第三章 願いは遥かⅢ

 施設に勢いよく飛び込むと、職員や入居者達がその音に驚き顔を出してきた。みな不思議そうにライカ達を見ている。


「ワシは所長を探してくる」

 シラズが壁を跳ねながら立ち去った。


「ケイちゃんに何かあったのか?」

 アレッシオが心配そうにライカに問いかける。


「こっちだ新入り!」


 ライカはアレッシオの問いかけを無視し、目的の場所へ急いだ。たどり着いた場所にセイルは驚いた。


――独居房の入り口だ。


 ライカは急いで鍵を取り出し、封印を解き階段を駆け下りた。


「ここにいるあの男が闇の魔術を使えるのか?」


 セイルがライカの隣に駆け寄り問いかける。


「そうだ。あいつの名前はドゥラン」


「ドゥラン……。ドゥラン=ハン=モーゼスか! 邪教随一の闇の魔術師じゃないか! でも、あいつは確か捕まって処刑されたはずじゃ」


「表向きにはな。だが、特別な恩赦でここに幽閉されている」


「特別な恩赦?」


 セイルが聞き返すと、そこで少し立ち止まり、ライカはセイルをまっすぐ見つめた。


「ドゥラン=ハン=モーゼス。またの名をドゥラン=サザマール=エスタ=サンスクール」

「……まさか!」


「先代サンスクール帝国帝王マダル=サンスクールの長男。……つまり、現帝王の実の兄だ」


――あのおっさんの正体を知ったら、お前ここから出られなくなるぞ?


 ここを案内された時のライカの言葉に、偽りはなかった。


「……そして、かつてはうちの爺の弟子だった男だ」

「なんだって?」


「とりあえず、今はあの男に託すしかない。行くぞ!」


 ライカは再び駆け出すが、セイルは今聞いた話を消化しきれず、前を行くライカに多少の遅れを取ってしまった。


 セイルが階段を降り切ると、ライカがそこで立ち止まり正面の部屋を見つめていた。


「よし、行くぞ」


 意を決したようにライカが呟き、ゆっくりと歩みを進める。突き当りの部屋に近づくにつれ、セイルの鼓動が高まっていた。


なにも知らずに案内された時とは違う。今から対峙するのは近代でも歴史に残るような大物だ。邪教の筆頭にして、現帝王の兄……。


「おい、おっさん、起きてるか?」


 ライカが部屋を覗き込み声を掛ける。


「……こんな時間に珍しいな。……食事はもう取ったぞ」


 中から、静かに響く声が聞こえた。


「今日は頼みがあってきた。ケイがバジルという男に身体を乗っ取られた。あんたならなんとか出来るんじゃないかと思ってな」


「……ふっ。バジルか。不老不死に魅入られた男。……不憫な奴だ」


「どうなんだ? 元に戻せるか?」


「……ここを開けろ」


 ドゥランの言葉にライカとセイルが顔を見合わせた。鍵を開けてしまえば、ドゥランは自由になる。

脱走されでもしたら世界を揺るがす大問題になる。しかし、ライカはふっと息を吐きセイルに鋭い目を向けた。


「……新入り。いつでも攻撃出来るよう準備しておけ」


 その言葉に、セイルは黙って頷いた。


 ライカが鍵を使い、部屋の扉の封印を解いた。ゆっくりと扉が開かれる。

身構えたセイルは、独居房の廊下に冷気を伴った風が吹くのを感じていた。


 ゆっくりと部屋から出てきた男は、無造作に伸ばされた髪を揺らし、セイルとライカの眼前で立ち止まった。


その茶色がかった瞳には、吸い込まれそうな不思議な力があった。セイルは年老いた魔術師を想像していたが、目の前のドゥランは想像よりは幾分か若く見えた。


「……見せてみろ」


 ドゥランの言葉に、ライカが静かに頷き廊下に寝かされているケイの元へ案内した。

セイルは少し離れた場所で、いつでも魔力が放てるよう、振動器官に意識を集中させていた。


「……なるほど」


 ケイに触れ、状況を把握したドゥランが呟いた。


「核の動きを止めたのはお前か? ……再起動させろ」


 ドゥランがセイルのほうを向き顎で指示を出した。


「しかし、再起動すればバジルも起きてしまうぞ」

「……早くしろ」


 セイルは瞬時に考えを巡らせた。


もし、目を覚ましたバジルとドゥランが結託して襲い掛かってきた場合、自分だけの力で止められるか。この狭い廊下では、使える魔法も限られる。


――どうするべきだ?


「少しでも怪しい動きをすれば、あんたの頭を吹き飛ばす」


 セイルが迷っていたその時、ライカが腕を突き出し、ドゥランの頭部に押し当てた。


「……勝手にしろ」


ドゥランが面倒臭そうに答えた。それを見たセイルは、意を決しケイの元へ近づき、その胸元の辺りに手を置いた。


「いいか?」


 セイルはライカと目を合わせた。

ライカも静かに頷く。セイルは魔力を込め、停止させていたケイの核を起動させた。ケイの目がゆっくり開かれた。


「ここは? ……お前たち!」


 目を覚ましたケイの口から聞こえてきたのは、やはりバジルの声だった。


バジルはすぐさま飛び起き、少し距離を取った場所で両手を突き出した。が、すぐさま目の前の人物に気付きその手を下ろした。


「……あんたまさか。……ドゥランか?」


 バジルは信じられないといった様子で両手を広げた。


「処刑されたと聞いていたが、まさか生きていたとはな。いや、しかし。私の幸運も尽きないな。あんたと私の力があればこんな所すぐに脱出出来るだろう。……さぁ、そいつらを始末して早く逃げよう。……我らの理想の世界に」


 バジルが再び手を突き出し、セイルとライカに向けた。二人は咄嗟に身構える。


「……理想の世界か」


 ドゥランがゆらりとバジルに近づいていく。バジルはドゥランに向かい笑みを零した。


「おれの望む理想の世界は、……もうない」


 そう呟いたドゥランの瞳がバジルを捉えた。バジルが違和感を覚えるより先に、ドゥランの手がバジルの頭を掴んだ。


「あ、あんた何を……」


 バジルが言い終わるより先に、バジルの身体に霧が纏わりついた。灰色にも、紫にも見える湿り気を帯びた不快な霧だった。


「やめろ! やめてくれ!」


 バジルが振りほどこうと身体を揺らすが、力が入らないのか、その胴体がわずかに揺れるのみだった。


「嫌だ! 死にたくない! おれは死にたく……」


 そこまで言うと、バジルの身体から完全に力が抜け落ち、その両手がだらりと揺れた。


 セイルとライカは、事態を把握出来ずに固まっていた。


「……終わったぞ」


 ドゥランはそう言うと、ケイの身体を床に降ろした。


「……殺したのか?」

 ライカが問いかける。


「……魂を移す依り代がないからな。……どこかで化けて出てくるかもしれんぞ?」


 そう言うとドゥランは微かに笑みを零した。


「縁起でもない」

 セイルは呆れて肩をすくめた。


「……くそ。でもまぁ、こいつは魂だけだったから厳密には殺したことには……」


 ライカが一人呟いているのを、セイルは不思議そうに眺めていた。

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