消しゴムを拾うだけで2900文字

ちびまるフォイ

自分の気持ちを伝えよう

まずい……すでに20分が経過している……。


机から消しゴムを落としてしまってもう20分。

普通に拾いにいければそれが救いだが、よりによって落ちたのが――



女子の足元!!



これはまずい。非常にまずい。


なにがまずいって、普通に拾いにかがめばスカートの真正面。

構図としてはダイナミック☆パンチラを覗き込む不審者そのもの。


それを教室という公衆の面前でやろうっていうんだから、

もはや変態のセンター試験では顔パスで合格もの。


こんなところで青春をドブに捨てた挙げ句ミキサーで混ぜるような真似はできない。


先生に言って拾ってもらうのがいいだろうか。



……いや、それはできない。



なにせ、今は正式な試験中ではない。


さながら上流階級の貴族のごとき厚かましさで

先生に消しゴムを取らせれば周りからはどう見えるだろうか。


「自分で拾えばいいのに」

「なんでわざわざ先生に」


などと、先生信者からのバッシングは免れない。

試験というオフィシャルな場であればそれも自然だが今は小テスト。


普通に拾いにいける3秒ルールをとうにすぎた20分後。


ココから拾いに行くモーションをするのは明らかに不自然。


どうすればいい。



いや、逆に考えるんだ。


「拾わなくてもいいさ」と考えればどうだろうか。



幸いにも小テストは間違いらしい間違いはない。


ちょっと用紙の隅に「うんち国防大臣」を落書きしたものの、

"のぞき変態"の烙印をされるリスクに比べれば軽いもの。


この先、消しゴムを必要としない状況で授業を終えればなんら問題ないじゃないか。


授業さえ終わってしまえば、あっさりと拾うことができる。拾い放題だ。

ようはこのテストで間違いなく進めればいい。それだけさ。






あ!!!




なんてことだ……こんなハルマゲドンが起きるなんて……。


問題側はたしかに間違えていなかった。

ノーミス・ノーライフで進んでいたのに……。


よりによって、名前欄を間違えてしまうなんて!!


これは消しゴムで修正しなければテストは問答無用で0点になる。


最初に名前間違ったら0点にするシステムを考えたやつを連れてきてほしい。

持てる語彙力のすべてでののしってやるのに。相手がMでなければ。



もうこうなったら消しゴムを拾う以外の選択肢は残されていない。



だいたいの位置は把握しているから、

それはまるで魚釣りのように岸に寄せてから網ですくうように

のぞき危険エリアから消しゴムを足で追い出してから、手で拾う。


動きはできるだけ不自然にならないようゆっくりと。


もう少し……。


もうすこ……し……。



「んぐっ……!」



しまっ――



「おい、静かにしろ」


先生に注意されてみんなの注意がこちらに向けられるその前に、

慌ててアキレス腱を限界まで伸ばしていた足を引っ込める。


もう少しだったのに……。


椅子に深く腰をかけ、ずり落ちながら足を伸ばすという

雑技団でもしないような無理なポージングのせいか声が出てしまった。


しかも運の悪いことに足を引いた瞬間に消しゴムを奥へ押し込んでしまい、

より足と足の中央、デンジャラスゾーンへと位置取りしてしまう。


カーリングなら完敗まったなし。



もうこのテストを0点でもいいか……。


小テストなんだし、追試になるだけじゃないか……。


それでいいじゃないか……。



そのとき、頭の中の天使が声をかけた。


『諦めないで。もし追試になったら、予約していた新作ゲームができなくなるばかりか

 夕方から始まるアニメ「バイオレンス・プリティア」の視聴に間に合わなくなるわ!』


そうだ。諦めるのはいつだってできる。


ここで諦めてしまえば次に同じ状況になったとき

あがいた分の経験が得られていないままになるじゃないか。


考えろ。これでも高校生探偵だろ。




いや、待て。


消しゴムを拾いにいくのをやめたらどうだろうか。



今、机の上にはペンがある。


これを落としてそれを拾うついでに消しゴムを拾えばいいじゃないか。


回収した消しゴムは手のひらの奥に隠してしまえば、

はためにはペンを拾いに行ったように見える。


高速でこの動作を遂行すればパンツのぞき疑惑も解消される。


チャンスは1回。


ペンを2度、3度落とすことはできない。

この1回に俺の青春の汗と涙をかける。


いったんペンを置くと、問題に悩むふりをして頭をかかえる。


机に立てたひじで机の端へ端へとペンを押し出していく。

狙いは消しゴムの近く。



――いけ!!



ぽとん。



――行った!!



間髪いれずにペンを拾いに上半身を床へと倒す。


視野を広くしてペンの位置を空気の振動からソナー探知。

位置を確認後に消しゴムを回収し……



(な、ない!?)



目まぐるしく眼球の海を黒目がぐるんぐるんと泳ぎ回る。


それでも床に落ちていたはずの消しゴムはない。

まさか足でどこかに行ってしまったのか。


いやしかし、そんな距離は移動しないはず。

ならばどうして――


(はっ! し、しまった!!)


すでに上半身を床に倒してから3秒以上が経過している。

この体勢をキープしているのは明らかに不自然。


このまま上半身を持ち上げるにも消しゴムを回収できないままでは意味がない。

かといって、このまま続けては……!


視界の端に見えていた女子のスカートから伸びる足が

ぎょっとしたように間を閉じる。


まずい。完全にのぞき判定されたかもしれない。


女子のネットワークは光インターネットよりも早く広い。

俺の噂は尾ひれと背びれをつけられて広まってしまう。


ゆくゆくは進路相談室へと連れて行かれ、

すりガラス越しに声を加工された元犯罪者のごときインタビューを――



「佐藤、なにやってるんだ?」



先生の声でおもわず倒していた上半身をもとに戻した。


「あ……いえ、なんでもないです……」


消しゴムは回収できなかった。

きっと7人の小人が回収したか、異世界転生でもしたのだろう。


「ん?」


先生は身体を倒して床にむけて前屈体勢をとった。


――ちゃりん


「消しゴムだ。おーーい、この消しゴム、誰のだ」


先生が高らかにかかげたそれは俺が探し求めていた一握りの秘宝。

すなわち「俺の消しゴム」だった。


「俺のです!! 俺の消しゴムです!!」


「ああ、それでお前、床を探していたのか」


「はいそのとおりです! それ以外の目的はなく清廉潔白です!」


先生は消しゴムを俺の机にぽんと置いた。

これで終わるかと思えば先生はまだ口を開いた。


「しかしな、佐藤。先生の足元に消しゴムを落としたのならそういえばいい。

 声をかけられないなんて、それはそれで問題だぞ」


「ご、ごめんなさい……」


「佐藤。これからお前にはたくさんの目上の人や

 歳の開いた人と接するときがくるだろう。

 そのときにも物怖じせずに自分の意思を伝えられなくちゃな」


「はい……」


「常に自分の気持ちを声に出せるようにしておくんだ。

 それが必ず、お前が限界になったとき、誰かが助けてくれる命綱になる。

 先生はそう思ってる」


「先生……!」


先生信者の気持ちがわかった気がする。

先生はポケットに手を突っ込むと冷静な顔を取り戻した。



「お、おかしい……!! ポケットに入れていたはずの

 『バイオレンス・プリティア』のキュア☆ウガンダの

 キーホルダーがない!! いったいどこで落としてしまったんだァァァ!!」



(それじゃあ、小テストを回収するぞ。後ろからプリントを回収してくれ)



「先生、心と出す声が逆です」



先生は翌日から学校に来なくなった。

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