光速の第一歩 エピローグ

エピローグ


「今さらこんなことを聞くのもどうかと思いますけど、結局、浅川さんは何がしたかったんですか?」


 喫茶店の一室で、僕は向かいに座る浅川さんにそう問いかける。


「まあ、強いて言えばちやほやされたかったんじゃないか?」


 そんな僕の問いかけに、浅川さんはあっけらかんとした顔で答える。


「何で疑問系なんですか……」


「まあでも、大成しなかった元アスリートが急に力を手に入れて舞い上がっていたのは事実かもな」


「はぁ……」


 僕は大きくため息をつく。


 そもそも、僕たちがこんな風に喫茶店で話し合うことになった原因はあの戦いの直後までさかのぼる。


 あの後、瀕死の状態となった浅川さんは後から来た超人集団の連中に連行された。


 しかし、その数日後には何食わぬ顔で『よう、久しぶり!』とまるで友人のような態度で僕の前に再び現れたのだった。


 何でも、組織直属の超人として働くことを条件に今回の件を不問にするということになったらしい。


『これで俺も晴れて社会の歯車の仲間入りだな! まあいつまでもニートやバイトみたいな仕事をやってるよりはましってもんさ』と、浅川さんは饒舌に話していた。

(実際には社会の歯車なんかよりも圧倒的にヤバい組織の一員になってしまったのだけれど......)


「まあ、なるようになりますよ」


 と、僕はそんな当たり障りない言葉を返したのだった。


 その後、幾度かこうやって会う機会が増えて、今ではなんだか本当に年の離れた友人のような関係になっている。


「浅川さんは――」


「――?」


「今でも陸上をやっていたことを後悔していますか?」


 僕はふと浅川さんに問いかける。


「ああ、それは変わらない」


 即答だった。


「……」


「今でも、陸上にもっと早くに見切りをつけていれば、もっと言えば陸上なんてやっていなければ、もっといい人生が送れたとは思っているよ。

 ――だから、きっと俺はこれからも一生後悔し続けるんだろうな」


「そうですか……」


 僕はそうつぶやきながら、先ほど店員さんが持ってきたブラックコーヒーを口に運んだ。


「でも、だからといってこれから先の、未来の俺まで不幸になる必要はないと今は思ってるかな。きっと一発逆転できるような人生でもないだろうけど、それでも、できるだけ足掻いてみるさ」


 笑いながらそう話す浅川さんの心情は、正直僕には分からなかった。未来を信じているようでもあり、それとは逆に、どこかあきらめの境地にあるような気もした。


 結局、浅川さんがどのような形で現実と折り合いをつけたのかは僕には知る由もない。


「頑張ってくださいね」


「まあ、なるようになるさ」


 と、そこまで話したところで、浅川さんは伝票をとってさっさと支払いを終えたかと思うと、特に別れの挨拶もなしに、ドアを開けて店を後にした。


 やっぱり僕には浅川さんが一体何を感じて、あるいは何を思っているのかは分からなかったけれど、それでも浅川さんはきっと踏み出したのだろう。――本当の意味で誰かを救う、ヒーロー目指すための第一歩を。


 現役時代の後悔からではなく、自分の居場所を見つけるためでもなく、ただただ自分と同じ境遇の人たちを守るために――夢を与える存在を目指し始めたのだろう。――きっとそれだけは間違いないはずだ。


 光速の速さを持つ男はゆっくりとした足取りで次のステージへの第一歩を踏み出し、そして去っていった。

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僕はヒーローなんかじゃない ガチ岡 @gachioka

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