後編

 ファーストコンタクトは、大失敗だった。


 彼女・・・・頼子は上目遣いに俺の顔を見て、それからライセンスとバッジを眺めただけで、ぷいと顔を背け、完全にこちらを無視した。


 取り付くシマもないとはこのことだ。


 仕方ない。


 その日は諦めて帰った。


 しかし次の日、俺はまた店に顔を出した。


 当たり前だ。


 こっちだってガキの遣いじゃない。立派な仕事なんだからな。

 

 それから少しづつ、彼女は口を開くようになったものの、帰ってくるのは。


『駄目よ』


『嫌だって言ってるでしょ?』


『ノー!』


 それだけだった。


 ある日などは、俺をストーカーと勘違いした客(彼女の親衛隊だそうだ)が、俺にインネンをつけ、店の外に引きずり出した。


 どうなったかって?


 聞くまでもないだろう。


 そして今日、一週間目、冒頭の会話となった訳である。


『あの女、ただ父が外国の出身だというただそれだけの理由で結婚に反対して、結婚式にまで来ようとしなかったんだわ。それでも母は、ほぼ毎週のように手紙を書いていたわ。でも向こうから返事が返ってくることはとうとうなかったのよ。そんな女にあたしがお婆ちゃんなんて呼んで、逢いに行けるわけないでしょ?』


 声が上ずり、感情が昂ったのか、少しばかり目に涙が溜まっている。


『君が依頼者にどういう感情を持つかは君の自由だ。俺には関係がない。だが、老い先短い年寄り相手には、多少配慮をしてやってもいいんじゃないか?』


『老い先短い・・・・?それ、どういうこと?』


『婆さん・・・・失礼、君のお婆さんは、末期がんてやつでね。持って余命一年ってところだそうだ。本人もそれを知っているから、猶更君への思いが募ったんだろう』


 俺はそう言って、弁護士の名刺を取り出し、カウンターに置いた。


『その気になったら連絡をしてやってくれ。』


『分かったわ。でももうしばらく時間を頂戴。私だって色々と準備が必要だから』


 それが整ったら間違いなく連絡はする。ウソはつかない。彼女は俺にそう告げた。


 俺は黙って頷くと、五千円札を出し、


『釣りはいらんよ。その代わり領収書をくれ・・・・いい歌を聴かせてくれて有難う』


 俺はそう言って店を後にした。



 それから1週間ほど後、俺は、

『アヴァンティ』のカウンターで呑んでいた。


 思わず口笛を吹いてしまった。


 マスターが、不思議そうな顔で、グラスを磨きながら俺を見る。


『こないだの仕事、上手くいかなかったのか?』


『え?』


『何ね。お前さん、仕事が上手く行った時は、いつも「空の神兵」だからさ』


 そう、今日俺が口ずさんだのは『君住む街で』だったのだ。


『俺だってたまには気分を変えたい時だってあるさ』


 そういってバーボンをもう一杯オーダーした。


 彼女・・・・つまり頼子のことだが、あれから老婦人と逢ったのだという。


 髪の色はそのままだったが、俺が見た時に感じた、蓮っ葉な印象は影を潜め、どこからどう見ても、


『お嬢様』というに相応しい物腰だったという。


 居室に通された頼子は、ベッドから身体を起こした老婦人の手を握り、恨み言の一言も口にせず、


『お祖母様・・・・』と、それだけ言ったという。


『許しておくれ・・・・』老婦人も目をうるませ、しっかり彼女の手を握り返した。


 つまり、それですべてが片付いたというわけだ。


何だって?


(銃撃戦も殴り合いもなし、こんなのハードヴォイルドじゃない)って?


 何つまらないことを言ってるんだ。


 人がいい気分になってる時に。


                                  終わり


*)この物語はフィクションです。登場人物、並びに場所等は全て作者の想像の産物であります。













 

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トーキョー・マイ・フェア・レディ 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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