暗闇と光輝 ―― 人と怪獣と闇の巨神と……

光陽亭 暁ユウ

第一話 果てしない青空から ―― 邪神立つ

 それが、近未来か遠未来かも定かではない時代……。

 その日の空は晴れていた。

 何時も通り、何一つ特筆すべきものがない。

 そんな日曜日の夏空だった。

 大通りで風に当たりながら、夢のことをぼんやりと考える。

 そんな時間を過ごすにはちょうどいい天気。

 だが……彼女のそんな思考は、ふいに途切れる。

「ん……?」

 その日の空は晴れていた。

 しかし、晴れだからって何も降ってこないわけではない。

 空からは、思いもよらぬものが降ってくることがあるのだ。

「あれは……」

 空に輝く一つの光。

 普通だったら、白昼の流れ星か何かだと思うところだ。

 だが、その光は……。

 どんどん、どんどん近付いてきて……。

 そして、激しい地響きと共に大地へと降り立った。

「……?」

 思わず、近くの壁に掴まって倒れないように踏ん張る。

 そんな彼女の前で、だんだんと土煙が晴れていき……。

 その中から、大きな何かが姿を現した。

 とてつもなく大きな……言わば、怪獣とでも呼ぶべき黒い竜が……。

「嘘だろう……」

 人々の悲鳴がどこか遠くに感じるほど、呆気にとられながら少女は息を呑む。

 これが、何時も通りの昼下がりの終わり。

 天凱アズサ・ガーランド。

 まだちっぽけな20歳の女子大生には、あまりにも大きな運命の始まりだった。


 暗闇と光輝 第一話 果てしない青空から ―― 邪神立つ


「やっぱり、ここにいた!」

 後ろから聞こえてきた声に、アズサは振り返る。

 すると、そこでは白衣を纏った黒髪の少女が汗を拭いながら立っていた。

「天道、なぜここに? 待ち合わせにはまだ早いぞ」

 彼女の名前は天道ソラ、アズサとルームシェア中の友人だ。

 アズサの質問に、ソラは一瞬あっけにとられる……。

 だが、すぐに気を取り直すとアズサの頭にチョップを食らわせた。

「この脳みそがらんどう! そんなの聞くまでもないでしょ! い・っ・しょ・に・ひ・な・ん・し・に・き・た! これで分かった!?」

「ああ、わかりやすい説明をどうも」

 耳元で怒鳴られたことに目を細めつつ、アズサはメガネを整えながら怪獣を見つめる。

 大きさはビルより高い、40メートルくらいか。

 だが……動く様子はない。

 凄まじい衝撃とともに舞い降りて、それっきりだ。

「あれ……何なんだろうな」

「さあね、それより動き出す前に逃げるわよ」

 尚も怪獣を観察しようとするアズサの手を引き、ソラが走り出す。

 すると……。

「……?」

 怪獣が、首を傾げながら赤い瞳で二人を見つめる。

 そして、背中に有る突起が青く輝き始め……。

「危ない!」

「うわっ!?」

 咄嗟にソラを押し倒すアズサ。

 すると、二人の頭上をビームのような何かが通過していき、奥にあった建物を粉砕した。

「……あ、ありがと……流石航宙科、がらんどうから反射神経王に格上げしてあげるわ」

「そりゃどうも」

 息を吐くソラの隣で、アズサは髪をかきあげる。

「何でこっちを狙ったんだろう、白衣が目立ったか?」

「さあ、メガネにお下げの女の子なんて今時珍しい! ってアンタに萌えたのかも」

 軽口を叩き合う二人……その視線の先で、怪獣は電線を口に咥える。

 その状態で、怪獣は再度静止しはじめた。

 そんな怪獣の前で……逃げようとしたのであろう車が走り去ろうとする。

 すると先ほどと同じように怪獣の背中が発光し、車へとビームが発射された。

 だが、流石に車の動きは追いきれないらしい、ビームは地面をえぐりコンクリート片を飛ばし、大きな揺れを起こすものの……車には逃げられてしまったようだ。

 しかし怪獣は、気にした様子もなく再度電線を咥えはじめる。

「なるほどね……電力を吸収し、動体反応が有るまで静止、そして動くものが有れば……」

「ボカンか」

「そうね……ってことは、アズサがさっさと逃げてれば平気だったんじゃない!」

 実際、先に逃げた人は何人もいたし、ソラが走ってきた時も狙われなかった。

 そう思うと、ソラの指摘に何も言い返せず、アズサは頭を下げるしかできない。

「すまん」

「すまんじゃすまんわ……これからどうする?」

「……誰かがあの怪獣を倒してくれるまで待つしかないな、防衛軍の戦闘機とか……」

「そうよね、感知範囲も射程も未知数だし……」

 煙を上げる車を見ながら、ため息をつくアズサ。

 その隣で、ソラもまた諦めたように天を仰いだ。

「あーあ、これで怪獣が倒されなかったら餓死して……ううん、それより前に耐えきれなくなって走り出したところをビームで撃たれて人生終わりか……」

「人生最後も二人一緒だな」

「……バーカ」

 諦めたように呟き合う二人……。

 だが、ふとソラは頭上で何かが光ったのを目にした。

「……何アレ?」

 首を傾げるソラと一緒に、アズサもまた頭上を見上げる。

「白い猫だな」

「猫かあ……猫はいいわね、この状況怖くないんじゃない?」

「どうだろう、本能的な恐怖は……うーん……」

 考え込む二人の前で、猫が大きくジャンプする。

「ニャアッ!」

 すると、猫はどんどん大きくなり……。

「えっ」

「ん?」

 怪獣より少し大きい、50メートルサイズになるとそのまま直立し、怪獣へと襲いかかった。

「はあ!? 何よあれ!」

 怪獣のビームを回避し、チャージのスキを与えずに徒手空拳を叩き込む猫。

 その動きは速く、華麗で、まるで純白の閃光のようだ。

「怪獣同士の内輪もめか……?」

「内輪と呼ぶには別種すぎない? 爬虫類とネコ科よ」

「じゃあ、補食関係なんだろうか……?」

 逃げることも忘れて固唾を呑み見守る二人。

 その眼前で戦いは続いていく……。

 巨大猫優勢のまま続く戦い……。

 やがて、猫は空中に飛び上がると両腕を伸ばして十字のような姿勢になり……。

「ニャアッ!!」

「光が……集まっていく?」

 猫の体が輝き出す。

 すると、光は段々と胸に付けられた宝石に集まり……。

 怪獣に向けて勢いよく発射された。

「凄い……!」

 息を呑むソラの視界の先で、怪獣が消えていく。

 だが……。

「グオオオォォォッ!!!」

 それまで、声を上げなかった怪獣の断末魔の叫び。

 それと共に悪あがきのレーザーが発射され……。

「……! 猫の宝石にレーザーが!」

「ニャッ……!」

 思わぬ被弾に悶え苦しむ猫。

 結局、そのまま猫も怪獣もろとも消えてしまい……。

 後には、ボロボロの街と二人が取り残されることとなった。

「……なんだったんだ、あれは……」

「さあね……あのトカゲも、猫みたいに何かが大きくなったものなのかしら?」

 二人考えるが、答えは何一つ出ない。

「ま、いつまでも考えててもしゃーないわね」

「だな……」

 二人息を吐き、立ち上がろうとする。

 だが……アズサは自分の足が動かないことに気付いた。

「……あ」

「どうかした?」

「……瓦礫の下に挟まれてるみたいだ」

 呟きながら、瓦礫を指差すアズサ。

 その様子を見て「あー、もう」と言いながらも、ソラは瓦礫をどけに向かう。

 だが……瓦礫は思った以上に重く、上手く動かせないようだ。

「うげえ……何よこれ、ちょっと足大丈夫?」

「わからない……すまん」

 首を左右に振るアズサに「そりゃそうか」とつぶやくソラ。

 ……と、そこへ……エンジン音を立てながら、一機の戦闘機が飛来した。

「あれは……国際連合軍じゃないな、赤い戦闘機……?」

「あれ最新式の戦闘機よ、バルチャー22……配備先は知らないけれど……実家で建造中のところを見せてもらったやつだわ」

 所属不明機に首を傾げるアズサの横で、ソラは飛行機に書かれている文字を読もうとする。

 だが、それよりも先に助けを求めるべきだと考え、手を振り始めた。

「おーい! ここよ、ここ! 助けて!」

 両手を振り、叫び声を上げるソラ。

 その後ろで……今度は走行用ベルトの音がした。

「……今度は緑の戦車か、戦争でもするのか?」

「あれも実家で見た……えーと……トータス09……ってそれどころじゃないわね、そこの戦車! 助けてー!」

 手を振るソラに反応し、ハッチが開く。

 すると中から出てきたのは……左の眉から頬にかけての傷と少し跳ねたクリーム色のロングヘア、そして青いメッシュが特徴的な美女だった。

 身に纏う黒い外装には、腕の部分にXAX TEAM Sと書かれている。

「あー、こちらスカル1、怪獣の反応は消失、代わりに民間人を発見、助けを求められたので救助に向かう!」

『スカル2了解、こちらも怪獣反応見つからないから、一旦帰投! 救護班の子達と救護車両で戻ってくるね!』

「スカル1了解!」

 通信機を懐にしまい、駆け寄ってくる女性。

 その姿にソラは安堵する。

「友達の足が瓦礫に挟まったの、助けて頂戴!」

「すみません、お願いします」

「おう、任せときな! ハンマー、ハンマーっと……」

 戦車の中からハンマーを取り出す女性。

 彼女は瓦礫に近づくと、アズサに優しく語りかける。

「よし、今から少し衝撃が行くが……足は大丈夫か?」

「……すいません、無痛症なのでなんとも……」

「そっか、すまなかったな……よし、じゃあ行くぞ!」

 なるべく衝撃を足に行かせないよう、横振りで壊される瓦礫。

 その様子にハラハラするソラとは逆に、アズサは無表情でハンマーを見つめていた。

「これでよし……足は平気か?」

「とりあえず、立てはします……ありがとうございます」

「そっか、了解……って、でも痛みはわかんないんだっけか、じゃあ視認できない異常があっても分からないな……よし、うちの基地で精密検査受けてけ」

 助け起こしたアズサの肩をポンと叩き、到着した救護車両を指差す女性。

 彼女に頷くアズサの隣で、ソラが袖を掴んだ。

「もちろん私も行くわ、アンタ一人じゃ何しでかすかわからないし」

「ん……分かった」

「おいおい……勝手に決めやがって……まあいいか、せっかくだから司令部に起きたことの報告もしてってくれ」

 頬をかき、仕方ないと言わんばかりに息を吐く女性。

 そのもとへ、もう一人……小柄な女性が救護班と共に担架を担いできた。

「おまたせ、赤井ちゃん! 担架運んできたよ!」

「ああ、サンキュー古代、そこのメガネの娘が足を瓦礫に挟まれたんだ、無痛症らしく怪我があるかは調べないと分からない、慎重に運ぶぞ」

「はいよ!」

 古代と呼ばれた女性は、外ハネしたショートの茶髪を持つ快活な印象の女性だ。

 大柄な赤井とは、どこか対のような印象を受ける。

「ん……赤井……?」

 担架に乗せられるソラに付き添いながら、アズサは赤井の顔を見つめる……が、赤井はソラを運ぶと、急いで救護車両から降りてしまった。

「じゃ、俺は他に逃げ遅れたやつがいないか見てくる、古代は医務室までそいつを送ってくれ!」

「OK、じゃあまた後で!」

 側頭部の辺りで指を二本立てる赤井に、サムズアップを返す古代。

 その姿を見ながら、ソラは驚いたように口を開いた。

「あっ、あぁ! あのポーズにスカーフェイス、そして赤井……サインもらっておけばよかった……!」

 愕然とした様子のソラを見つめ、首を傾げるアズサ。

 そんな彼女達を見ながら、古代は心底面白そうに笑みを浮かべるのだった。



 防衛組織XAX(未知なる存在と交戦する未知数部隊)。

 それは、怪獣災害の存在を予測した司令、尾張旭絶斗の手により急遽作られた組織だ。

 日本近郊の洋上基地エグザスベースに居を構え、有事であればどこにでも出撃可能な機動力、そして最新鋭の機体を有するまさに人類の剣とでも言うべき部隊……。

 だが、そんな彼らにも一つの問題が有った。

 まだできたばかりの部隊であること、また怪獣出現の予測が眉唾として扱われていたことから、人員が少ないのだ。

 最前線で戦う役目を持つチームスカルのメンバーすら、民間人上がりと災害ボランティア上がりの二人だけといった体たらく。

 だが……それでも基地内設備、医療班や技術班といった非戦闘員に関しては、司令のコネクションにより充実していた。

「そんなわけで……ここの医務室は最新医療の設備が充実しているから、安心してね」

 柔和な笑みを浮かべ、雷王ミナキと書かれた名札を胸に付けた女性が頬に手を当てる。

 そんなミナキの白衣に牛柄のネクタイという服装を見ながら、アズサは「変わった服だ」などとボンヤリと考えていた。

「あら、ところで……もう一人は? 二人いると聞いていたのだけれど」

「……あっちはケガをしていないので、戦車とか飛行機とか見せてもらうそうです」

 今頃「凄い、最新式の機体がズラりとある!」などと叫んでいるのだろう。

 そう考え、アズサは目を細める。

 ソラは軍需の家柄かつ、機械工学科の所属……それ故に珍しい機体を見るとすぐに鼻息を荒くしてしまうのだ。

 何度二人で軍基地見学に行ったことだろうか、もう両手で数えきれないはずだ。

「……? 天凱さん大丈夫? ベッドに寝てもらっていい?」

「……ああ、すいません、少し天ど……連れのことも考えていました」

「そう、よっぽど好きなのね」

 好き、そう言われて否定はしない。

 アズサはソラが好きだ。

 それがどういう意味家はさておき、ソラのことが大好きなのだ。


「へっくすん!」

「お、風邪かな?」

「天才は……風邪なんてひかないって、誰かが噂してるのよ、きっと」

 肩をすくめ、鼻をすするソラ。

 そして軽く咳払いすると格納庫の中を改めて見回した。

「それにしても……ほんとに凄い、最新式の機体がズラリとある! ありがとう井草さん!」

「喜んでもらえたなら何より、ここもいずれは君のような一般見学を招けたら楽しいかもしれないね」

古代に頼み込まれ、特例ということで格納庫を見学させてくれた主任整備士、井草悠一。

 彼に礼をしながらも、ソラはメモを取る手を休めない。

 なにせここには実家の工場や一般的な基地でも見ないカスタムがされた機体がいっぱいなのだ。

「ね、ねえ……この関節部分、普通の可動じゃないわよね? 見たところ360度フルで動く……これってどういう意味があるの?」

「それは流石に秘密……まあ君も技術者の卵なんだ、自分で答えに行き着いてご覧、天才なんだろ?」

「むう、その言葉を出されると天才は弱いのよね」

 顔をしかめ、ペンで頬をパチパチ叩くソラ。

 その後ろで奥のラボ施設につながる自動ドアが開く。

 すると、そこから大量の工具を抱えた女性が入ってきた。

「うひーん……主任ー、工具のマウンテン、持つの手伝ってクダサーイ、前が、前が……!」

「うわっ、何してるんだドロシー!? まったく……すまないが君も手伝って……ん?」

 助けを求め、ソラの方を向く井草。

 だがそこにはもう誰もいない。

 井草が困惑する中、ソラは一人格納庫の外で胸をなでおろしていた。

「っぶな……紫禁城ドロシー……なんでアイツがいるのよ……」

 そそくさと退散し、格納庫から極力離れるソラ。

 一方、井草は疑問符を浮かべ続けるのだった。


 数分後……古代に待ち合わせ場所として指定された基地のラウンジにて。

「……なんだか、汗をかいていないか?」

「ぜ、全然そんなこと無いわよ、それよりアンタの足、どうだった?」

 合流したものの、若干挙動不審なソラに疑問符を浮かべるアズサ。

 だが、ソラは目をそらすと咄嗟に話を切り替えた。

(……そんなこと有る気がするが、言ったらまた怒られるか)

 目を細め、自分の足を見るアズサ。

 ズボンのせいで見えないが、足には数枚の湿布が貼られている。

「奇跡的に骨の損傷はないけど、打撲はしているから今日明日は大人しくした方が良いらしい」

「そう、まあそれですんで良かったわ」

 ソラの言葉に、アズサは「まったくだ」と頷く。

 これで骨折すれば航宙科の訓練に遅れるし、もし後遺症をもたらせば遅れるではすまない。

 下手をしたら夢が潰えることにもなりかねないのだ。

「……いつか、あの空の彼方に行って、地球人は立派に未来を掴んでいると証明する」

「そして、私はそのための乗り物を作る……とびきりの宇宙船を」

 ささやきあい、笑い合う二人。

 夢を語り合う時間は、いつだって二人の癒やしだ。

「おっ待たせー! 司令室に案内するよー!」

「どうわ!?」

 だが、そんな癒やしの時間を切り裂くように登場する古代に、ソラは思わず飛び上がる。

 もちろん、公共の場なので古代に責められる理由はないのだが。

 それでも心臓の躍動を感じていると、少しだけイライラしてしまう。

「んー? どったの?」

「特になんでもないです」

 未だ呼吸を整えているソラとは逆に、あっけらかんと立ち上がるアズサ。

 その背中を見ながら、ソラは少しため息を吐いた。

「え、割とほんとにどったの?」

「気にしないでください」

 ソラの顔を覗き込もうとする古代に、鉄壁のディフェンスを発揮するアズサ。

 その様子に首を傾げながらも、しょうがないと言わんばかりに古代は歩き出す。

「じゃ、司令室はここ、中で司令に怪獣がどんなだったか報告してもらっていい?」

「はい」

「はーい」

 古代に案内され、素直に返事をするアズサと不貞腐れた様子のソラ。

 二人はドアをくぐり、司令室に入っていった。

 中は……至ってシンプル。

 司令のデスクに大きな窓が有る程度の部屋だ。

「やあ、はじめまして……だね」

 そんな部屋の真ん中、デスクの奥に有る椅子に彼は座っていた。

 彼……とは言ったものの性別を明言することができない、男性とも女性とも取れる外見の人物。

 身に纏う服は凡そ性別を確認できる要素のない黒スーツ。

 更には手まで黒い手袋で覆っており、細かい形を判断することもできない。

 そんなミステリアスな人物が、黒い長髪をなびかせながら立ち上がる。

 額飾りの黄色い宝石と黒いスーツはどこかミスマッチで、まるで異国の人のようだ。

「私は尾張旭絶斗(おわりあさひ ゼット)どうとでも気軽に呼んでくれて良いよ」

 笑いながら、握手のために手を差し出す尾張旭司令。

 そんな彼の手を握り返しながら、ソラは「不思議な雰囲気の人ね」などと考えていた。

「さて……君たちは初めての怪獣に遭遇したという話だけれど……良ければ、我々に情報を教えてくれないかな、今後の対策に使いたくてね」

 初めての怪獣、そう言われてソラは少し息を呑む。

 少し忘れかけていたが、怪獣に襲われて生き残ったからこそここに来たのだ。

「ええと……怪獣は、電気を吸ってました」

「電気を?」

「切れた電線を咥えて電力を吸収、それを体内でビームにし……動体反応を検知したら……」

「ボカンか」

 尾張旭司令の言葉に、二人は静かに頷く。

「あー、流石にどんな感覚で検知してたかは分かりませんけど……」

「視覚か、聴覚か、地面の震動を触覚で察知したか……とりあえず、私達みたいな人間相手でも動きを察知できるみたいです」

「ふむ……ふむ」

 デスクに戻りパソコンでメモを取る司令に、アズサはじっと視線を送る。

 なんとなく、素朴な疑問が浮かんだのだ。

「司令は、また同種の怪獣が来るとお考えですか?」

「それは……まだ分からないところかな、来るにしろ来ないにしろ警戒し訓練をするのが私達の仕事だからね」

「ま、そうですよね、それに一つの対策から複数種に通ずる兵器が生まれることだって有るわけですし」

「なるほど、一つの病気を研究することで、複数の病気に対しての薬ができることが有るのと同じようなものですね」

 二人の言葉に「察しが良くて助かるよ」と微笑む司令。

 そんな彼の机に、一本の足が置かれた。

 足、とは言っても白猫のそれだ。

「あ、猫!」

「あの時の……じゃないか」

 目を見開くソラと、胸に宝石がないか確認するアズサ。

 そんな二人の前で猫は軽々と着地し、伸びをしてみせた。

「ん……すまない、驚いたかな? 紅獅子は机の上が好きなんだ」

「あ、いえ……今日現れた怪獣を倒したのも白猫だったので」

 巨大化し、ビームを放つ白猫……。

 胸に宝石を持つ白猫……そんな眉唾ものの話を、司令は興味深そうに聞く。

 そして、紅獅子の胸元の毛を突如まさぐり始めた。

「ふむ、紅獅子には宝石はないようだね」

「で、ですよね」

 よだれを垂らしながら抵抗する紅獅子に苦笑しながら、ソラは頬を掻く。

 それと同時に紅獅子はほうほうの体で逃げ出していった。

「それにしても、あの竜のような怪獣も猫のように何かが巨大化した存在なのでしょうか?」

「ふむ……それはどうだろうね、推察しようにも素材が足りないな……」

 しばらく考え込む二人。

 だが、司令がPCの電源を落とした音で現実に引き戻される。

「さて……今日は貴重な情報をありがとう」

「あ……いえ」

「ふたりとも話が早くて助かったよ、まだ学生なんだっけ?」

「はい、私が防衛軍付属大航宙科、こっちが同大科学技術科です」

 アズサの説明に、司令は「なるほどエリートというわけだ」と腕を組む。

 そして、二人に紙を差し出した。

「良かったら、うちに入らないかい? 休学にはなってしまうけど……良かったら考えておいてくれ、そこに書いてあるダイヤルにかけてくれれば迎えをよこすからね」

「え……」

「……」

 困惑するソラ、その隣で志願用紙を見つめるアズサ。

 結局二人はその場では断るとも受けるとも言えず、軽い挨拶と共に司令室を後にするのだった。


「司令、あの二人に志願用紙を渡したんですね、学生相手なのに……」

 窓の外を見つめ、二人が乗った軍用機を見送る司令。

 その背にミナキが声をかけた。

 少し……怒気を含んだ声だ。

「怒っているのかい?」

「医者としては、ハタチと21なんて若くて無茶しがちな年頃の子に無駄な怪我をさせるだけにしか思えませんね、防衛軍付属大所属とはいえ、航宙科に科学技術科でしょう?」

「うーん、それはどうだろうね」

 笑みを浮かべ、司令はじっと軍用機を見つめる。

 そして振り返ると、打って変わって真面目な顔になり……。

「彼らには、天稟が有るかもしれないよ」

 額飾りが揺れ、黄色の宝石が光を放った。


「ねえ、これどうする?」

「……どうすべきだろう」

 夜道を家へ向かって歩きながら、二人は顔を見合わせる。

 正直な話、夢のためには休学なんて寄り道をしていられない。

 だが二人にとっての夢である宇宙から驚異が来るというのならば、それを排するのが先、とも思ってしまうのだ。

「あの怪獣は空から来たが……」

「地球上にあんなのいないし、つまりは宇宙生物よね……」

 息を吐き、不快そうにするソラ。

 二人の夢を邪魔する存在が許せないのだ。

「あれがもし、まだ来るなら……」

「……まだ、宇宙にあんなのがいるなら……」

 見つめあい、考え込む二人……。

 その時だ。

 突如、二人が同居しているアパートの方から聞こえてくる爆音。

 それと共に瓦礫や砂埃、木材などが混じった突風が吹いてくる。

「く……!」

 ソラを抱きしめ、屈み込むアズサ。

 その上を看板が飛んでいく。

 すると、突風はやみ……。

 代わりに、まるで夜明けが来たかのような凄まじい閃光が迸った。

「――ッ!?」

 先ほどの爆音とはまた違う、耳をつんざくような轟音。

 それと共に焦げ臭い悪臭が辺りに溢れる。

 そんな中、なんとか目を開くと……。

「……!」

 黒煙の中、昼間の竜を白くしたような怪獣が立っていた。

 その口からは炎が溢れ、周りの街を焼いている。

「そんな……」

 ソラの口から嗚咽が溢れ、アズサはただただ唇を噛みしめる。

 血が出ていることも、気付いていない。

 そんな彼女たちの上を、二機の戦闘機が飛んでいった。

「あれは……」

 戦闘機は怪獣の炎や尾撃を避けながらミサイルを叩き込んでいく。

 だが、思ったほどの効果はないようだ。

「このままじゃジリ貧ね……」

 つぶやきながら、汗を拭うソラ。

 昼間の時は、住み慣れた街ではなかったからどこか現実味がなかった。

 だが……実際に自分たちが住んでいる方向に怪獣が来てみれば、嫌でも現実を理解せざるを得ないのだ。

 まして、今は昼と違いあの猫のように颯爽と現れ、救いをもたらす存在もいない。

 焦燥、恐怖、怒り、それらが綯い交ぜになった感情が溢れてくる。

「避難誘導を、しに行ってくる!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……! そんなの、死にに行くようなものよ!」

 鉄面皮もどこへやら、熱くなって立ち上がるアズサ。

 そんな彼女にしがみつくソラ。

 その時だ、不快な黒煙の中から何人もの人が走ってくる。

 彼らの中には、子供の姿もあった。

「パパどこおおおぉぉっ!!!! ママどこおおぉぉぉぉっ!!!」

 ボロボロになり、泣きながら叫ぶ少年。

 その姿に二人は言葉を失う。

 そして……。

「くっ、そおおおぉぉぉっ!!!」

 叫びながら、アズサが怪獣へ拳を振るう。

 その手の中に、突如闇が広がり始めた。

「えっ……?」

 戸惑うソラの前で、闇はまるで黒く輝く宝玉のついた枝のような形になっていく。

(蓬莱の玉の枝……? でも、これは……)

「うあああぁぁぁっ!!!」

 まるで何かに導かれるように、アズサは手を掲げ叫び声を上げる。

 そして……。

 アズサの額に、そして怪獣近くの空中に刻まれる五芒の星。

 すると、アズサの姿は消え……代わりに、怪獣の前に人の形をした闇が現れる。

 ソラはそのシルエットを、しがみついていたアズサが消えたことでバランスを崩しながらも、じっと見つめていた。

「アズサ……なの……?」

 まるで問いに答えるかのように、闇が晴れていく。

 するとそこから出てきたのは……。

 まるで銀色の甲冑のような甲殻に覆われ、頭からは9つの竜頭が髪の毛のように伸びた……。

 美しい、美しい女性だった。

「……女神……?」

 問いを投げかけるソラ、そんな彼女に応えるように、アズサと思しき存在は怪獣に掴みかかる。

 それを見ながら、戦闘機の片割れに乗っていた赤井は司令部に通信を飛ばしていた。

「こちらスカル1! あ、アンノウンが怪獣の横に出現!! 怪獣を攻撃している様子!」

「こちらでも映像を確認している……来てしまったか」

 腕を組み、目を細める司令。

 彼は映像を巻き戻し、五芒の星を再確認する。

 そして……。

「あの紋章は、エルダーサイン!」

 どこか、憎々しげに。

「あのアンノウンは……古代ルルイエ文明及び、更に前史の文明を滅ぼした邪神、ガタノゾア……ガタノゾア・ク・トゥルーだ!」

 それでいて、まるで悲しんでいるかのような涙声で、アンノウンの名を叫んだ。

「邪神……ガタノゾア……」

 オペレーター席で呟くミナキ、その隣でドロシーは息を呑む。

「凄い、家屋を焼き払うほどのファイアを拳一つで……」

 ドロシーの言葉通り、ガタノゾアは怪獣が先制して放った炎を拳でかき消し、そのまま口の中に拳を叩き込む。

 そして舌を引き抜くと怪獣の頭を掴んで思い切り地面に叩きつけた。

 更に、憤怒のこもった蹴りを腹へと叩き込んで怪獣がまだ無事な家屋に突っ込む。

 だがガタノゾアの猛攻は終わらない。

 何度も、何度も。

 まるで鬼神のように怪獣の顔面を殴りつける。

「ひでえ……」

 その勢いは、思わず赤井が怪獣に同情してしまうほどだ。

 一方、古代は憎々しげに歯噛みをしながらミサイルの照準をガタノゾアに合わせる。

「何考えてんの、こいつ……! 倒すならとっとと倒しなよ! 無駄にいたぶって無駄に長引かせて、余波で街が更に無茶苦茶になるだけじゃん!」

 まるで嗚咽のような怒号と共に手を震えさせる古代。

 そんな彼女の視界の先で、ガタノゾアは怪獣から距離を取り、両腕を大きく広げる。

「ジャッ!!」

 すると、9つの竜頭が口を開き……。

 まるで、怪獣のした行いへの意趣返しのように、勢いよくビームを発射。

 そのまま怪獣は……ビームの着弾により勢いよく爆発した。

「うわっ!?」

「……っ!?」

 あまりの衝撃にビルが倒れ、戦闘機が大きく揺れる。

 それほどの衝撃の余波を受けながら、ソラはじっとガタノゾアを見つめていた。

「あの怒りよう……やっぱりアズサなのね……」

 息を呑むソラ。

 彼女の視線の先で、ガタノゾアは月光を浴びながら立ち尽くしている。

 その時だ。

「なんだよ……アンタ、なんなんだよおおおおおぉぉぉっ!」

 ガタノゾアへとかけられる怒号。

 古代の戦闘機から発せられたものだ。

「アンタは、何をしに出てきたんだ! その怪物を腹いせに殴るためか、それとも怪物ごとアタシ達を滅ぼすためか!?」

 古代の問いに、ガタノゾアは答えない。

「もし……もし、万が一、アタシ達を守りに来てくれたんだったら、ありがとうとは言っておく……だけど……街が壊れて、住む家がなくなったら! どんだけ大変かわかるか!?」

 涙混じりの声で、叫び続ける古代。

 彼女の声に反応し、ガタノゾアは自らの攻撃の余波で先ほどよりもボロボロになった街を見つめる。

 そして、恐れながらガタノゾアを見つめる人々のことも……。

「アタシ達も、次はもっと被害を減らせるよう、街を壊されないように頑張るから……アンタももし、人を守ろうって言うなら……お願いだから、街のことも考えてくれ……」

 自らの不甲斐なさへの憤りも有り、もうこれ以上は何も言えずに嗚咽を漏らす古代。

 その声を聞きながら、ガタノゾアは力なく膝を落とし……。

 再度、空中に刻まれるエルダーサイン。

 すると、ソラの隣にもエルダーサインが刻まれ、そこからアズサが現れた。

 代わりに、ガタノゾアは消え去ったようだ。

「……アズサ!?」

 駆け寄り、アズサを抱きかかえるソラ。

 そんな彼女の腕の中で、アズサは一筋の涙を流しながら目を閉じていた。


「ねえ、司令……」

 一方、その頃作戦室では救助部隊の手配を進める中、ミナキが動きを止める。

 そして司令に歩み寄ると彼の顔をじっと見つめた。

「司令はあの、邪神を知っていたんですよね?」

「文献を読んだから、ね……流々異影見聞記、あとで貸すよ」

 無表情でモニターに目をやり、息を吐く司令。

 その隣で同じくモニターに目をやりながら、ミナキは呟いた。

「アレは……私達の敵なの? 味方なの?」

「……」

 問いに答える声はない。

 問いかけはまるで水の泡のようにどこかへ消えていく。

 それが意図的に答えていないのか、はたまた答えを決めかねているのか……。

 それは、誰にもわからなかった。


 

 次回予告


「私はXAXに志願します」


「ガタノゾアとして戦うなら、一つ……ううん、いくつか言っておくわよ」


「俺達が本当に背中を預けて良いのか、見せてくれ!」


 次回 初めは誰も英雄じゃない ―― 私達の飛翔




「……おや」

 とある街の小さな教会、その一角で一人の男が空を見上げる。

 服装からして神父であろう、プラチナブロンドの髪にコーヒー色の肌を持つ中年男性だ。

「どうかしましたか、内神父」

「いえ……少し天啓が、眠っていた知人が目を覚ましたようです」

 シスターであろう女性の問いに、内神父は優しく微笑む。

 そして布袋という苗字の書かれたノートを取り出すと、感慨深げに息を吐いた。

「永き揺蕩いを経ようとも、彼女の気持ちは未だ変わらず……はてさて、彼女の行動は吉凶いかなる可能性をもたらすか……」

 そこまで言い、内神父はノートのカレンダーに印をつけて鞄にしまう。

 そんな彼の隣で、シスターは嬉しそうに飛び跳ねた。

「凄いです内神父! 神の声をお聞きになられるなんて!」

「ははは……冗談ですよ」

「え、えー!?」

 内神父の言葉に、シスターはガックリと肩を落とす。

 そんな彼女に笑みを向けながら、内神父は歩きだす。

 彼の真意は誰にも分からない。

 彼の言葉が本当に冗談なのか、そうではないのか……。

 彼以外には、誰にも……。

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