第三章 願いは遥かⅧ

 空の端から赤みが差してきた。辺りが徐々に明るさを増してゆく。


 施設は未だに煙を吐き、燻っていた。粗方の炎は消し去ったが、後には黒焦げた残骸が散らばるのみだった。


 バンドールが瓦礫をどかし、道を作った。それがあったであろう場所にあたりをつけて。


バンドールが一際大きな瓦礫を持ち上げると、そこに地下へと続く階段が見えた。備蓄倉庫への入り口だ。


 グーニーズが瓦礫の重みに潰されないよう、慎重に結界を解いた。入口の扉を開けると、避難していた職員や老人たちが、共に手を取り合いながら待っていた。

グーニーズの顔を見て安堵の表情を浮かべる。


 階段を上った者たちは皆、辺りの光景に驚いた。消し炭と化し、崩れ去った施設。そこら中に穴の開いた広場。無残に砕け散った噴水。


それはいかにその戦いが激しいものだったかを物語っていた。


「……ワシらの、家が」


 誰かが呟いた。


「大丈夫。生きていればなんとかなるさ」

 老人に向かいライカが慰める。


「生きていればって……。お嬢、あと何年ワシらを生かすつもりじゃ。はよぉくたばらせてくれや」


 その答えに、周りの者が吹き出してしまう。


「寿命がくるまでは、死なせてやんないよ」

 ライカが笑いながら答えた。



 その光景を微笑ましく見ていたセイルが、ふと心に引っかかるものを感じた。


「……何か、忘れているような?」


「あっ!」

 ライカとセイルが同時に声を上げた。


「ドゥラン!」

 互いを指さし、確認をする。


「……呼んだか?」


 どこかから、ドゥランがふわりと舞い降りてきた。


「……こっちの封印は終わった。……おれは寝るぞ」


 そう言って崩れた施設へと歩みを進める。


「ちょ、ちょっと! どこに行くんだ?」

 ライカが慌ててドゥランを引き留める。


「……決まっているだろ。……おれの部屋だ」


 ドゥランはそう言って施設の一点を指さした。独居房があったはずのあたりだ。


「あんた、逃げないのか?」

 ライカが戸惑いながら訪ねると、ドゥランは鼻を鳴らした。


「……どこに逃げるというんだ? ……この世界は、どこにいっても真っ暗だ」


 そう言うと、ライカを置いてすたすたと歩き出した。



「……そろそろ、自分を許してやってはどうなんダネ?」


 施設の直前で、グーニーズがすれ違おうとしたドゥランに声を掛ける。


「君のしたことは間違いではなかったんダネ。現にこうやって皆を救った。……娘もあんなに大きくなったんダネ」


 グーニーズが広場へと視線を送る。その先にいる一人へと。


「……私に娘など。……いや」


 ドゥランも少し振り返りライカを見やる。


「……彼女に父親などいない」


 そう呟くと、再び歩を進めた。


「なら、なんで……」

 グーニーズのその呟きは、もうドゥランには届かない。


「まったく。……その意固地なところはそっくりなんダネ」


 グーニーズは一人笑みを零した。

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