第三章 願いは遥かⅨ

それから数日。


 入居者は広場に建てられた仮設のテントで生活していた。施設の者総出で復旧が進められている。


「おーい、これはどこに置けばいいんじゃ?」


 アレッシオが自身と木材を浮かせてやってきた。森の近くではバンドールが斧で木をなぎ倒し続けていた。


「こんな作業キリがないぞ」

 セイルが額の汗を拭きながら呟く。


「仕方ないだろ。ここには支援もほとんどこない。自分たちの住む場所くらい、自分たちで作んなきゃな。……おい! 影野郎! さぼってじゃねーぞ!」


 ライカがアドルフを指さし怒鳴り声を上げた。


「うるさい! お前、いつかこの手で始末してやるからな!」


 木材を苦しそうに持ち上げながら、アドルフもライカに言い返す。その両手首には腕輪のようなものが装着されている。


 所長が作った特製の封印器具だ。これにより、アドルフは魔力の一切を封じ込められていた。今の彼は、角の生えたただの男だった。


 ケイはさすがに土木作業はお手の物といった様子で、軽々と丸太を運び続けていた。疲れを知らないその身体を、セイルは少し羨ましく思う。


「ちょっと、セイルさん」


 セイルを呼ぶ声が聞こえ振り返る。


「私は喉が渇いたわ。……あなたはお水を持ってくることになる」


 その言葉にセイルがため息を吐く。


「おい、モハーナ。水くらいいつでも持っていってやるから、そうやってすぐに人を催眠にかけようとするな」


 セイルに叱られたモハーナがいたずらっぽく舌を出した。周りもそれを見て笑っている。


「まったく……」


 セイルは顔を上げ、造りかけの施設を見やる。施設はようやくその土台が形になってきたところだ。


「おい、ライカ。ここの入居者に千年に一人の家具職人とか大工の天才とかはいないのか? 変態塗装職人でもいいぞ」


「そんなもんいるわけないだろ! くだらないこと言ってないでさっさと動け!」


 セイルはまたため息を吐き、動き出した。


「まずはモハーナに水を持っていくとするか」

 太陽は空高く燦々と輝いていた。



 人は皆年を取らされる。


 そこには生まれも身分も関係なく、平等だ。


 英雄も邪教徒も国王だって。


 日々枯れていくその肉体に、日々ぼやけていくその思考に、そして抑えきれないその力に、恐れ戦く時が来るだろう。


 でも、安心して欲しい。ここにはあなたの仲間がいる。


 お茶目で陽気で少しボケた、並外れた力を持つ魔王たちだ。


 その命を全うするまで。私たちは見守ろう。



 ここをあなたの終の棲家に。




「おーい」


 グーニーズがセイルとライカに呼びかける。彼の前には車椅子に腰掛けた一人の老人の姿があった。


「こんな時になんなんだがネ。新しい入居者なんダネ」


 セイルとライカは顔を見合わせる。まいったなと頭を掻く。


「どんな力の持ち主だと思う?」

 ライカがセイルに問いかける。


「どんな力でも関係ないさ」


 セイルは少し微笑んで、その老人に近づき腰を落とし手を差し出す。






「ようこそ、魔王の棲家へ」


第一部 魔王の棲家編 完

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