きが、まるで意味をなさなかった。


 そして姉上が教会や貴族に提案した、半年という期限も過ぎてしまった。


「陛下、困りましたなあ」


 司祭や貴族たちが嫌な笑みを浮かべ、集まっている。私は自室の椅子に座ったまま、窓の外から覗く冬の空を見た。今、自分が置かれている状況から目を逸らそうとしての行動だったが、意味は全くなかった。

 開かれたままの扉からは、二月の冷たい空気が流れ込み、緊張で冷えた体をさらに硬直させた。


「人々の病を癒すことに必要なのは、医学ではなく神の教えです。神に祈れば、私たちは救われるのですから。それとも、陛下は神を信じていないので?」


 忠実な神の僕のように振る舞い、司祭は私に問うたが、その訝しげな顔の裏に、自身の権力をさらに強固なものにできたと喜んでいることは、すぐに分かった。

 腹がキリキリと痛む。手の小刻みな震えが止まらない。気を失うほど、酒を飲みたい衝動に駆られたが、脳裏に姉上の姿と言葉がちらつき、私を心をなんとか落ち着かせた。

 彼らが興味を持っているのは、神の教えに従うことではない。救われることでもない。権力だ。

 姉上なら、そうハッキリと言い返せたのだろう。姉上なら、誰にも支配されなかった。傀儡にはならなかった。でも私は違う。弱くて臆病で、支配されることに慣れている。


「奴隷だけでなく、漁師や工場労働者といった、我が国の産業や経済的発展に大きく貢献している人々が次々と亡くなっています。このままでは、この国は滅んでしまう───」

 

 扉の前から、私の前に置かれた椅子に腰掛け、司祭はあからさまに憂いげな顔をして、私に言う。そして先ほどまでの悲しげな顔を一変させ、憎たらしい笑みを顔一面に咲かせた。


「私が何を申したいのか、賢い陛下なら分かりますよね?」


 唾を飲む力もない。

 地面が抜け落ち、重い空気がのし掛かっている気がした。

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