第二話 初めは誰も英雄じゃない ―― 私達の飛翔

「……?」

「……あ、やっと目が覚めた……?」

 それが、近未来か遠未来かも定かではない時代……。

 人類は一つの脅威に直面していた。

「あの怪獣は……? それに、ここは……?」

 地球を襲う、宇宙からの驚異……。

 空想の産物かと思われていた怪獣だ。

 それにより人々は、それまでの価値観を覆され当たり前の日々は終わりを告げた。

 ここにいる二人、天凱アズサ・ガーランドと天道ソラの日常もまたそうだ。

「本当に覚えてないの?」

「……夢じゃなかったか、パニックのあまり変な夢でも見たのかと思った」

 息を吐き、前髪をかきあげるアズサ。

 その顔にメガネをかけてあげながら、ソラは首を左右に振った。

「パニックじゃなくて、怒りでしょ?」

「……」

「街のことだけじゃない…………艦長のこと」

 ソラの言葉に、アズサは少しバツが悪そうな顔をする。

 そして、手渡されたコーヒーを飲むと窓の外を見つめた。

 どうやらここは、ボロボロになった街の中で緊急的に作られたプレハブ医務室らしい。

 そこから見渡す街が、生々しい破壊の跡が……半分ないしそれ以上、自分により引き起こされた。

 そう考えると、アズサはマグを握る手に力を入れずにはいられなかった。


 暗闇と光輝 第二話 初めは誰も英雄じゃない ―― 私達の飛翔


「そうそう、今どうなってるかの確認もしときたいでしょ? テレビは昨日のことで持ちきりよ、一躍時の人じゃない」

 昼下がり……。

 回復したと診断されたアズサは、医務室を次に必要な人に明け渡し、町外れの山に向かっていた。

 そして、そこでボロボロになった街を見つめながら二人で軽食を摂っていたのだが……。

 その時、ふとソラが携行型の小型テレビを取り出した。

「時の人、か……」

 不安を覚えながらモニターを凝視するアズサ。

 その隣で、ソラが録画した映像を再生する。

 XAX広報による緊急会見だ。

「あの怪獣と戦っていたアンノウン……我々は古文書を紐解き、彼の存在が太古の時代にルルイエ文明やその更に前史にあたる文明を滅ぼした、邪神ガタノゾアと同一であると断判断しました」

「邪神……」

 会見映像で、古文書に書かれた絵と実際の記録の比較が流れる。

 確かに、姿は似通っているようだ。

「この流々異影見聞記と呼ばれる書物によると、かつてこの巨神は太古に栄えしルルイエの都を一夜にて海に沈めたとされ……」

「XAXでは、この邪神は人を滅ぼすとお考えなのですか?」

「それはまだ分かりません、彼が怪獣と戦ったこと、隊員の言葉に何かしらの反応を示していたこともまた事実です、今後また現れることがあれば、検証し敵対するか否かの確認を……」

 そこまで聞いたところで、アズサはテレビを切る。

 そして、ゆっくりと草の上に寝転がった。

「邪神、か……」

「まあ、なっちゃってやっちゃったものはしょうがないわよ」

 ソラもまた、伸びをして隣に寝転がる。

 そしてアズサの顔をじっと見つめた。

「何でなったかなんて検証材料の少ない今は考えたった無駄だし、どう償うかなんて償いきれないから更に無駄、それより考えるべきは今後どうするかよ」

 バッサリと言い切り、あくびを一つするソラ。

 実の所を言うと、昨晩ずっと何を言うべきか考え続けていたのであまり寝られていないのだ。

「どうすべき、か……」

「今後の身の振り方よね、戦いはこりたから普通の学生を続ける、XAXに入り人として戦う、XAXに入りガタノゾアとして戦う、個人でガタノゾアとして戦う……」

 リストアップするようなジェスチャーをしつつ、ソラは目を細める。

 だが、何か思い出したかのように目を見開くと、アズサの手を指さした。

「そういえば……あの枝、まだ出せるの?」

「……やってみる」

 手を広げ、静かに念じるアズサ。

 すると……その手の中に昨晩と同じ宝玉のついた枝のような物体が現れた。

「来たわね、蓬莱の玉の枝っぽいの……ってあれ?」

 しげしげと眺めながらも、ソラはふと疑問を抱く。

 ついている宝玉のうち、一つが下半分だけ黒く上半分は透明という状態になっているのだ。

「それ、昨日は全部の宝玉が真っ黒だったわよね?」

「たぶん力をリチャージしてるんだ、変身した時……このオーブから私に力が入り込むのを感じていた」

「で、その力を戦いで消費した後に中に返したから、消費分が減ってる……か、この状態って変身できるの?」

 宝玉を軽く触りながら、首をかしげるソラ。

 そんな彼女に対し、アズサはわからないと言わんばかりに顔をしかめた。

「半分の力でもあの状態は維持できていた、だからできるとは思うが……不安だ、中途半端な大きさになりそうで」

「なるほど、チビノゾアになりかねない……か」

 口元を擦るソラに「チビノゾア……」と額を押さえるアズサ。

 その顔は若干不満げだ。

「ん? どうかした?」

「別に……それより、変身は問題なくできると仮定して今後どうするかを決めよう」

 アズサは腕を組み、青空を……いや、その先の宇宙を睨む。

 その表情を見ながら、ソラはやれやれと首を振った。

「答え出てるんじゃない、戦う気マンマン……そして戦いには……」

「……組織力が必要、か」

「YES、よくできました……いつだってアンタが出現地点の近くにいるわけないしね」

 花丸を指で描きながら、もう片方の手で志願用紙を取り出すソラ。

 だがアズサは、まだ宇宙を見つめている。

「……ったく、アンタは本当にやると決めたら一直線ね、でも少しは他のことにも気をやりなさいよ、そんなだから……」

「……がらんどうと言われてもこの性分は変えようがないな」

 笑顔で転がるソラに、アズサも小さく笑みを浮かべる。

 そして、立ち上がるとアズサの目の前に立った。

「でも……これだけは聞いておきなさい」

「……?」

 疑問符を浮かべるアズサ、だがソラの顔は真剣そのものだ。

「ガタノゾアとして戦うなら、一つ……ううん、いくつか言っておくわよ」

「ああ」

 重苦しい空気が流れる。

 それを感じながら、アズサは顔を引き締めた。

「よし、じゃあまず1つ……アンタのそれ、変身は……アンタだけが持つ銀のスプーンよ、銀のスプーンを持つ人間はね、持たない者に妬まれるの……だから隠しときなさい」

「……じった……ん……分かった」

 実体験に基づく忠告か。

 そう言いそうになり、アズサは口をつぐむ。

 だがソラは笑みを浮かべると、静かにうなずいた。

「そうよ、実体験に基づく忠告、じゃあ次行くわよ」

「……ああ……」

 やってしまったな、そう思い頬を掻くアズサ。

 そんな彼女の前でソラも頬を掻いてウインクをする。

 気にするなと言いたいのだろう。

「二つ目……全てを守る、という意志を持ちなさい、できるできないはさておいて、絶対守ると誓いを立てるの」

「それは……何故だ? 普通に考えて、そんな事できないのに」

 アズサの問いに、ソラは舌を鳴らしながら指を振る。

 まるで子供扱いするような仕草だ。

「100のために1を犠牲にするのを良いと思うようなやつは、いずれ100を殺すのよ」

「1ならいいやを100回繰り返す、ということか」

「その通り、だからたとえ無理だとしても守ろうとする心は忘れないこと」

 確かに、ソラの言うことも一理あるだろう。

 1なら良いや、無理だからしょうがない、そんな心持ちでいては諦めや妥協が動きを鈍くして守れるものも守れない。

 だが、絶対に守ると誓いを立てて必死で動くようにすれば、普通より多く守れることだって有る。

 精神は肉体の動きを左右するのだ。

「じゃ、次……3つ目、アンタは一人じゃない、少なくともここに互いを誰よりも……それこそ親兄弟よりも理解し合っている奴が一人いる、たとえ誰が非難しても私がついてる」

「……ああ」

 情熱的なソラの囁き……。

 改めて言われるとなんだかこそばゆく、アズサは頬を赤くしてしまう。

 思わず顔をそむけようとするが……その顔をアズサが掴んだ。

「だから、バックアップは任せなさい! この天才が誰よりもアンタを助けてあげるから!」

「……ああ!」

 見つめあい、顔を赤らめながらも二人は笑いあう。

 そして、志願書を鞄にしまうとそのまま歩き出すのだった。



「私はXAXに志願します」

「えーと、同じく志願します!」

 司令室にて志願書を提出し、敬礼する二人。

 そんな彼女たちに笑みを向けると、尾張旭司令は書類に判子を押し、立ち上がった。

「ありがとう、では忙しい時期だから略式にはなってしまうけど……君達をXAXのメンバーとして認めよう」

「はい!」

 敬礼し、勢いよく返事するアズサ。

 そんな彼女に少しキョトンとした後……尾張旭司令はクスリと笑った。

「元気が有ってよろしい、ただ……一応、返事はアイ・アイ・サー! でお願いしようかな」

「アイ・アイ・サー!」

 腹の底からの発声で復唱をするアズサ。

 その隣で、ソラは口をすぼめる。

「主戦力は戦闘機なのに、了解は海軍式なんですね」

「ははは、一応海上基地だからね」

 そう言いながら、司令は一枚の紙を取り出す。

 どうやら備品の支給用紙らしい。

「隊服、隊舎の私室用備品、そういったものが事務で受け取れるからね、部屋決めの手続きも済ませて欲しい」

「アイ・アイ・サー!」

 並んで敬礼し、事務室へ向かう二人。

 そんな彼女達の後ろで、司令の額飾りは静かに黄色い光をたたえていた。


「よし、歓迎するぞひよっこども!」

 焼け落ちた家から回収できたなけなしの荷物。

 それを部屋に置いた二人を待っていたのは赤井だった。

「赤井さんでしたか?」

「そうだ、赤井扇! まあよろしく頼む!」

 昨日の外装とは違う、青いジャージを身にまとっており、手には竹刀……。

 まるで航宙科の教官のようだ、そうアズサは感じていた。

「……お、おお……」

 そんなアズサの隣で、わなわなと震えるソラ。

 彼女は赤井に近寄り、その手を勢いよく握った。

「サインください!」

「おっと、現役時代のファンか、嬉しいがまた今度な」

 興奮するソラを撫でる赤井。

 そんな二人の横で、アズサは一人首を傾げる。

「ファン……? 有名人なのか?」

「有名人も何も! 赤井扇、元新体操日本代表で、元女子プロレスラー!」

「はは、だが今はお前らと同じXAX隊員だ、あー……でもチームスカルのリーダーだし、階級はこっちのが上か……まあ、だがそんな畏まらんでくれ」

 ポンポンとソラの頭を軽く叩き、笑みを浮かべる赤井。

 そんな彼女を見ていると、アズサは一瞬だけ胸が痛むのを感じた。

 しかし、すぐに目を閉じて深呼吸すると痛みを忘れる。

 そうすれば、よほどのことがない限り平静でいられる……はずなのだ。

(苛立ちも痛みも、全部目を閉じて無視すればいい、そうすれば……)

 心を無にするアズサの隣で、うんうんと頷く赤井。

 彼女はジャージの中から一枚のメモを取り出した。

 特訓カリキュラム、メモにはそう書かれている。

「さて……だいたい察したろうが、今日は俺と基礎訓練だ」

「ということは……チームスカルに所属するんですか?」

「志願書には確か飛行機操縦免許有りってあったし、ヘリパイができる人材を他部署で寝かせとく訳にはいかないから、ゆくゆくはそうなるな」

 赤井の言葉に、ソラは小さくガッツポーズする。

 だが、アズサはどこか無関心な様子だ。

「おっ、空好きか?」

「これでも、工場関係の家柄なんで! 小さい頃から戦闘機を見て育ち、操縦訓練もいっぱい受けてきました!」

 まさに、自信満々にして喜色満面、そんな態度のソラ。

 だが……。

「おっ、なるほどねえ……そういや大学じゃ科学技術科なんだよな? じゃあいずれ整備班の方にも顔をだすことになるかもな」

「げっ!」

 赤井の言葉に、思わず顔をしかめるソラ。

 そんな彼女を見ながら、赤井は首を傾げた。

「ん? どうした、整備嫌いか? それとも、古代と井草のイチャつきに胃もたれでも起こしたか?」

「ああ、あの二人ってそういう……じゃなくて、まあ色々有るんですよ……いいやつだって知ってるけど顔を合わせたくない奴とか、うー……」

 顔を赤くし、汗を垂らしながら目を挙動不審に動かすソラ。

 そんな彼女を見かねて、アズサは助け舟を出すことにした。

「件の古代さんは今日はいないんですか?」

「ん? あー、古代はいつも基礎訓練をさっさと終えて、バイト行っちゃうからなあ」

 頬をかき、時計に目をやる赤井。

 時間はちょうど昼過ぎだ。

「今日は夕方まで帰らないと思う」

 そう言うと、赤井は壁にかかっている基地内マップを指さした。

 なんでも、古代は基地内部にある売店や食堂など、人手の必要な場所で暇があれば副業をしているらしい。

「はあ……またなんでそんな、確かXAXの給料って結構高かったですよね?」

「んー……まあいろいろあんのさ、それより基礎訓練始めるぞ!」

 宣言し、赤井は竹刀を鳴らす。

 それに合わせ、二人は勢いよく敬礼した。


「怪獣、かあ……」

 店番のバイトをしがてら、昨日現れた二体のデータを閲覧しながら古代は一人呟く。

 ビームラーとフレイマー、そのままな名前のつけられた二体……それを見ていると、憎しみがわいてくる。

「怪獣、形ある災害……許されていい存在じゃないよね、それに……」

 手に持っていたタブレットを操作し、巨神……ガタノゾアのデータを確認する古代。

 その脳裏には、ガタノゾアが昨日していた周りの被害を考えないラフファイトが浮かんでいた。

「果たして、これも形ある災害なのか……それとも……んー……」

 思考するが、答えは出ない。

 しょうがないので売店横の自販機に行き、頭を動かすためのオレンジジュースを購入した。

「やっぱ頭が疲れてる時には糖分だよね」

 そう言いながら、古代はレジ脇の募金箱にお釣りを放り込む。

 そこには、復興支援と書かれた紙が貼ってあった……。


「はい、終わり!」

 赤井の号令に従い、二人が整理体操を終える。

 次の瞬間、ソラは訓練場の畳の上で大の字になった。

「あー、疲れた! もう無理、一歩も動けない!」

 そう言いながら汗を拭い、荒い息を吐く。

 そんなソラの隣に座りながら、赤井はにこやかに笑みを浮かべた。

「またまた、お前完璧についてきてんじゃん!」

「はあ、はあ……まあ一応、機械工学科って……重いパーツや……山程の工具、運ぶんで……ぐえっほ!」

 基礎体力と腕の筋肉だけは有るんですよ、そう言おうとして呼吸が荒くなる。

 そして、目を閉じると同じく隣に座っていたアズサを抱きしめた。

「あー、もう無理、このまま寝ましょ二人で……」

「寝るには早いぞ」

 抱きつかれながら、息を吐くアズサ。

 どうやらアズサは汗はかいているものの、呼吸は乱れていないようだ、

「うんうん、さすがは未来の宇宙飛行士だな、総合力はピカイチだ」

「ありがとうございます」

 褒められ、静かに頭を下げる。

 すると赤井の手がアズサの頭を撫でた。

(……小学生みたいな扱いだな)

 ボンヤリと、自らの手でも汗に濡れた髪を擦るアズサ。

 一方、赤井は左の手のひらに右拳を叩きつけ、立ち上がった。

「よし、俺はもう少しスパーとかしてくるから、お前らは風呂にでも入ってきな、明日はお前らもスパーだから、気を抜くなよ?」

「アイ・アイ・サー!」

「あ、アイ・アイ・サー……」

 力強い返事をするアズサと、大の字になったまま手を挙げるソラ。

 彼女達に向け、頭の横で指を二本立ててウインクすると、そのまま赤井は歩いていった。

「ほら、そろそろ起きろ」

「待って、あと五分……」

 揺さぶるアズサに「そういや昨晩あんま寝れてなかったわ」と返しながら頑なに目を開かないソラ。

 アズサはその隣で、ため息を吐きながらソラの顔をじっと見つめるのだった。


 その頃、格納庫では……。

「新人は二人組ね……って、この間の子じゃないか」

 ペンで頬を掻きながら、新人の履歴書を確認する井草。

 その首に、突如冷たい感触が走った。

「うわあ!?」

「おっつかれー、イクちゃん元気してる?」

「なんだ、古代か……驚かさないでくれよ」

 どうやら、古代が井草の首にオレンジジュースを当てたらしい。

 エプロン姿からして、今は食堂の手伝いをしているのだろう。

 少し早めの夕食に頼んでいたカレーライスも一緒だ。

「新入りちゃん達の情報見てたの?」

「ああ、とりあえずは……あの二人に新型を任せる形になるかな」

「新型?」

 問いかける古代に、井草は立ち上がって眼の前の飛行機をコンコンと軽く叩く。

「ツインブライト号……複座コックピットで新人でも操縦しやすく、更に試作型火星原子ビームカノンを搭載」

「えーと、それとアタシのゴラオム号と赤井ちゃんのダイナミック号の三機で……」

「そう、トリニティ・ディヴィジョン・ガード計画……通称TDG計画が完成するんだ」

 TDG計画、それは3つのタイプの異なる機体を主軸して様々な局面に対応するという戦闘計画だ。

 T ―― 複座式で扱いやすく、更にはビーム兵器により物理的な攻撃が通じづらい存在を相手取ることに特化した機体、ツインブライト号。

 D ―― 抜群の出力による高加速、そして場所が取れる場合のみとなるが、赤井の格闘能力を活かす為の人型ロボ形態に変形可能なダイナミック号。

 G ―― 高射程兵器の搭載による狙撃、また新兵器である振動破砕弾の搭載によって、弾頭を打ち込んだ相手を内部から破壊することを可能とする、ゴラオム号。

 この三機こそが計画の要となる。

「そっかあ、イクちゃんずっと頑張ってたもんねえ」

「ああ、ついにこの計画が実を結ぶと思うと、整備士冥利につきるよ」

 楽しそうに話す井草を見ていると、古代も思わず笑顔になってしまう。

 なんだか満足で……満足で……満足すぎて、お腹が空いてしまった。

「カツカレーたーべよ!」

「ん? ああ、自分の分のカレーも持ってきてたのか」

「うん、ちょうど上がりだったからさ、イクちゃんも一緒に食べよ!」

 整備班デスクでカレーを食べ始める古代。

 そんな彼女に「書類を汚すなよ」と言いながら、井草もまたカレーを食べ始める。

「うん、美味い……また上手になったんじゃないか?」

「へへん、カレーはボランティア時代の炊き出しで散々叩き込まれたからね! 食堂で一番美味いのはアタシのカレー! こればかりは譲れないよ」

 追いつかれたら引き離す、そんなジェスチャーを両手でしながら笑う古代。

 そんな彼女を見ながら、井草はカレーを頬張るのだった。

 


「動きが荒いぞ! そんな喧嘩殺法で、いざ白兵戦になった時に生き残れると思うな!」

「はい!」

 翌日、訓練場でスパーリングをするアズサと赤井……。

 そんな二人を見ながら、ソラは息を呑んだ。

 憧れの選手の試合を目の前で見ているというのもある。

 だがやはり、一番大きいのは赤井の圧倒的な強さだろう。

 アズサのサッカーボールキックや、ハンマーパンチといった雑で乱暴な喧嘩殺法……。

 それらを軽くいなし、的確なタイミングで攻撃を叩き込んでいくのだ。

「無駄な動きをするな! 相手の動きを見て、スキを伺え! 喧嘩なら力押しで勝てたかもしれないが、実践じゃそうはいかないぞ!」

「はい!」

 結局、その後もアズサは一撃すら加えることができなかった。

 見事なまでの惨敗だ。

 だが……その表情はどこかスッキリしている。

(アズサ……普段からストレス押し殺してるもんなあ、体動かすと発散されるわよね)

 もしかしたら、赤井はアズサの抱える『ストレスを押し殺して生きているせいで、いざ怒りの限界が来ると爆発して手が付けられなくなる』という問題点を見抜いているのかもしれない。

 だから、わざわざアズサに1on1でのスパーリング訓練をつけたのかも。

 そんなことを考え、ソラはメモを取っていく。

 ソラも、何もただ観戦していたわけではない。

 ソラの特訓は双方の強い点と問題点の分析。

 この特訓を重ねることで、対怪獣において重要となる分析力を磨いていくのだ。

「よし、じゃあ締めの整理体操をして終わるか!」

「アイ・アイ・サー!」

 パン、と手を鳴らす赤井。

 彼女に従い、アズサとソラは整理体操を始める。

 だが、その時だ。

「近海に怪獣出現、チームスカルは至急司令部に急行されよ、繰り返す……」

 ミナキの声が放送でチームスカルを呼ぶ。

 それを聞いた赤井は、整理体操を中断した。

「ったく……タイミング良いんだか悪いんだか、しょうがないから行ってくる」

「私達は……」

「あー、お前らはまだ見習いだからな……司令部から指示があるまで自室待機してくれ、じゃあ行ってくる!」

 走り出す赤井、そんな彼女に敬礼をして二人は見送る。

「自室待機ね……」

「好都合ではあるかな」

 顔を見合わせ、頷きあう二人。

 そのまま二人は、こういう時のために相部屋にしておいた自室へ向かうのだった。


「敵の概要は?」

「怪獣はどうやら、魚類型……ここ最近漁船の転覆が多発していた原因かと思われます」

「はっ、海の幸を独り占めしようってわけか? このサメイルカ野郎は!」

 モニターに映るサメとイルカが混じったような怪獣に、赤井は拳を鳴らしながら不快感をあらわにする。

 その隣で、古代はううんと唸り声を上げた。

「見た感じ、物理的な攻撃が通じづらいってことはないよね、船の破片で怪我してるみたいだし」

 今回の発見の原因となった、尾びれ近くに船の破片が刺さったことによる出血……。

 それを見ながら、古代は腕を組む。

「だが……動きが速いね」

 司令の言う通り、敵は猛スピードで動いている。

 これでは古代でも狙撃できないし、ミサイルのロックオンシステムも意味を成さないだろう。

「俺が囮になり、相手の動きが上手い具合に止まったところで古代が狙撃……紫禁城、変形すれば海でも戦えるよな?」

「ンー……できマスけど、機動力は大幅にダウンします」

「もとより回避は捨てる覚悟だ、古代、受け止めてるとこに狙撃……いけるか?」

 赤井の問いかけに、古代は静かに頷く。

 その様子を見て、赤井は問題がないか確認するように司令と向き合う。

「よし……ではそれでいこう、これより攻撃対象をシャーフィンと呼ぶ、シャーフィン討伐作戦……開始!」

「アイ・アイ・サー!」

 敬礼し、司令部を出て出撃するチームスカル。

 同じく司令や オペレーターもそれぞれの定位置につく。

 作戦開始だ。

 一方、アズサ達は……。

「ねえ、まだチャージされないの?」

「あと少しなんだが……」

 蓬莱の玉の枝のようなものに着いたオーブ……それにまだ力がチャージされていない。

 なので、慎重に動くためにまだ変身していなかった。

「なんでまだチャージされてないのよ」

「……昨日、予行練習に振るったら変身はしなかったものの、体に力が入ってしまった」

「……バカ、というか融通きかないわね、その……あー、枝!」

 そこまで言い、めんどくさいと言わんばかりにソラは髪をかきむしった。

「名前ないと面倒ね、とりあえず……エルダーサインを出す、中に力が蓄えられたものだし、エルダーカプセルでいいか、いいわね!」

「あ、ああ……」

 有無を言わせず、エルダーカプセルという名称を決定するソラにたじろぐアズサ。

 その後ろで、チームスカルが出撃する様子がモニターに映されている。

「あっ、出撃したみたい」

 迅速に怪獣のもとへ向かうチームスカル……。

 その様子に、二人は思わず固唾をのむ。

「……! 変形した! そうか、だから関節の駆動が特殊なんだ……!」

「赤井リーダーの機体か」

 興奮するソラ、そして呆気にとられるアズサ。

 シャーフィンもソラと同じリアクションだったのか、少し動きが鈍くなる。

 そこに叩き込まれる拳、そして腕部ガトリングガン。

 その痛みによりダイナミック号を敵と判断したのか、シャーフィンは周囲を回り始めた。

(さあ、来い……どこから来る?)

 背後から襲うか、正面から来るか。

 レーダー、通信、カメラ。

 あらゆるものに意識を張り巡らせながら、集中する赤井。

 その時だ。

 ダイナミック号の足元で、岩が動くような音がする。

 それを察した赤井は機体をバックさせ、先ほどまで自機があった場所に来たシャーフィンを勢いよく掴む。

 目論見通りだ。

「よし、狙撃しろ!」

「スカル2、了解!」

 叫ぶ赤井。

 それに従い照準を定める古代。

 だが……。

「うわあっ!?」

「なんだ!?」

 勢い良く海水を噴射するシャーフィン。

 その勢いはまるでウォーターカッターのようだ。

 なんとか古代は回避したものの、赤井機に不調が起きる。

「くそっ、マニピュレーターが死んだ! 野郎、イルカどころかクジラかよ!」

 言わば、手に持っていた銃が突如想定外の反動と共に暴発したようなもの。

 そんな状況になれば破損が出てもおかしくない。

 慌てて変形し、海上へ飛ぶが……。

 だが、シャーフィンも甘くはない。

 赤井機に噛み付くべく口を開き、飛び上がったのだ。

 南無三、思わず心中で叫びながら目を閉じる赤井。

 だが、衝撃は来なかった。

「……?」

 目を開くと、センサーには怪獣以外にもう一つの生体反応。

 ガタノゾアだ。

 変身が間に合ったアズサが攻撃を防いだのだ。

「ヒューッ……サンキュー、ガタノゾア!」

 礼をするように翼を動かし、シャーフィンと距離を置く赤井。

 そして、モニターに向けて頷くと少女のように興奮しながら呟いた。

「さあ……俺達が本当に背中を預けて良いのか、見せてくれ!」

 その声が聞こえたのかは定かではないが、シャーフィンへ向かうガタノゾア。

 彼女に遮られたのを不快に思ったのか、シャーフィンは遠慮なく海水を噴射する。

 だがガタノゾアは冷静にビームで相殺し、距離を詰める。

 それに驚いたのか、再びシャーフィンは海中に潜る。

 これではガタノゾアも追いかけるのは難しいだろう。

 だが……。

(大丈夫だ、釣りなら得意分野でな……!)

 9つの竜頭を水に浸け、精神を集中するガタノゾア。

 その竜頭の網の一角にシャーフィンが当たった時……。

 竜頭達は、一斉にシャーフィンへ食らいついて持ち上げた。

 当然シャーフィンも暴れ、水流を発射する。

 だが9方向から力を込め、更には牙を深々と突き刺している状態ではそうそう逃げられない。

「よし、今だ!」

「了解!」

 改めて集中し、古代機から放たれる振動破砕弾。

 それがシャーフィンに命中すると……その体内でまるでホローポイント弾のように花開く。

 そして、露出した振動発生ユニットが内側からシャーフィンを破壊し始めた。

「――!!」

 断末魔の叫びを上げ、ガタノゾアの眼前で爆散するシャーフィン。

 その様子を見ていると、古代機が前を通った。

「ちょっと見直したよ! サンキュー!」

 明るく言い、サムズアップする古代。

「ジャッ!」

 そんな彼女へ頷くと、ガタノゾアは空中へ飛び立ち……エルダーサインの中に消えていった。

 同時に、エグザスベース内の私室にアズサが現れる。

「お疲れ、かっこよかったわよ!」

 ハイタッチを交わし、笑みを浮かべる二人。

 だが、その時だ。

「なるほど、やはりそういうことだったか」

 室内に響く渋い声。

(まさか、誰かが潜んでいたのか!?)

 二人は思わず息を呑む。

 だが、部屋のベッドの下から出てきたのは……。

「警戒するな、私は君の味方だ」

 白い毛並みの猫……司令の飼い猫、紅獅子だった。

「ね、猫が……!」

「喋った!?」

 驚愕し、後退る二人。

 その反応を見ながら、紅獅子は「失礼な反応だ」と顔をしかめるのだった。



 次回予告


 しゃべる猫の正体とは何者なのか?

 疑問は尽きぬまま駆り出された新たな任務はビラ配り。

 だが、繰り出した街では世にも恐ろしい通り魔事件が起きていた。

 通り魔事件を指揮する者の正体とは?

 お前は誰だ、誰なんだ!?


 次回 獅子の瞳 ―― 女と女と猫の誓い


 来週もみんなで読もう!

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